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【Chapter7】愛しき子たちへ与えられるのは―――
Episode68 願いの意味
しおりを挟む「ランス様。大丈夫、ですか…?」
女性が消えてしばらく。
いつまで経っても虚空を見つめたまま動かないランスタッドに、ロマノアがおそるおそる近付いた。
そっと頬に触れてくる指先。
その温かさに、今度こそ気が抜けて―――
「……この、馬鹿…っ」
大きく顔を歪めたランスタッドは、無我夢中でロマノアの体を搔き抱いた。
「サプライズにしてもやりすぎだ! 俺がどんだけ心配したと思ってる!? もう二度とロアが帰ってこないんじゃないかって……そう思って、心臓が止まりそうになったんだからな!?」
「え…?」
ランスタッドの言葉を聞いたロマノアはびっくり仰天。
にわかに慌て出してしまう。
「ごめんなさい! そんなに時間が経っちゃってましたか!? 本当は、泉が綺麗になったからすぐに知らせに行こうと思ったんです。なんですけど、精霊様が〝王子様が迎えに来るまでお話ししてましょう〟って言うから…っ」
「……精霊と、何を話してたんだ?」
「えーっと……ドラゴン様がどれだけ渋くてかっこいいかを教えてもらってました……」
「なんじゃそりゃ…っ」
あの精霊め。
そんなくだらないのろけ話でロマノアを引き留めていたのか。
なんだか自分の心配も恐怖も馬鹿らしいものだったように思えてきて、ランスタッドはがっくりと肩を落とす。
「泉、どうやって綺麗にしたんだ?」
澱みが消え去り、澄みきった水で満たされた泉。
そこから噴き出す精霊の息吹。
青々しさと力強さを取り戻した植物たち。
これを見れば、泉の浄化が達成されたことは明らかだ。
「それが……何もしてないんです。」
「は…?」
「ほ、本当です! 泉に手を入れたら、勝手に綺麗になっちゃったんです!!」
「そんな馬鹿な…。まさか、無意識で精霊の願いでも使っちまったのか?」
「精霊の願い…? なんですか、それ?」
こてんと頭を傾けるロマノア。
彼には精霊の願いの存在を教えていないのだから、その反応も当然か。
でも……ならば、どうして?
泉を再び開く方法は願いの相克のみ。
師匠たるドラゴンは、はっきりとそう述べたはず。
とはいえ、精霊の願いを紡ぐための古語も知らなければ、願いの存在自体を知らないロマノアがそれをできるわけもないし……
『お前たちを暗闇から解放する逆さ言葉は、すでに唱えられた後。』
ドラゴンとの会話を思い出していて、ふいにその言葉が脳裏に引っ掛かる。
その瞬間、何かが頭の中で弾けた。
そうか。
一人だけいるじゃないか。
聖なる願いを紡ぎ、それをロマノアに託すことができる人が。
「〝生かして〟……この言葉は、そういう意味だったのですか? ―――ミスティア叔母様…っ」
ああ、なんてことだろう。
こんなことがあっていいのか。
母の〝殺して〟という願いで呪われた泉。
そこに〝生かして〟という逆の願いを宿したロマノアが触れたことで、願いの相克が成り立った。
叔母がそんな願いを紡いだのは、自分がロマノアを助けるまで彼を生かすことが目的ではなくて、自分が彼を助けた後に彼を生かすことが目的だったと…?
そうして願いの相克が起こった今、ロマノアにかかっていたヴェールも全部剥がれ落ちて……
だから……
「―――綺麗な髪になったな。」
今目の前に、新しい姿を見せてくれる愛しい人がいるのか……
「髪…?」
ランスタッドの言葉を受けて、ロマノアが自分の髪をつまむ。
すると、その両目がまんまるに見開かれた。
「あれぇっ!? 髪の色が変わってる!? ヘスティア伯母様やバラク伯父様とおんなじ色になっちゃってます!!」
「そっちが本当の髪色だったんだろ。ミスティア叔母様の髪だって、本当はその色だったんだから。写真で散々見ただろ?」
「なんで!? どうして!? じゃあ、今までの色はなんだったんですかぁ!?」
「うーん……ミスティア叔母様の愛情のせい、かな?」
大いに慌てふためくロマノアに、ランスタッドは目頭を熱くしながら笑う。
「まったく…。最初からその姿でいてくれれば、出会った瞬間に抱き締めてたのに。」
白藤色の髪に、赤と金の瞳。
こんな組み合わせを見れば、顔つきが父親似だろうと叔母の子だとすぐに分かった。
そしたらきっと、自分はロマノアを魔塔ではなくメルヴェーヌ本家に連れ帰っただろう。
そして、決して誰の目にも触れぬよう、大事に慈しみながら屋敷の中に閉じ込めていたに違いない。
でも、そんなことをすれば自分たちが暗闇から解放される日なんて永遠に来ないから、叔母はそこにも予防線を張ったわけだ。
なんて人だ。
直接会うことは最後までなかったけれど、彼女には敵わないということだけは分かる。
「ああ…。今度こそ、本当の意味で〝おかえり〟って言える。」
転移ゲートの前でくずおれず、ドラゴンとロマノアを信じてここまで走ってきてよかった。
泉はつつがなく浄化された。
ロマノアを抱き締めていた精霊は、彼をこの場に残していってくれた。
もう二度と―――愛しい宝物は、この腕から零れ落ちていかない。
本当に、ご褒美にはピッタリだ。
今までの怒りや悲しみはなかったことにならないけれど、このぬくもりがあれば、どんな苦しみも乗り越えていける。
何度だって、愛しい人を通して救いを感じることができるんだから。
「本当の意味でって……どうしちゃったんです? 僕が、別のどこかに帰る場所を見つけるとでも思ってたんですか? 僕が帰る場所なんて、最初から最後までランス様の隣しかないですよ?」
「ああ、そうだな。そうだよな…っ。気にすんな。俺が勝手にビビってただけだから。」
「うーん…。まさか、あのおじいさんたちがランス様にそんなことを言ってきたんですか? 本当に意地悪な人たちなんだから。誰がなんと言おうと、僕はランス様だけのものです。離れろって言われたって、離れてあげません。」
可愛らしく唇を尖らせながら、ロマノアが力強く抱き締め返してくれる。
今は、その温かさにすがりついて幸せを噛み締めることしかできなかった。
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