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十九時間目 空気感

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「ほら、真城」
「多分いないと思うけどね。嫌だけど俺んち寄ってきますか。でも先生は先に家帰ってて。俺一人で行ってくるから」

 マンションのロビーで真城がテンション低いままエレベーターを待っている。何が嫌なのか、真城の自宅に付いていくのを阻止しようとしてくるのだ。そんなことされたら怪しまずにはいられない。やっぱり親がいないのは嘘なのか、本当は親に合わせたくないから言ってるのかもしれないと思ってしまう。

「お前がなんと言おうと俺も行くぞ。大人として一日お前を預かったんだ、親御さんだって不安に思ってるだろう」
「別にそんなこと思ってないと思うけど。てかいないし」

 エレベーターが到着し、二人で三階に向かう。信じたくはないが、真城の言っていることは本当のように思えた。
 なにせ真城が家に帰れなくなってから結構な時間が経つが、親から連絡が来ていた素振りが全くないのだ。もし親が鍵のことを知らないんだとしても、自分の子がどこで何しているのかくらいは知りたいものなんじゃないだろうか。
 分からない。籐矢に子どもはいないし、伴侶すらいないのだから。

「はい先生、どうぞ。俺んちのインターフォン鳴らしてみてください」
「わかった。ついでにドアノブも回すからな」

 鳴らして数十秒、ドアノブを回して引っ張ってみても開きそうになかった。やはり誰もいない。親がいないのは本当のようだった。

「鍵、本当にないのか? どこかこのへんに隠してる場所とかあるんじゃないのか?」
「ないない。まず合鍵ってもんがないんですよ、うちには」
「まさかそんなことあるはずないだろう。高校生の息子だって住んでるというのに」
「でも本当なんだって。しょーがないじゃん」

 早く帰りましょう、と真城はエレベーターのほうへと引っぱる。真城の心情はともかく、開くことのなさそうなドアの前に突っ立っていても何も始まらないので、なすがままエレベーターまで吊られていった。

 エレベーターの中でしばし無言になる二人。先に口を開いたのは籐矢だった。

「今日の晩ごはん、何が食べたい?」
「あー、何でも良いですよ。てか、なんなら俺が作りましょうか? 泊まらせてもらってる身だし、簡単なものしか作れないけど」
「高校生なのに料理できるのか……?」
「できるできる。切って煮込んだり、焼いたり、揚げたり、まあそんなもんだけど」
「けれど、冷蔵庫に食材は何もないからな……」
「買い物も行ってきますってば! お金貸してください。あとで半分返します」
「俺も行きたいんだが。酒も飲みたいし」

 エレベーターが五階に到着する。籐矢が自宅の鍵をポケットから出しながら真城を見た。

「ダメですよ。学校の生徒に見られたら何て言い訳するつもり? コインランドリーはすぐ近くだったから良いけど、スーパーはちょっと遠いでしょ」
「まあ……確かにな」
「俺がスーパー行ってる間にコンビニにでも行っててください。かわりに先生の食べたいもの作るからさ、ね?」

 まるで籐矢が駄々をこねたかのように接してくる真城は、どこか面白がってるのか背中をポンポンと叩いてくる。別にふてくされていたわけではないのだが、高校生とは思えない包容力に何も言い返す言葉が出なかった。





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