上 下
138 / 218
3巻~友との繋がり~ 1章

13

しおりを挟む
 
 真赤なロングコートの背中についていくと、用意された一台の黒塗りのベンツに乗せられる。

 運転席に座るのは、そろそろ親しみが湧いてきた康だ。

「出せ」

 助手席に座る彼女の一声で、車は静かに動き出した。


 ――誰も口を開かない車内。

 ノエルのキーボードを弾く音が、辛うじて空気を保たせている。

 東条はそんな中、流れる景色を目で追い、その不可解さに少しばかりの疑問と興味を抱いていた。

 車が走れるという事は、それだけの道幅があるという事。そしてそれが、一直線で本部とやらに繋がっている。

 不規則にトレントが生えるこの区域で、これだけ綺麗な直通路はほぼない。
 要するにこれは、人工的に造られた道路だ。

 たまに小さく跳ねる車の下には、無理矢理圧し潰された様なトレントの残骸が数多く散乱している。
 数mある密度の塊が、厚さ一㎝程までに圧縮されているのだ。

 強力なcellに覚醒した者がいると見て、先ず間違いない。

 それが目の前の紅なのか、康なのか、他の組員なのかはまだ分からないが、願わくば一目見てみたいと気持ちを高ぶらせる東条であった。

「紅、煙草臭い。消して」

「ハハハ、断る」

 ノエルに(これ以上刺激するのはやめてくれ)と心の中で念じながら。




 §




「ボス、焔季えんりの嬢ちゃんがそろそろ着くらしいぞ?」

 高官の執務室らしい部屋にいる、二人の男。

 長く伸びた白髪を後ろで一つに束ねた老爺が、どっかりとソファーに腰かけ、もう一人に語りかける。

 老爺の肌には長き時を生きてきた証が深く刻まれているが、弱弱しさなど微塵も感じさせない程の覇気を身に纏っている。

 黒スーツに彼の老いが負けるはずもなく、粛然たる様は洗練され、見る者を引き付ける典麗さへと昇華させられている。

 傍らに置かれた一振りの刀剣と相まって、その姿は宛ら現代の侍である。

「……あぁ」

 ボスと呼ばれた男は杖を手に取り、慣れない足取りで窓際まで進んで行く。

 年は四十近くか。
 きっちりと着こなされたスーツとは逆に、乱雑に掻き上げられた黒髪と、生え散った無精髭が妙なギャップを感じさせる。

 捻れた美しさを持つ彼の一歩は、どこか優雅で、儚く、そして恐ろしい。

 やる気の無さそうな風体から漏れ出るエロスが、彼のミステリアスさの根源である。

「歓迎の準備をしようか」

 ジャパニーズマフィア藜組組長、あかざは、窓の外を眺め、深く、遠い目で彼等を見やった。




 §




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,178pt お気に入り:258

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,151pt お気に入り:3,022

デッドエンド済み負け犬令嬢、隣国で冒険者にジョブチェンジします

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:224

公爵様と行き遅れ~婚期を逃した令嬢が幸せになるまで~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,889pt お気に入り:26

ANOTHER WORLD STORIES

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:4

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,792pt お気に入り:1,219

最強★1キャラ〜美少女達と世界を救う〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:72

処理中です...