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血統鑑定士の災難【本編】
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「お前との婚約は破棄するっ!」
先程まで、人々が思い思いの話に花を咲かせ、ザワザワと賑わっていたホールは突然発せられたこの大きな一言で静寂へと変わっていく。
ホールの片隅で音楽を作り上げていた宮廷音楽家たちも何事かと次々と手を止めてしまい、指揮者もこれではまともな音楽にならないと手を止め、ついにはホールに響いていた優美な音は止んだ。
この日の為に作られたという曲の代わりに、ひそひそと声をひそめて話し合う声がホールの中心で茶番劇を起こしている人物たちのBGMとなり、注目を一身に集めだす。
そんな周りの雰囲気がごっそりと変わってしまっているのに気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、このめでたき日にそぐわない雰囲気を作り上げる一石を投じた張本人は胸を張って顎を上げ、言ってやった!と言わんばかりのどや顔を披露していた。
どや顔の青年はそんな表情でさえ美術品の様に見えてしまう美貌の持ち主で、周りの婦人たちは観賞用としては充分。といった具合で眺めている。
このように場にそぐわない発言をしていても周囲が止めることが出来ないのは、王弟殿下の子息だからだろう。
美術品のような美貌は父譲りだが、どうやらお頭の出来は譲られなかったようだ。
・・・おかしいな、才色兼備・頭脳明晰・文武両道を文字通り体現している夫婦の子なのに。
そんな完璧人間の両親を持つ、長男も次男も優秀で、二人とも貴族の子息が通う王立アカデミーを首席で卒業し、王宮で要職に就いていると聞く。今現在もどやっているあれの妹もアカデミーでは優秀な成績を収め、来年度には初の女性生徒会長と噂がたつほどだ。
なのに・・・
「何か言ったらどうだ!私の寵愛を一身に受けるマリアンナに嫉妬して虐めていたんだろう!」
「ハロルドさまぁ。わたしは大丈夫ですぅ。ハロルド様が守って下さっていたんですからぁ。わたしはただ、オリヴィエ様に今までの事を謝っていただきたいだけですぅ」
「なんて優しいんだ、マリアンナ・・・っ」
ハロルド殿の腕にぶら下がっていた女性がうっとりとその腕の持ち主を見上げれば、その手を取って両手で包み込み見つめあう阿呆二人。
その二人に対面して立っている令嬢は、この国の宰相であり王弟殿下の親友であるロズワルド侯爵の一人娘で、次期女侯爵となることを約束されている今期アカデミー首席卒業者のオリヴィエ・ロズワルド侯爵令嬢だ。因みに彼女は生徒会には属してはいなかった。
あぁ、確か婚約者だったか、ハロルド殿は。王弟殿下の子息とはいえ、三男。婿入りするぐらいしか貴族ではいられないのだが・・・、どうやら真実の愛(笑)に目覚めたらしい。
そして、この茶番劇に巻き込まれてご愁傷様のオリヴィエ嬢は、物凄い冷めた目で目の前の二人の言い分を聞き終わったのか、ゆっくりと目を閉じて、それは深く、深―――くため息を吐いた。もちろん、歪む口元を美麗な扇子で隠したままで。
「ハロルド様、私、虐めなどという低俗なことはしておりませんが・・・そのご令嬢をご理由に婚約をなかったことにしたいのでしたら、喜んで、させていただきますわ」
扇子でしっかりと口元を隠している状態で、声を張り上げている様にも見えないのに、静かに響き渡るオリヴィエ嬢の声は涼やかで耳馴染みが良い。
にっこりと目元だけを綻ばせ『喜んで』を強調させて言うなんて、よっぽどこの婚約に嫌気がさしていたんだろうなぁ。と傍観者たちは思った。
なんせこのハロルド殿、マリアンナ・デジール男爵令嬢と出会ってからおかしくなり始めた。それまでオリヴィエ嬢と首席を取り合うほどの頭脳明晰の持ち主であり、未来の女侯爵となるオリヴィエ嬢を陰に日向に支えるために努力に努力を重ね、自分よりもはるかに優秀といわしめた兄達や妹を自慢し尊敬するぐらいの人格者だった。
だったのだ・・・
二年前に王都のアカデミーに転入してきたマリアンナ嬢と出会う前までは。
最初の半年は随分な変貌ぶりに、すわ妖魔の類かなにかに憑りつかれているのでは?はたまた別人にすり替わったのではないか?と噂されたが、憑りつかれてもいないし、別人でもない事は保証されている。
では、洗脳の類かなにかか?と疑われたが、ハロルド殿にべったりと貼りついているマリアンナ嬢は王宮と教会が管理するギフト(特異能力)持ちのリストにも載っておらず、身につけている装飾品を見る限りでは洗脳系のギフト持ちには見えないので、そちらを疑うものはごく少数だった。
結果、努力をやめたハロルド殿はただの阿呆になり果てたダメ男と判断を下されたのだ。
この時点でオリヴィエ嬢との婚約を白紙に戻すことも検討されていたが、マリアンナ嬢に出会う前のハロルド殿を知っている者達は学園卒業まで様子を見て欲しいと懇願したので、王弟殿下側もオリヴィエ嬢側も仕方なしにそれに了承したのだ。ハロルド殿の未来のために。
婚約破棄が成立した時点で、ハロルド殿の未来はお先真っ暗である。まぁ、麗しの顔を武器に男娼にでもなれれば御の字かもしれないが。
・・・いや、観賞用で置いておきたい。絶世の美貌を持つ若い燕を囲いたい。という願望を持つ中位貴族の未亡人が涎を垂らして手ぐすね引いている様なので、多少の不便の中での贅沢な余生は約束されそうだが、それをハロルド殿が喜ぶかどうかは本人にしか解らない。
目の前の茶番劇は傍観者を置いてきぼりにしながらどんどんと進んでいく。
先程まで、人々が思い思いの話に花を咲かせ、ザワザワと賑わっていたホールは突然発せられたこの大きな一言で静寂へと変わっていく。
ホールの片隅で音楽を作り上げていた宮廷音楽家たちも何事かと次々と手を止めてしまい、指揮者もこれではまともな音楽にならないと手を止め、ついにはホールに響いていた優美な音は止んだ。
この日の為に作られたという曲の代わりに、ひそひそと声をひそめて話し合う声がホールの中心で茶番劇を起こしている人物たちのBGMとなり、注目を一身に集めだす。
そんな周りの雰囲気がごっそりと変わってしまっているのに気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、このめでたき日にそぐわない雰囲気を作り上げる一石を投じた張本人は胸を張って顎を上げ、言ってやった!と言わんばかりのどや顔を披露していた。
どや顔の青年はそんな表情でさえ美術品の様に見えてしまう美貌の持ち主で、周りの婦人たちは観賞用としては充分。といった具合で眺めている。
このように場にそぐわない発言をしていても周囲が止めることが出来ないのは、王弟殿下の子息だからだろう。
美術品のような美貌は父譲りだが、どうやらお頭の出来は譲られなかったようだ。
・・・おかしいな、才色兼備・頭脳明晰・文武両道を文字通り体現している夫婦の子なのに。
そんな完璧人間の両親を持つ、長男も次男も優秀で、二人とも貴族の子息が通う王立アカデミーを首席で卒業し、王宮で要職に就いていると聞く。今現在もどやっているあれの妹もアカデミーでは優秀な成績を収め、来年度には初の女性生徒会長と噂がたつほどだ。
なのに・・・
「何か言ったらどうだ!私の寵愛を一身に受けるマリアンナに嫉妬して虐めていたんだろう!」
「ハロルドさまぁ。わたしは大丈夫ですぅ。ハロルド様が守って下さっていたんですからぁ。わたしはただ、オリヴィエ様に今までの事を謝っていただきたいだけですぅ」
「なんて優しいんだ、マリアンナ・・・っ」
ハロルド殿の腕にぶら下がっていた女性がうっとりとその腕の持ち主を見上げれば、その手を取って両手で包み込み見つめあう阿呆二人。
その二人に対面して立っている令嬢は、この国の宰相であり王弟殿下の親友であるロズワルド侯爵の一人娘で、次期女侯爵となることを約束されている今期アカデミー首席卒業者のオリヴィエ・ロズワルド侯爵令嬢だ。因みに彼女は生徒会には属してはいなかった。
あぁ、確か婚約者だったか、ハロルド殿は。王弟殿下の子息とはいえ、三男。婿入りするぐらいしか貴族ではいられないのだが・・・、どうやら真実の愛(笑)に目覚めたらしい。
そして、この茶番劇に巻き込まれてご愁傷様のオリヴィエ嬢は、物凄い冷めた目で目の前の二人の言い分を聞き終わったのか、ゆっくりと目を閉じて、それは深く、深―――くため息を吐いた。もちろん、歪む口元を美麗な扇子で隠したままで。
「ハロルド様、私、虐めなどという低俗なことはしておりませんが・・・そのご令嬢をご理由に婚約をなかったことにしたいのでしたら、喜んで、させていただきますわ」
扇子でしっかりと口元を隠している状態で、声を張り上げている様にも見えないのに、静かに響き渡るオリヴィエ嬢の声は涼やかで耳馴染みが良い。
にっこりと目元だけを綻ばせ『喜んで』を強調させて言うなんて、よっぽどこの婚約に嫌気がさしていたんだろうなぁ。と傍観者たちは思った。
なんせこのハロルド殿、マリアンナ・デジール男爵令嬢と出会ってからおかしくなり始めた。それまでオリヴィエ嬢と首席を取り合うほどの頭脳明晰の持ち主であり、未来の女侯爵となるオリヴィエ嬢を陰に日向に支えるために努力に努力を重ね、自分よりもはるかに優秀といわしめた兄達や妹を自慢し尊敬するぐらいの人格者だった。
だったのだ・・・
二年前に王都のアカデミーに転入してきたマリアンナ嬢と出会う前までは。
最初の半年は随分な変貌ぶりに、すわ妖魔の類かなにかに憑りつかれているのでは?はたまた別人にすり替わったのではないか?と噂されたが、憑りつかれてもいないし、別人でもない事は保証されている。
では、洗脳の類かなにかか?と疑われたが、ハロルド殿にべったりと貼りついているマリアンナ嬢は王宮と教会が管理するギフト(特異能力)持ちのリストにも載っておらず、身につけている装飾品を見る限りでは洗脳系のギフト持ちには見えないので、そちらを疑うものはごく少数だった。
結果、努力をやめたハロルド殿はただの阿呆になり果てたダメ男と判断を下されたのだ。
この時点でオリヴィエ嬢との婚約を白紙に戻すことも検討されていたが、マリアンナ嬢に出会う前のハロルド殿を知っている者達は学園卒業まで様子を見て欲しいと懇願したので、王弟殿下側もオリヴィエ嬢側も仕方なしにそれに了承したのだ。ハロルド殿の未来のために。
婚約破棄が成立した時点で、ハロルド殿の未来はお先真っ暗である。まぁ、麗しの顔を武器に男娼にでもなれれば御の字かもしれないが。
・・・いや、観賞用で置いておきたい。絶世の美貌を持つ若い燕を囲いたい。という願望を持つ中位貴族の未亡人が涎を垂らして手ぐすね引いている様なので、多少の不便の中での贅沢な余生は約束されそうだが、それをハロルド殿が喜ぶかどうかは本人にしか解らない。
目の前の茶番劇は傍観者を置いてきぼりにしながらどんどんと進んでいく。
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