上 下
20 / 218
3章 合流

20話

しおりを挟む
 

「……服無いんですか?」

「残念ながら」

 掛布団を身体に巻いて先程言われた場所に来た彼を、女性は半眼で見つめる。

 彼女の名は瀬良 希海せら のぞみ、黒鳥襲撃の際、凜と共に怪我人の手当てを最前線で行っていた現役看護婦だ。

「防寒の手段があるならまぁいいです、傷見せて下さい」

「はい」

 背中を向け肉体を晒した東条を見て、絶句する。

 何故これ程の傷を負っていながら、この男は飄々としていられるのか。彼女には理解できない。

「――っ……血は、止まってますね。……申し訳ないのですが、消毒液もなく、包帯も代用で補っている現状です。
 今は他の怪我人の止血を優先したいんです。化膿している部分もありませんし、骨に異常も見られません。今は安静にしてとしか……」

 申し訳なさそうな瀬良だが、彼はあくまで自分は大丈夫だと笑いかけた。

「あぁいいですいいです、気にしないで下さい。痛みもほぼ無いんで。有難うございました」

 彼は頭を下げ、去り際に怪我人が寝かされた一角を見る。

(……)

 寄り添って寝ている男女と、少女に、細身の男性。

 ……他の者とは違う何かを感じた。

 彼の練度ではまだ他人の魔力を計ることはできないが、その片鱗くらいは感じ取れる。

 彼はこれからどうするかと頭を悩ませながら、林の中へ戻っていった。



 §



「おはようございます」

「あ、おはようございます!」

 因幡は目を開ければ必ず近くにいる。きっと、ずっと面倒を見てくれていたのだろう、と佐藤は感謝する。

「丸一日、本当に有難うございます」

 立ち上がり、謝辞を述べた。

「やめてください、命の恩人なんすから当然っすよ。誰が看病するかでもめたほどっすよ?」

「……ははっ」

 ヒーローの様な扱いに乾いた笑いが出てしまう。

「それより身体の方は大丈夫なんすか?」

「……、はい。大丈夫みたいです」

 佐藤はストレッチをしてみるが、驚くほど全快している。前よりも身体が軽くさへ感じる。

 彼が因幡と話していると、様子を見ていた人達がぞろぞろと集まり口々にお礼を述べてきた。

 嬉しかった。自分の行ったことは正しかったのだと再確認できた。

 一通り話し終えると、佐藤は庭園に見える彼等の元へ向かうのだった。



 ――「お、来たみたいよ?」

 凜が最後の一人の到着を二人に知らせる。

「……よく眠れたか?」

「はい、おかげですっかり回復しました、……葵獅さん、その火傷」

「……軽いのは治ったんだがな。別に気にしてない」

 右の額から目にかかる火傷を、指で触る。

 佐藤が席に着くと同時に、葵獅が席を立った。

「佐藤、凛を救ってくれて有難うっ、この恩は一生忘れん」

「私からも、本当に有難う」

 凜も席を立ち、二人して頭を下げた。

「いえいえ、あそこで私が『止めれた』のは、本当に運がよかっただけですから」

「それでもだ」「それでもよ」

「……分かりました。素直に受け取っておきます」

 座る二人を前に、紗命がぐで~、とテーブルに凭れ不満を口にする。

「はぁ~、うち半分気絶しとったさかい、殆ど記憶があらへんのやぁ。そないなええとこ見逃すなんて、うちはほんまにアホやわぁ」

「いいとこて、あたし死にかけたんだけどなぁ……」

 凛の口がひきつる。

「……佐藤はん、今それできる?」

「ええ、できますけど」

「うちにやってみてくれへん?」

「い、いや、流石に人には……、」

「むぅ~、……ほなこれ」

 紗命がポケットからスマホを取り出す。

「これ投げるさかい、空中で止めてくれはる?」

「えっ、投げっ」

「いくで~、ほれ」

 くるくると回るスマホ。急いで『座標』をスマホにセットし、発動。

 落下に入ろうという所で、スマホがビタリと止まった。

「おぉ~」

「改めて見ると、凄いわね」

 一秒後、落下したスマホを紗命がキャッチする。

「……紗命さん、スマホはやめてください……」

「かんにんなぁ」

 成功に安心する佐藤に、彼女は悪びれなくぺろりと舌を出した。

「やけど、なんやろうこれ、魔法なん?」

「魔法、ではないと思います。何というか、説明が難しいんですけど」

「なるほどなぁ、……凜はんは何か見える?」

「うん。あたしと同じで、赤いわね」

「赤?何のことです?」

 ジッとこちらを見る凜に佐藤がたじろぐ。

「えっとね、あたし、鳥に襲われそうになってから何かこう、空気中に漂うモヤモヤ?流体?みたいな物が見えるようになったのよ」

 身振り手振りで教えてくれるが、益々要点が掴めず首をひねる。

「ここにいる人達は皆それを吸い込んでて、魔法を使うと放出されるの。身体の中に入ったら皆のは青色に、あたしと佐藤さんのは赤色に変わるのよ」

「……それは……つまり?」

「……うちが思うに、それが魔法と呼ばれる力の源なんちゃうかって話です。
 普通の魔法しか使えへん人は青色に、凜はんや佐藤はんみたいな、特別な力を使える人は赤色になるんちゃうかっちゅう」

 ここぞとばかりに自分の考察を述べる紗命が、自信あり気に指を立てた。


しおりを挟む

処理中です...