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第二章 懇親会編

44、私はどうでもよくなります

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「それでは、失礼いたします」

 私は軽く頭を下げながら母の部屋から退室します。軽く溜め息を吐きますが、これが聞かれていたら結構不味いのですよね。まあ、吐かずにはいられない心境ではあるのですが。相も変わらずと言うか、二年前から進んでも戻ってもいないと言うか。
 オーラが気の毒そうな顔で見てきますが、それは顔だけで内心では何とも思っていないことなどお見通しです。しかしそれに腹を立てる元気もないと言いますか、もう呆れてものも言えないと言いましょうか。出来ることならもうベッドに勢いよく飛び込んで寝てしまいたい気分です。

 二年前、シユウ様と接点が出来たと報告した際の母の浮かれようと言ったら、もう数日間は見れば分かるほどでした。私が王子の婚約者になった時だってあそこまではおそらく喜んでいなかったと思います。フォーマットハーフ家の状況からしたって、傍目からは異常に見えたでしょう。
 それに味を占めたのでしょうね。シユウ様との接点があり、友人関係であるということが周知されてきている今、お母様は私に、懇親会でのミッションを申し付けてきたのです。ええ、本当であれば灰皿とかでこう、頭を殴ってやりたかったのですが、鋼の精神で我慢しました。誰か私を褒めてください。

 ちなみにどうでもいい話ですが、フォーマットハーフ家の屋敷は全面的に完全禁煙です。もし使用人が敷地内で吸えば一発でクビですし、そもそも喫煙者は立ち入りを許可されません。母曰く、煙草の煙は人の頭をおかしくするとのことです。
 吸っている人の頭ではなく、吸っていない人の頭です。要は、健康を考えて吸っていないはずの人間が、なぜ損をしなければならないのかという意見ですね。それに関してだけは非常に真っ当な意見です。私も煙草の臭いは世界で一番嫌いなので。

 もし将来的にシユウ様が煙草を吸い始めたら、その時こそ私はその頭を灰皿で殴るでしょうね。シユウ様も苦手とは言っていましたが、成長するにつれ、どんな心境の変化、嗜好の変化が発生するかなど分かりませんから、心の準備をしておいて損はないでしょう。
 人を殺すのは意外と覚悟がいるとか聞いたことがありますから。しかし間違った道に進んでしまった者を正しい道に戻すのは悪ではないはず。私は私の信じる正義を成しましょう。あら、そういえばいつの間にか話が逸れましたわね。

 母から言われたミッションというのは、まあなんとなく分かると思いますが、他国の王族とのコネクションを作って来いということです。やるのが自分じゃないからといって随分と勝手なことを言ってくれますわね。自分でやればいいじゃありませんかという言葉は飲み込みました。胃もたれしそうです。
 しかしおそらく繋がり自体は作れると思うのです。シユウ様が懇親会に参加する他国の王族全員と知り合いだというのであれば、それに乗っかって私も会話をするくらいは可能なはず。問題は、それをどこまで母に報告するかという点です。

 正直報告したくありません。そもそもシユウ様との繋がりだって、この二年間で母が有効活用できたかといえばそれは否です。母はそこまで頭が回るわけではないのです。目先の結果と彼方の希望に涎を垂らしているだけ。具体的に何かが出来る人種ではない。
 そんな母に報告するというのは、ただいたずらに私の交友関係を明かしているだけなのです。何の意味があるというのでしょうか。デメリットオンリーです。ただ、繋がりがあるという認識で安心を得たいだけ。我が親ながら実に情けない話です。

「というわけなのですが、当日はどういう感じでしょうか?」
「懇親会では基本的に俺と一緒に行動してくれ。どうせクリスは他の女子侍らしてるだろうし、今更それを咎める奴もいないだろ。そうなると、自動的にアンナは五か国の王族全員と関わることにはなる」
「それをどの程度母に報告するかという問題なのですが、おそらく私がそういう状況にいたということは母の耳に入ります。そうなると、二人としか話せませんでした、みたいな嘘は通じないでしょう。そこが厄介なのです」
「ああ、なるほどな。懇親会の現場にいた誰かから報告が行くってことか。シーツァリアでの開催でさえなければ……、うちでの開催だったら口止めも出来るんだけどな」
「報告はまあ仕方ないこととして割り切れるのです。それ以上に問題なのは、もし万が一母が何かしらの行動を起こした場合、王族の方々に迷惑が及ぶ可能性が僅かでも存在してしまうということなのです。それは、なるべく避けたい事態です」
「人に迷惑かけるの嫌いだもんな。そうだな……、全員と会話は出来たけれどどうも警戒心は抱かれているようだった、みたいな報告はどうだ? 繋がりは出来なかったわけじゃないけど、具体的に行動に移すのは多分無理だろう、くらいの報告」
「そんな短めの接触で済みますか?」
「会場には撮影機器、録音機器の持ち込みは禁止だ。そこのチェックは機関が担当してるから、内部スタッフでも無理。現場の状況が具体的に分からないアンナの母親が、お前の証言に異論を挟むのは流石に無理だと思う」
「……母が撮影した映像などを見せてきたら?」
「そん時は機関に訴えればいいだろ。明確な規則違反だ。機関の方で裁くことになるだろうから、そんな馬鹿な真似はいくらなんでも」
「ですわね。訊いてみただけです。……そうしましょうか。上手く行かなかったらまた別の言い逃れを考えるだけですし。母を言いくるめるくらいは簡単ですわ」
「そう断言できちゃうのも悲しいものがあるな……。あ、そう言えば懇親会の後、どこに遊びに行くかって話で一か所提案があるんだけどさ」
「ああ、そう言えばそんな話もありましたわね。忘れていましたわ」
「そっちが誘って来たのに!?」
「まあまあ、で、どこですの?」
「ロデウロ。うちの国に一回来てくれない? 兄貴がアンナの顔見せろってうるさくてさ」

 初対面の時に言っていた仲が悪いという話はどこに行ったのでしょうか、などと疑問を挟む余裕は私にはありませんでした。これはなかなか緊張するイベントですわよ。将来的にどうなるにせよ、まさかの身内に顔合わせは少し早いのでは。まだ十二歳ですよ。

 懇親会まで、あと二日。なんか懇親会とかどうでもよくなってきました。
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