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血統鑑定士の災難【本編】
39 銀縁眼鏡側近の災難①
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(ロアンの様子がおかしい)
(いや、いつも通りには見えているが、あの一歩下がり、はっきりと線を引かれた様子は一体何なんだ?)
(いつからだ・・・?執務で王宮を離れていたこの期間で何があったというのだ。数週間前に鑑定室からロアンが体調不良で早退し、その翌日は結局体調が戻らず休んだとの報告を聞き・・・こちらも仕事がひと段落し、やっと先日会えた時にはもう、あの状態だった)
(ロアンの瞳に宿っていた想いが見えなくなっている。以前はどんな意味にせよ、好意を含んだ感情が見えていたのに・・・)
(何故だ。瞳からも声からも、ロアンからの好意が消えてしまっている)
(思わずロアンの腕を掴み、何があった!と場所を弁えずに、声高に問い詰めそうになってしまった・・・)
(あぁ、駄目だ・・・、駄目だ、駄目だ、ロアン。私から離れようとしないでくれ)
(この感情はいけない・・・抑えないと・・・。私は王太子だ。己を律する事でこれまで上手くやってこれただろう?)
ルベルバック王国の王太子、クリストフェル・グランツ・ルベルバックの様子がおかしい事に側近の一人、ニリアン・アルトゥリが銀縁眼鏡の奥にある冷え冷えとしたアイスブルーの瞳で暫し、件の人を観察し続けた結果、気付いた。
そう、よく注視しないと解らないぐらいにはクリストフェルの変化には気付けない程だが、ニリアンは今まであまり無かった現象にどうしたものかと思慮した。
いつも通り手は動いていて、次々と王太子の執務室に上がってくる案件を捌いている。
が、時々止まり何かを考慮している様子に、普段ならそんなに熟考するような案件だっただろうか?と他の側近なら思う事もあるかもしれないが、ニリアンはクリストフェルの乳兄弟である為か長年の経験がこれは違う。と勘が囁いていた。
今も手が止まり、クリストフェルの瞳が濁り始めたかと思えば、直ぐに持ち直し、手元の書類を見ている様で別なものを見ている様子に、ニリアンは小さく溜め息を吐くとその手から書類を取り上げた。
書類は何のことはない、くだらない案件で『却下』の一言で済むものだった。
「・・・なんだ」
ムスッとした、いつもよりほんの少しだけ低い声が、きまりが悪そうに発せられた。
「なんだ、ではありませんよ。どうしたのですか?いつもと違いますよ」
「・・・別に、いつも通りだろう」
「いつも通りならば、私もこのような事は聞きませんが?」
ニリアンの言葉にクリストフェルは、ぐっ、と押し黙ってしまった。
その様子に、やはりいつもと違うな。とニリアンは己の小さな気付きが正しいのだと肯定する様に小さく頷く。
いつもならば、そ知らぬふりをして誤魔化したり、それとなく理由を話したりするものだが、クリストフェルは図星を指されたことに言い返す事も出来ずに視線を泳がせた。
仕事は出来ているので、このまま放置していても支障は無いかもしれないが、まかり間違って決済ミスがあっては後々困るのは下に居る官僚たちだと思いを巡らせて、ニリアンは取り上げた書類の中央に『再考』の印を押して差戻しの箱へと差し入れた。
「おい」
「なんです?棄却にもならない案件ですけどね。今の殿下ではその理由さえ冷静に理路整然と説明できそうにもありませんから、『再考』として戻す事が最適でしょう」
書類作成・上申者のサインを見れば、差戻し又は棄却、却下の常連になっている厄介な人物のものだった。
だいたい、棄却か却下をすると「何故です!この案件はこの国を思っての事なのにっ!」と唾を飛ばす勢いで突撃してくるのだ。
何度、面会の事前伺いをしてくるようにと言っても聞かない馬鹿だ。
その馬鹿に二の句も告げない様に理路整然と却下理由を淡々と説明をしてやるのだが、今のクリストフェルだと、「馬鹿か」の一言で終わらせてしまいそうなのである。
そうなると、火に油を注ぐどころか、火薬を投下したような事態に陥るのは明確だった。
再考にしておけば多少の時間は稼げると踏んでニリアンはそう処理した。
だいたい、こんな馬鹿げた案件がここまで上がってくること自体がおかしいのだ。
どうにも上手く忍び込ませるのが得意な奴である。
ニリアンは一度クリストフェルに配置換えをしたら良いのではと提案した事があったが、「あれはあれで使い様がある」と悪い顔で返されれば「そうですか」と引き下がるしかなかった。
馬鹿と鋏は使いよう。そんな言葉がニリアンの頭を過った。
「休憩にしましょう、殿下。・・・いや、クリストフェル、手を置け」
「・・・いや、まだ・・・」
「クリス、話せ」
クリストフェルが立太子し、ニリアンが正式に側近として立った日から滅多に使われる事が無くなった崩れた話し方にクリストフェルは顔を上げ、気まずそうに口をもごもごとさせた。
ニリアンはその様子を見ながら通信魔導具へと手を伸ばす。
その通信魔導具は執務棟勤務であり、王太子執務室付のメイドが待機する部屋へと繋がっており、いつでも要望を伝えることが出来るものだ。
姿写しの水晶は無く、声だけでやり取りする魔導具で、王太子の執務室には常時待機しているメイドが居ないため重宝していた。
未来の王の父の立場を狙って娘を送り込み、王太子妃という立場目当てのメイドが引きも切らない時期があり、仕事にならんと言ってクリストフェルが執務室からメイド達を追い出した事で備え付けられた魔導具だった。
現在の王太子執務室付のメイドは全て既婚者であり、年も経験も上の女性ばかりで構成されている。
はじめ、このメイド達を見て、王太子にはあらぬ噂がたったが、今はそんな噂は影も形も無くなっているのは余談だ。
ニリアンはその通信魔導具で休憩をすると告げ、その言葉だけで数分も経たずに執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」と声を掛ければ、いつも通り「失礼します」と入ってくるメイドの姿はなく、カートを押しながら「邪魔するぞ」といつもの鑑定士のローブではなく、フロックコートを着用したエドゥバルド鑑定士長が入ってきた。
トゥマエレ教皇と共に。
(いや、いつも通りには見えているが、あの一歩下がり、はっきりと線を引かれた様子は一体何なんだ?)
(いつからだ・・・?執務で王宮を離れていたこの期間で何があったというのだ。数週間前に鑑定室からロアンが体調不良で早退し、その翌日は結局体調が戻らず休んだとの報告を聞き・・・こちらも仕事がひと段落し、やっと先日会えた時にはもう、あの状態だった)
(ロアンの瞳に宿っていた想いが見えなくなっている。以前はどんな意味にせよ、好意を含んだ感情が見えていたのに・・・)
(何故だ。瞳からも声からも、ロアンからの好意が消えてしまっている)
(思わずロアンの腕を掴み、何があった!と場所を弁えずに、声高に問い詰めそうになってしまった・・・)
(あぁ、駄目だ・・・、駄目だ、駄目だ、ロアン。私から離れようとしないでくれ)
(この感情はいけない・・・抑えないと・・・。私は王太子だ。己を律する事でこれまで上手くやってこれただろう?)
ルベルバック王国の王太子、クリストフェル・グランツ・ルベルバックの様子がおかしい事に側近の一人、ニリアン・アルトゥリが銀縁眼鏡の奥にある冷え冷えとしたアイスブルーの瞳で暫し、件の人を観察し続けた結果、気付いた。
そう、よく注視しないと解らないぐらいにはクリストフェルの変化には気付けない程だが、ニリアンは今まであまり無かった現象にどうしたものかと思慮した。
いつも通り手は動いていて、次々と王太子の執務室に上がってくる案件を捌いている。
が、時々止まり何かを考慮している様子に、普段ならそんなに熟考するような案件だっただろうか?と他の側近なら思う事もあるかもしれないが、ニリアンはクリストフェルの乳兄弟である為か長年の経験がこれは違う。と勘が囁いていた。
今も手が止まり、クリストフェルの瞳が濁り始めたかと思えば、直ぐに持ち直し、手元の書類を見ている様で別なものを見ている様子に、ニリアンは小さく溜め息を吐くとその手から書類を取り上げた。
書類は何のことはない、くだらない案件で『却下』の一言で済むものだった。
「・・・なんだ」
ムスッとした、いつもよりほんの少しだけ低い声が、きまりが悪そうに発せられた。
「なんだ、ではありませんよ。どうしたのですか?いつもと違いますよ」
「・・・別に、いつも通りだろう」
「いつも通りならば、私もこのような事は聞きませんが?」
ニリアンの言葉にクリストフェルは、ぐっ、と押し黙ってしまった。
その様子に、やはりいつもと違うな。とニリアンは己の小さな気付きが正しいのだと肯定する様に小さく頷く。
いつもならば、そ知らぬふりをして誤魔化したり、それとなく理由を話したりするものだが、クリストフェルは図星を指されたことに言い返す事も出来ずに視線を泳がせた。
仕事は出来ているので、このまま放置していても支障は無いかもしれないが、まかり間違って決済ミスがあっては後々困るのは下に居る官僚たちだと思いを巡らせて、ニリアンは取り上げた書類の中央に『再考』の印を押して差戻しの箱へと差し入れた。
「おい」
「なんです?棄却にもならない案件ですけどね。今の殿下ではその理由さえ冷静に理路整然と説明できそうにもありませんから、『再考』として戻す事が最適でしょう」
書類作成・上申者のサインを見れば、差戻し又は棄却、却下の常連になっている厄介な人物のものだった。
だいたい、棄却か却下をすると「何故です!この案件はこの国を思っての事なのにっ!」と唾を飛ばす勢いで突撃してくるのだ。
何度、面会の事前伺いをしてくるようにと言っても聞かない馬鹿だ。
その馬鹿に二の句も告げない様に理路整然と却下理由を淡々と説明をしてやるのだが、今のクリストフェルだと、「馬鹿か」の一言で終わらせてしまいそうなのである。
そうなると、火に油を注ぐどころか、火薬を投下したような事態に陥るのは明確だった。
再考にしておけば多少の時間は稼げると踏んでニリアンはそう処理した。
だいたい、こんな馬鹿げた案件がここまで上がってくること自体がおかしいのだ。
どうにも上手く忍び込ませるのが得意な奴である。
ニリアンは一度クリストフェルに配置換えをしたら良いのではと提案した事があったが、「あれはあれで使い様がある」と悪い顔で返されれば「そうですか」と引き下がるしかなかった。
馬鹿と鋏は使いよう。そんな言葉がニリアンの頭を過った。
「休憩にしましょう、殿下。・・・いや、クリストフェル、手を置け」
「・・・いや、まだ・・・」
「クリス、話せ」
クリストフェルが立太子し、ニリアンが正式に側近として立った日から滅多に使われる事が無くなった崩れた話し方にクリストフェルは顔を上げ、気まずそうに口をもごもごとさせた。
ニリアンはその様子を見ながら通信魔導具へと手を伸ばす。
その通信魔導具は執務棟勤務であり、王太子執務室付のメイドが待機する部屋へと繋がっており、いつでも要望を伝えることが出来るものだ。
姿写しの水晶は無く、声だけでやり取りする魔導具で、王太子の執務室には常時待機しているメイドが居ないため重宝していた。
未来の王の父の立場を狙って娘を送り込み、王太子妃という立場目当てのメイドが引きも切らない時期があり、仕事にならんと言ってクリストフェルが執務室からメイド達を追い出した事で備え付けられた魔導具だった。
現在の王太子執務室付のメイドは全て既婚者であり、年も経験も上の女性ばかりで構成されている。
はじめ、このメイド達を見て、王太子にはあらぬ噂がたったが、今はそんな噂は影も形も無くなっているのは余談だ。
ニリアンはその通信魔導具で休憩をすると告げ、その言葉だけで数分も経たずに執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」と声を掛ければ、いつも通り「失礼します」と入ってくるメイドの姿はなく、カートを押しながら「邪魔するぞ」といつもの鑑定士のローブではなく、フロックコートを着用したエドゥバルド鑑定士長が入ってきた。
トゥマエレ教皇と共に。
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