盗人猛々しいですよ、天上院さん!

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三章 勘違いしないでくださいよ、天上院さん!

勘違いしないでくださいよ、天上院さん!.2

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「まぁ、シンプルで素敵な部屋ですね」

 私の部屋に足を踏み入れた天上院さんは、のんきな声でそんなことを呟いた。

 あまりじろじろ見られると恥ずかしかったが、目をつむれとお願いするわけにもいかない。元々、部屋に入れるつもりもなかったのだが…これ以上、小森家の人間の評価を爆上げされるのも考えものだった。それに…。

「ありのままの姿を見られるかも、と思って予定時刻より早くお邪魔しましたが…普段から整頓されているのは、イメージ通りですね、澄香」

 澄香。

 すみか。

 この響きだ。

 これに私は耐えられない。勝手に顔が紅潮し、変な汗が出てくるのだ。

「……殺風景って言えばいいんじゃないの」

 苦し紛れに皮肉をぼやく。でも、天上院さんはまるでこたえた様子もなく、用意された座布団の上にちょこん、と座った。

「混じり気のないことは良いことですよ?――頑丈なものというのは往々にしてシンプルで、複雑なものは脆弱になりがちですからね」

「炭素が固まって出来ているダイヤモンドみたいに?」

「ふふっ、それも一例ですね」

 頑張って減らず口で返したのに、天上院さんはこの余裕だ。

 私はできるだけ冷静なふりをするために立ち上がり、「何か飲み物でもいる?」と尋ねた。

 天上院さんは少しだけ逡巡してみせたが、ややあって、「紅茶、ありますか?」と小首を傾げた。

「多分。でも、市販のティーパックだよ」

「もちろん、構いません」

 こくりと頷き、部屋を出る。その際、何も触らないでね、と口にしかけたが、何だか“フリ”のような気がしたからやめておいた。

 一階の台所に向かうと、母と瀬里奈が天上院さんに貰った焼き菓子で早速舌鼓を打っていた。

 明らかにもの言いたげな二人から視線を逸らし、ティーカップに紅茶をいれる。茶葉がしっかり味を染み渡らせるのを待っていたら、案の定、瀬里奈がすり寄ってきた。

「ちょっと、ちょっと、お姉ちゃん」

 普段、瀬里奈は私をお姉ちゃんなんて呼ばない。つまり、からかおうとしている前触れである。

「なに」

「やるじゃん、あんな綺麗な人連れてくるなんて。どっかの社長令嬢?」

「…学園長の娘さん」

「ひゅぅ」と口笛を鳴らす瀬里奈。離れた場所から母が注意してくる。

 変に深入りされないよう、適当な相槌で誤魔化していた私が、カップを二つ手にして階段を上がろうとした矢先、瀬里奈が少しだけ真剣な感じで口を開く。

「天上院さんって、友だち?」

 言葉通りに受け取れば、どうということはない質問だった。だが、瀬里奈が言うと重みが違う。

 私は一拍置いて、振り返らずに淡々と返す。

「さあ、天上院さんがどういうつもりかは分からないから」

 私だって分かっている。天上院さんが私と一緒にいる理由なんて、ろくなことじゃないんだ。

 きっと、私相手なら変質的な嫌がらせでも黙っておくと考えたから。そして、どうせ誰にも相談する相手がいないと分かっていたから。

 都合の良い幻想は抱かない。

 夢というものは、初めこそとろけるように甘いが、ほとんどの場合が最終的に毒となる。

 …って、何かの本に書いてあった気がする。

 まだ何か言いたそうにしている瀬里奈を置いて、部屋に戻る。

 すると、シリアスな思考に到達していた私の頭は、百八十度の転回を強いられることとなった。

「あぁ、ありがとうございます」

 許可もなく私のベッドに腰かけていた天上院さん。まだこれはいい。許容範囲だ。

 だが…。

「ちょ、それ…っ!」

 二つ、驚いた点があった。

 一つは、彼女が膝掛けみたいにして使っていたものが、私の制服であったこと。

 そしてもう一つは…。

「あぁ、机の上にあったのでお借りしています。興味深いですね、この『少女回遊』という本」

 勝手に人の物を扱うなとか、ベッドに乗るなとか言いたいことはたくさんあった。でも、一番はそれらじゃない。

 私は慌てて天上院さんに近づきながら、口を開いた。

「ち、ち、違うから!」

 どもりつつ、彼女の綺麗な指先から本を奪い取ろうとするが、鈍くさい私とスポーツ万能の天上院さんとではスペックに差があり過ぎた。

「あら」と天上院さんが本を持っていた手を翻した。指先が空を切ったその拍子に、私は体勢を崩し、前のめりに倒れてしまう。

「きゃっ!」

 あわや、天上院さんごとベッドに沈んでしまう、というとき、彼女が持ち前の運動神経を発揮して、私が倒れ込まないよう抱き留めてくれた。

「…大丈夫ですか?」

 顔を上げればそこには、万物に等しく光を降らす恒星があった。

 あの日、更衣室で嗅いだ、くらくらする、天上院さんの匂い。

 柔らかな感触。弱々しく見えるのに、実のところ力強い白い指先。

「…あ……あ、あり、がと」

 見ていられない。

 眩しすぎる。

 …熱が、ただ、熱が…。

 無意識的に、私は俯こうとした。

 しかし、星はそれを許さなかった。

「『違う』、というのは…」

 指先が煽情的に私の喉を、顎をなぞり上げる。

「…っ」

 ビリビリと背筋が痺れて顔の角度が上がった私は、自然と天上院さんを間近に見つめることとなった。

「澄香が、この『少女回遊』に描写されるような性的指向にない、ということを言いたいのでしょうか?」

 少しだけ冷徹さを感じる響きだったが、それでも、やはり美しい声だ。

 天上院さんは、そのまま真剣な面持ちで続ける。

「……私には、そうは思えません。澄香も、“彼女”らと同類なのではないですか」

 断定的な発言。これには、私も心臓を加速度的に打ち鳴らしながら、反感を覚えた。

「ど、どうして天上院さんに、そんなことを言われないといけないの」

「では――」

 不意に、天上院さんが私の背中に手を当て、この棒切れみたいな体を引き寄せた。

 ちょうど、ベッドの上で片膝立ちしているような姿勢にさせられる。そうすることで、天上院さんと同じ目線で見つめ合う形となった。

「今、こうして私に抱き寄せられて、『気持ちが悪い』と感じますか?」

「…あ、う…」

 塞がれていく。

「りんごのように頬が赤くなっている、その熱の理由を澄香が考えたことがないはずがない。貴方は、そういう人ではないでしょう」

 退路が、潰れる。

「そもそも、嫌ならば突き飛ばせばいいのです。大声を出せば、愛すべき家族が澄香を助けてくれるはずです」

 右も、左も、前後も、上下も。

「それでも、澄香はそうしない。それは、なぜですか?」

 本音の逃げ場が、どこにもなくなっていく。

「教室で、廊下で、更衣室で、私をじっと見つめていた、あの視線の意味はどこですか?」

 ラムネ瓶に入っているビー玉が、ぽんっ、と押し出されるみたいに。本音は、私の心に突き刺さった。

「分かっていなかったようですから、一度、きちんと伝えて差し上げます。私を誘ったのは、澄香のほうだと」

 その痛みのせいで、私は嗚咽を漏らし、涙する。

「う、うぅ…えぐっ…ううぅ…」

 こんなの惨い追い込み漁だ。自分と正しく向き合う強さを持たない人にだって、自分を甘やかす権利はあるのに。

 天上院華は、私が泣いたからといって良心の呵責を覚えることはなかった。

「泣いても、私には逆効果ですよ。澄香」

 きらきらした黒曜の瞳が、私を覗き込んでいる。その光彩には、何かじりじりとした熱が感じられた。

「……泣き止んで下さい。そうでないと、知りませんよ」

 泣き止め?

 こういうのって、自分でコントロールできるの?みんな、それが普通なの?

 私にはできない。自分の心一つ上手く扱えない、私には。

 自分の体で、自分の心なのに…。

「む…えぐっ、むり…」

 どうにかそう返事するので、精一杯だった。

 すると、天上院さんは…。

「そう、ですか」

 そう呟いて、私の身を、顔を、心を引き寄せた。

 直後、柔らかな感触が私の息を止めた。

 不思議なことに、何が起きているのかきちんと私の頭は理解していた。

 天上院さんと、キスをしている。

 ゆっくりと流れる、甘美な時間。

 ――刹那的でもありながら、永劫すらも感じる。

 そんな感想を抱いた私は、どこかで聞き覚えがあるぞと脳内メモリーを探り、そして、行き着いた。

(あぁ…『少女回遊』だ…)

 儚いものに夢を見る、少女たち。それはもしかすると、私の分身だったのだろうか?

 もしも、それが現実のものになったら?

 瀬里奈は言った。現実には陰の側面があると。

 だとしたら、この先に広がるのは深い海底か。

 それでもいい。

 別に構わない。

 きっと、その闇は昏く、心地よい温もりと隣り合わせだ。

 そんなことを考えていたせいか、私はトントン、と天上院さんに背中を軽く叩かれるまで、自分がキスをしたまま目を閉じていたことに気がつかなかった。しかも、両腕を天上院さんの細い首に絡めていたのも分からなかった。

 これじゃあ…天上院さんのキスを歓迎していると言っているようなものだ。

 でも、きっとそれは真実だ。

 見つめていたのは、私。

 始めたのも、私。

 ずっと、天上院さんの背中を、横顔を、更衣室でだけ臨むことができた柔肌を、見つめていたのは誰でもない、私なのだ。

 私は弾かれたように彼女から体を離した。その勢いが強く、危うく後ろに転倒しそうになったところで、優しく腰を支えてもらい、難を逃れる。

「…謝りませんよ、私。警告はしましたから」

 黒曜が私の目を貫く。それがあまりに美しかったせいで、私は再び泣き出してしまうのだった。
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