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3章

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「よっっせい!」「にぇい!」

 空の散歩から一気に急降下し、盛大に水飛沫をぶちまける。のではなく、水源に水滴が静かに落ちる様に、ポチャン、と着地した。

 広く大きく遠くまで続くのは、水没した麻布通り。

 のんびりと泳いでいた魚モンスターが慌てて散っていく。

 東条は苔に埋もれた廃車に飛び乗り、ノエルを下ろした。

「確かこの通りにも……」

「見して」

 貰った地図を開けば、麻布通り全域が赤く塗られ、ワニっぽい絵が描いてある。
 この一本道を縄張りにしている主といったところか。

「運良かったらこいつ見れるかもな」

「ん。ワニは美味いって聞く」

「マジかよお前」

 既に食う気のノエルにドン引きするが、彼女はそんなこと気にも留めず、リュックから自家製の釣り竿を取り出した。

 次いで漆黒により宙に浮かんでいる洗濯機に飛び乗り、目で合図する。

「……結局俺が運ぶのかよ」

「当然」

 彼女は足をぶらつかせ、楽し気に釣針を放った。



 ――東条はパシャパシャと水面を揺らしながら、足元に生える水草や、点在する丘、驚いて水に飛び込むモンスターを見て楽しむ。

 脚は漆黒で濡れもしないし、見通しもいい為大した警戒もせずに済む。

 ピクニック特有の長閑な時間に、彼は充分満足していた。

「今度は何釣れたんだ?」

 後ろから絶えず聞こえる、ボォー、という音に話しかける。

「ん」

 すると齧りかけの魚が、横から、ぬっ、と出てきた。

 ノエルは釣れたそばからバーナーで直接炙り倒し、かっ食らっているのだ。

 断面をよく見ればほぼ生。こいつは腹の足しになる物なら何でもいいのかもしれない。

「ピラニアみたいだな」

「名前はピラーニャ。そこら中にいる」

 常に何匹か自分の脚に噛みついているのだ。それは知っている。

「この前の掃除機みたいな奴は?」

「ヴァックリン。さっき一匹釣れた。あれ美味い」

「変な名前だな」

「ヴァキュームクリーナー」

「なる。後で釣れたら一口くれよ」

「ん」

「ちゃんと焼けよ」

「ん」

 他愛もない会話をしている最中、遠方で何かの衝突音と共に水飛沫が上がった。

「……何だ?」

 車を跳ね飛ばし、丘を踏み潰し、全速力で駆ける胴長の巨体。

 目を凝らし徐々に判明するその全容に、東条とノエルは一瞬戸惑い、そして理解した。

 全長は十五m前後、水色の鱗に覆われた、口が異様に細長いワニだ。

 しかし頭部を真横にして口を開き、ビルとビルの間を全力で走りながら、餌を余さずこそぎとっている変なワニだ。

 その面白い狩猟法のせいで、一瞬別の生物に見えてしまったのだ。

「はははっ、すげっ」

「おもしろ」

 グングンと迫ってくるワニと波。
 近くなればなるほど、そのデカさが際立つ。

 黄色い瞳が此方を向くと同時に、東条はジャンプし、ビルに指をめり込ませた。

「バララララァ……」

 上から見ると分かる。
 後ろ脚が発達し、走ることに特化した身体の作りになっている。

 潜むことを止め、何処までも敵を追いかけるよう進化した、ワニならざるワニ。

 変人と変ワニの目が今、交差した。

「俺が殺っていいよな!最近動いてねぇし」

「ん。黒いの出しといて」

「あいよっ」

 東条は空中に漆黒の床を展開し、固定。そのまま脚と腕を武装し飛び降りた。
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