盗人猛々しいですよ、天上院さん!

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エピローグ 盗人猛々しいですよ、天上院さん!

盗人猛々しいですよ、天上院さん!

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 「違うから」

 プールの一件が起きた次の日、私は学校をサボった。普段、サボりなんて絶対にしない私のことを母は疑いもしなかったが、瀬里奈だけが何か気づいている様子だった。

 そうして作り出した猶予をフルに使って出した解答が、その一言に凝縮されていた。

 「……何が、違うのでしょうか」

 なんだか、似たようなやり取りを少し前にしたな、と漠然と考える。少し、現実逃避していた。ただ、天上院さんの顔つきは、以前のように優しく穏やかではない。明らかな不満を表していた。

 「だからぁ、その、分かるでしょ」

 「……もしも、万が一、いいえ、億が一でも、私が想像している内容だったそのときは、温厚な私でもさすがに堪忍袋の緒が切れます」

 すうっと血の気が引いていくように冷徹な光をその瞳に宿らせる天上院華。ほんの少し前に校舎裏へと呼び出したときは、珍しく子どものような笑顔を浮かべていたのに。

 これは考え無しにやり取りしているとまずいことが起きそうだ、と考え直す。本当は、『あれは言葉の綾というか…』と気恥ずかしさを誤魔化そうと思っていたのだが…。

 言葉を失い、視線を右往左往させる私を見て、天上院さんは深いため息を吐いた。灼熱の外気温を一瞬の間だけ忘れられる…そんな冷たい一息だ。

 「好きなのでしょう?私が」

 「うわ……」

 思わず顔をしかめ、赤らめる。気温のせいではない。こんなことを堂々と恥ずかしげもなく言えてしまう天上院さんの代わりに照れている感じである。

 だが、天上院さんはそんな私の態度が気に入らなかったようで、目を細めるとこんなふうに続けた。

 「どうしてそのようなお顔をなさるのですか。澄香が言いましたよね?『好き好き、天上院さん、好き好き、チューして…』と。それなのに、貴方は――」

 「うわぁもう!最悪!言ってない!言ってないし!」

 その当時のことが思い起こされて、身悶えする羞恥心からすかさず彼女の言葉を遮る。

 「言いました。どうしてそうも平然と嘘を吐くのです」

 「い、言ってない部分もあるもん!」

 まぁ、だいたい言ったけど、言ったけどさぁ、と心の中では叫びながらも、口では反対のことを言う。まるであまのじゃくだ。

 「澄香。声が大きいです。…それで?今さら発言を撤回してまで、貴方は何がしたいのでしょうか」

 ぴりり、と切り裂くような声音。顔も眉間に皺が寄り、目尻が吊り上がっている。

 美人は怒ると怖いとよく言われるが、私はそれが事実なのだと、たった今、この瞬間に身をもって学んだ。

 「そ、それは…」

 「…一、冷静に考えてみたら、それほど天上院華のことが好きではなかった。だから面倒なことになる前になかったことにしたい」

 「え?」

 指を一本立てた天上院さんにじろり、と睨まれる。どうやら選択肢を出すから、黙って最後まで聞けということらしい。

 私は口をぎゅっとつぐみ、行く末を彼女の指先に委ねることにした。

 「二、天上院華に仕返しをしようと思い、嘘を吐いたら予想外にも事が大きくなってしまった。今さら嘘だと言い出せなくて、誤解のフリをしたい…。まぁ、これはないと思っていますが、これだったら、覚悟しなさい」

 「ひっ…」

 普段は聞かない天上院さんの威圧的な言葉。心臓がきゅっとなった。

 「三、なんだか怖くなって、なかったことにしようとしている」

 「…」

 半分当たりの気もするが、たぶん、根本は…。

 「四、照れ臭くて素直になれないから、会話のとっかかりにしようと思った」

 ――これだ。

 「あー…うー…」

 私の体が、勝手にもじもじと動き出した。これでは、四が正解ですと自分で言っているようなものだろう。

 無論、天上院さんもどれが私の本音か察した様子で、ほっと安堵の息を漏らしていた。その様子に、私のほうも安心してしまう。あの更衣室での出来事は、幻でも勘違いでもなかったのだと。

 自分の青い感情が白日の下にさらされるのも、もう時間の問題だ…と観念した私は、あくまで視線は逸らしたままで天上院さんの隣に移動した。

 「まぁ、そんなところですけど?なにか?」

 もうちょっと可愛くできないもんかね…。

 湿気と暑さで重くなった空気に汗を垂らしつつも、自分のことながらその素直になれなさに呆れていたところ、天上院さんが肩と肩がくっつくほどの距離まで近寄って来た。

 校舎の壁にもたれかかる。ところどころ塗装が剥がれて、下地のコンクリートが剥き出しになっている年季者だ。きっと、こうして学生たちの恋路を見つめてきた数も多いのだろう。

 「どうしたら、澄香のようなあまのじゃくでも素直になれるのでしょう?」

 天上院さんの吐息交じりの声と共に、そっとからめとられる私の指。自分のものなのに、『いいなぁ』なんて馬鹿みたいなことを考える。本当、どうにかしている。

 「…それも一緒に考えればいいんじゃない?」

 「恋人として?」

 横から覗き込んでくる天上院さんの顔は、やっぱり女神みたいに整っていて、神々しかった。

 「まぁ……天上院さんが、そうしたいなら」

 「ふふ、では、そうしましょう」

 一転、あどけない顔で幸せそうに笑う彼女の顔に、私はやっぱり年相応のこういう顔のほうが好きだ、と思わず口元を曲げる。

 「あら、澄香、幸せそうですね」

 「そう言う天上院さんこそ」

 くすくすと笑い合う私たちの頭上を、もくもくとした入道雲が立ち昇っていて、その真っ白い体の中に、飛行機雲を引きずりながら飛んでいる鋼鉄の翼があった。

 うだるように暑くも、澄んだ夏の日のこと。

 私たちは、ようやく互いの中で互いをどう位置付けるのかを決めることができていた。

 それもすべて、天上院華の奇行から始まったのだ。

 私は妙におかしくなって肩をゆすって笑った。そんな私を見た天上院さんが不思議そうな顔で、「どうされたのですか?」なんて尋ねるから、私はぎゅっと手を握り返す。

 「別に。こうなれたのって、天上院さんが変態だったおかげでもあるのかなぁ、って思っただけ」

 きょとんとした顔で私を見つめる天上院さん。彼女は一拍置いてから、暑さも気にせず私の腕を絡め取ると、開き直った様子でこう言った。

 「そうですね。私が澄香のシャツを盗んだおかげで、今、こうも幸せなのです。感謝して下さいね、澄香」

 「はぁ?」

 全く、呆れる。そんな態度こそ、まさに――…。

 「あのさぁ…盗人猛々しいですよ、天上院さん」
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