悪魔の俺が天使に一目惚れしてハードモードなんだが!?

萌葱 千佳

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第3話

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 ――居た。夕暮れと夜更けには決まってその姿を探すようになった。天使と出会ってもう5日になるのか、風になびく銀髪に視線が吸い寄せられる。天使と悪魔はお互い関わらないようにしているため話し掛けるわけにはいかないが、エリオットはすれ違う時に必ず目を合わせて小さな笑みを浮かべてくれる。その姿を見て心臓がけたたましく動くのも相変わらずだ。駄目だ、ほっとけば治るなんてもんじゃない。忘れ去るどころか、日に日に想いが大きくなっていくのを感じる。

 今日もまたエリオットの姿が見られる。そう思いながらうっすらと水平線が明るくなってきた人間界から明星門に戻ると、いつもはずらりと並びながら進んでいる天使の姿が1人も見当たらない。エリオット1人が居ないのだったら体調不調などで心配になるが、天使が誰も居ないのであればおそらく天界で何かが起こっているのだろう。ただ待つことしかできないもどかしさの中、廃れた城下町の大通りの端でしばらく座っていたが、日が高くなっても天使たちが現れることはなかった。
 ふと思えば、自分は天使のことを何も知らない。ラザラスがよく魔界の図書館に足を運んでいることが頭を過ぎる。このまま寮の部屋に戻る気分にはならず、立ち上がると図書館に向けて歩みを進めた。


 初めての図書館に戸惑いながら本棚の間を練り歩く。天使についての本を探しているなんてとても言い出すことはできず、自力で本を探し当てるはめになった。見当たらず一旦出直すかと思ったその時、古びた本の表紙が目に入る。
 『天使の生態』――あった。本を引き抜き、その場でページをぱらぱらと捲る。天使の身体の大きさは悪魔とそこまで変わらない、角の代わりに光の輪が頭の上にある、翼の形は鳥とよく似たもの――読み進めていくと、「天使の文化」の章に辿り着く。天使の休日は週に1回、日曜日だと記されていた。
 悪魔は休むも働くも自分の好きなタイミングでできるので曜日を意識することはないが、鞄からタブレット端末を取り出して確認するとたしかに今日は日曜。別に天界で何かイレギュラーなことが起きているのではなく、ただ休みなだけか。そう思うとどこか緊張の糸が切れたように感じる。今頃エリオットはゆっくりと休日を過ごしているのだろうかと思いを馳せながらページを捲った。

『天使は規則を重んじ、破った者には罰が与えられる』
 天界で定められている規則が小さな文字でずらりと並んでいる中で、一節が視界に飛び込んできた。


『悪魔と関わってはいけない』


 体温が急激に下がっていくような感覚に襲われる。悪魔側も基本的には天使と関わることはない。しかしそれは規則があるからではなく、天使に絡んだところで反応が返ってくることもないし悪魔側にメリットもないからだ。
 一方で天界では悪魔に関わることが明確に規則として禁じられている。もし自分がエリオットとの関わりを持とうとすれば、罰を受けるのはエリオットのほうだろう。無理だ、そんなことはできない。それ以上ページを読み進める気が起きず、本をパタンと閉じると棚に戻す。重い足取りで図書館を出ると寮の自室へと向かった。力なくうつ伏せで倒れ込む。

 ――相手は男で、天使で、住む場所も違えば夕暮れと明け方にただ姿を眺めることしかできなくて、しかも何らかの形で関わりが持てたとしても罰せられるのは相手のほうで。その上こっちは初恋だ。初恋は叶わないというラザラスの声を思い出す。もう無理だと大きなため息を吐いた。


「おー……またダウンしてんな」
 香ばしい香りと共にルームメイトが部屋に入ってくる。頭を動かし視線を上げると、屋台の袋が揺れていた。
「レヴァンも飯食う?」
「……食欲ない」
「そっか。ま、元々お前の分ねぇけど」
 テーブルの上でカチャカチャと食器を並べる音が部屋に響く。
「初恋はもう散ったか?」
「多分、そろそろ」
「顔だけは良いレヴァンもフラれることあるんだな」
 初恋こえーと言いながら肉をパンに挟んでいるラザラスに反論したくなって、ぽつりと声が漏れた。

「別に、フラれるわけじゃない」
「じゃあなんで終わるんだ?」
「……始まってもいないから」
 声に出すと虚しくなる。そうだ、この初恋は始まってもいないんだ。俺が勝手に盛り上がって、でもどうすることもできなくて。1人で何バカなことしてんだろと呆れてくる。
「始めようとしないのはなんでだ?」
「無理なんだよ……」
「じゃあアタックしてみれば?」
 何を言ってるんだこいつは、と眉を顰める。

「ラザラス、お前話聞いてたか?」
「だって何にもしてない今だって終わりそうになってんだろ? なら当たって砕けたって状況変わんねぇし、1%でも可能性があるならアタックしたほうが良くね?」
 ルームメイトの呑気な声が胸にストンと落ちる。その場で足踏みをしていた状態から1歩抜け出せるような気がした。

「……アタックって、何すればいいんだ?」
「知らねぇよ、自分で考えろ」
 どうせ叶わぬ初恋なら、思いっきり砕けてもいいだろ――ベッドから身体を起こすと、途端に腹の虫が鳴る。ラザラスが笑うとこちらに身体を向ける。
「そうだ、実験台になってもらいたいことがあったんだ。それやってくれるんなら一口やるよ」
「今度は何を見せられるんだ?」
 ラザラスの幻覚の研究に付き合わされることは多く、またいつものかとため息を吐く。
「今回はちょっと違うぜ、むしろ『見せない』んだ」


 ひょいと何かを投げられて、咄嗟に掴むとそれは深い紺色の石だった。
「何だこれ」
「まぁいいから」
 うきうきとした声色で答えたラザラスは、右の手のひらの上に四角いオブジェを置いた。
「これ、見えるだろ?」
「なんだその箱みたいなやつ」
「ん、おっけ。じゃあその石渡して」
 差し出されたラザラスの左手に紺色の石を置くと、視界からパッと箱が消えた。驚いて瞬きを繰り返していると、満足気にラザラスが笑い出す。

「やっぱ俺天才かもしんねぇな!」
 箱が見えていた場所に手を伸ばすと、何も見えないのに硬い感触が指先に触れる。
「存在してる……?」
「そう、見えなくしただけ」
 もう一度紺色の石を渡されると、箱の姿が視界に浮かび上がる。
「簡単に言うと、石が手に触れてる間だけこの箱が見えるようになるんだ。何かを『見せる』ことの逆ってできねぇかなって実験してたらさ、これいけてんじゃねぇのって」
 ラザラスが言うには、紺色の石は奴の魔力を閉じ込めたものらしい。同じ石を箱にも埋め込むことで、石に触れている間だけ箱が見える仕組みだと自慢げに語る。

「お前が凄いことしたのはわかったけど、どんな使い道があるんだ?」
「まぁそりゃ隠し物をしたい時だよな。見えないだけで物体としては存在してるから大きすぎる物は不向きだけど、ちょっとした物なら隠し放題だ。特段俺に隠したいものは思いつかないんだけどさ」
 たしかに何かを安全に隠すには打ってつけだ。秘密……安全なやり取り……小さな隠し物……それだ。脳がカチッと音を立てたような気がする。解決の糸口を掴むかのようにラザラスにぐっと詰め寄った。

「なぁ! 頼む! お前の発明のおかげでどうにかなりそうなんだ! 力を貸してくれ! 頼む!!」
 勢いにたじろいだラザラスが俺を落ち着かせるように肩を抑えた。
「ちょ、ちょっと待て、話は聞くから……うん、一旦コーヒーでも入れるか」
 キッチンに向かうラザラスの背中を見つめながら、求めていたピースがぴたりと噛み合ったのを感じていた。
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