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ラジトバウム編
26 不審
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長い沈黙を破り、研究室にノックの音がひびいた。
コンコン、という乾いた音。
来訪者だ。たまたま扉から近い席にいた俺は、思考停止したまま、あわててドア穴をのぞきこむ。
「保安庁監察の者よ。スオウザカエイト。聞きたいことがあるから出てきなさい」
壮麗な衣装、美しい髪、黒の日傘がよく似合う佇まい。
彼女はローグ・マールシュ。なにかとつっかかってくる、あの女だった。
俺は「うわっ」と思わず声を出してしまった。
マールシュじゃねえか……。なんでこんなときに!?
「あの、エイトさん、女性の方の声がしましたが……」
ドアの前で硬直している俺に、ハイロは心配して声をかけてくれた。
「あ、ああ。何の用なんだろう……?」
なんにせよ最悪のタイミングだ。俺は扉をひらいたが、いったん自分だけ出て、ローグに対応することにした。この隙に、ハイロたちがうまくこの事態に対処してくれるはずだ。
「だれかいるようね。ここでなにをしているの?」
「あ~~~~……え~~~っとちょっとぉ~……カードの研究を……ですね」
「カードの研究? そういえばあなた、精霊杯に出場しているようだけど……」
「あ、ああ。そうだけど……それで、聞きたいことって?」
「立ち話もなんだし、中にいれていただけないかしら? オモテで話す話題でもないわあ」
なぜ入りたがる!? そんでずいぶんえらそうだな!?
「い、いや、なら場所を変えて……」
「安心なさい。仕事で来ているわけじゃないわぁ。ただお話してみたくてね」
どうにかしてこの場をやり過ごそうとしたけど、だめそうだ。
マールシュの目は俺から洩れ出るわずかな動揺を捉えているのか、少しずつ接近してきている。嫌と言っても入ってきそうだ。
「エイトさん……ローグさんとはどういう関係なんですか?」
ドアを挟んで背後から、ハイロの不安そうな声がきこえてきた。
俺が知るかよ! そんなこと!
「ああーもう!」
もうどうにでもなれ、と半ばヤケ気味に俺はドアノブを回した。
「どうぞ!」
部屋に入るときに、失礼、と一言おきつつ一礼するマールシュ。この礼儀正しさと落ち着いた佇まいが、今は恐ろしくさえ感じる。
「なんだか……ずいぶん涼しいわね」
「ひ、日当たりが悪いのかな」
涼しいどころかこの部屋だけまるで冬だ。ごまかしようがないが、とりあえずちょうど陽が窓からさしていたので、急ぎつつもさりげなくカーテンを閉める。
「あら、町長さんところの……ラトリーちゃんじゃない。どうしてこんなところに?」
「あ……こんにちは」
マールシュとラトリーは顔見知りだったようで、ラトリーは頭を下げて挨拶した。
「おおかた、彼のお医者さまってところかしら? あるいは治療の練習台か……」
おおむね当たっている。勘がいいなこのひと。
マールシュはハイロへと視線をうつし、微笑みかける。
「あら? あなたはたしか……ごきげんよう」
「は、はじめまして。こちらお茶です」
「ありがとう。あぁ、みなさん肩の力を抜いてくださいな。仕事できたわけじゃないわぁ」
俺はちらと横に目をくばる。氷の魔女は、フォッシャを抱えて部屋の隅にいる。特に表情に動揺などの類は見られず、淡々とした様子で俺とマールシュのことを交互に見ていた。
マールシュが目を細めて、氷の魔女に歩み寄っていく。顎に手をあて、氷の魔女の白く透き通った肌をじっと見つめる。
「見慣れない子ね……」
マールシュは踵を返し、氷の魔女からは離れていった。
よかった……ばれなかったみたいだ。俺はほっと胸をなでおろす。
「何の用なんだ?」
「そうね……あなたたちのことを聞きに来たのよ。ミスタースオウザカ、そしてミスフォッシャ……」
「フォッシャたちのことを? もしかして取材ワヌか!? 新聞かなにかにのるワヌか? やっぱりフォッシャはスターの素質あると思ってたんだワヌよねぇ~」
この異常な状況で、なぜこいつはこんなにハイテンションなんだ?
「別になにもしてないだろ俺ら」
と、俺は冷静にさとす。
「あなたたちの目的を聞きたいの。どうして冒険士をやっているのか、なぜこの町にいるのか……とかね。座っても?」
ハイロに許可をとってから、マールシュは空いていた席に腰をおろす。
俺はマールシュの向かいの席に座って、フォッシャが余計なことを言う前に言葉をえらんでから話をした。
「別に大した理由はないよ。フォッシャは、あるカードを探してるらしい。俺はただ生活のために冒険士になったんだ。カードの大会に出てるのも賞金のため。俺はフォッシャのカード探しを、フォッシャは俺のカネ稼ぎを、協力して手伝いあってる」
ローグはしずかにうなずき、
「ミス・フォッシャの探している、カードとは?」
当然そこは聞かれるだろうと思っていた。マールシュはフォッシャのほうに目をやっていたがここは俺が答えた。
「だれにでも探してるカードの1枚や2枚ある、だろ」
いかん。自分でもなにを言ってるんだか、よくわからない。
「そう警戒しなくてもいいのに」
マールシュはそう言うが、そりゃ無理って話だ。
こいつ保安庁だと名乗っていた。つまり取り締まる立場の人間だ。それにわざわざ火種になりそうなことを相談できるほど、信用も出来ない。
それにミスという呼び方も気になる。なぜ、フォッシャが女性だと知っているんだ? 俺の知らないところでフォッシャと関わりがあったのだろうか。
「えっと……ローグさん」
「なにかしら」
ハイロがローグに、控えめな調子で話しかけた。ハイロも内心氷の魔女のことがあって動揺しているはずだが、あまりの異常事態に理解がおいついていないのか、落ち着いているようにも見える。
「ローグさんとスオウザカさんとは、どういう関係が……?」
な、なんだその質問は。どういう意味なんだ?
一瞬そう思ったが、よく考えると遠まわしになぜマールシュがここに来たのかも聞いているいい質問だ。かつ、なぜ俺とフォッシャにやたらとつっかかってくるのかも聞けるかもしれない。
いいぞハイロ。さすがに冷静だな。
マールシュはその質問は想定していなかったのか、すこしおどろいた様子で、
「どういう関係、か。彼のことが気にならない……といえばウソになるわぁ」
「え!? そ、それはどういう……」
前のめりになるハイロを落ち着かせるように、マールシュはクスッと口元に手を当て微笑した。
「いえ、あなたは彼になにか惹かれるところがあるみたいだけど、私はそういうわけではないから安心しなさいな」
「ひ、惹かれるところ……。……えっ!? えッ!? うっ!?」
ハイロはそう言われると、ひどく取り乱した様子で俺から顔を逸らし背を向けてしまった。
そういえばハイロが前に、俺のカードの才能を評価している、というようなことを言っていたような気がする。そのことをマールシュは見抜いていて、からかっているのだろうか。
異性とはいえカード友達なんだし、あそこまで照れることないと思うけどな。
ハイロがどんな表情をしているのか気になるらしく、氷の魔女とラトリーがハイロの前に回り込んでいく。ハイロは顔を手で覆いながら追いかけてくる二人から顔を背けつづけている。
よほどマールシュのジョークが効いたのだろうか。マールシュも、緊張感を解くためにあえて含みを持たせた言い方をしたのかもしれない。
なんだかすこし緊張の糸がほぐれてしまった。よく考えれば俺たちも慌てていただけで、そこまでマールシュのことを警戒する必要もなかったのかもな。
ふとフォッシャのほうに目をやると、あいかわらずのほほんとしていて、まるで危機感がなさそうだ。
「なんだかカード研究会もにぎやかになって、いい感じワヌねえ」
今そんなこと言ってる場合か!?
「友達がふえたみたいで、フォッシャ嬉しいワヌ」
そう言って、本当に嬉しそうに笑うフォッシャ。
それを見て、俺もなんだか心にくるものがある。
ともだち、か。
照れくさくてハイロのほうを見ると、いつの間にかこっちを見ていて、目が合って思わずふっと笑いあってしまった。
「たしか3回戦で、ハイロとあんたは当たるんだったよな」
「そうね……精霊杯。ミスハイロとの試合は、久々に楽しめそうだわ」
マールシュはそう言いながらなにか作法的な意味があるのかコップを取っ手ごと逆側に回す。
すっと立ち上がって、
「でもそれよりも気になるのは……」
フフ、とマールシュは笑って息を吐く。
「日のもとに似つかわしくない、血と闇の気配……」
わざとらしく、俺の横を通りながらささやくように言う。
「あなたのこともそこでもっとわかるのかもしれないわね。ミスタースオウザカ」
コンコン、という乾いた音。
来訪者だ。たまたま扉から近い席にいた俺は、思考停止したまま、あわててドア穴をのぞきこむ。
「保安庁監察の者よ。スオウザカエイト。聞きたいことがあるから出てきなさい」
壮麗な衣装、美しい髪、黒の日傘がよく似合う佇まい。
彼女はローグ・マールシュ。なにかとつっかかってくる、あの女だった。
俺は「うわっ」と思わず声を出してしまった。
マールシュじゃねえか……。なんでこんなときに!?
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ドアの前で硬直している俺に、ハイロは心配して声をかけてくれた。
「あ、ああ。何の用なんだろう……?」
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なぜ入りたがる!? そんでずいぶんえらそうだな!?
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「安心なさい。仕事で来ているわけじゃないわぁ。ただお話してみたくてね」
どうにかしてこの場をやり過ごそうとしたけど、だめそうだ。
マールシュの目は俺から洩れ出るわずかな動揺を捉えているのか、少しずつ接近してきている。嫌と言っても入ってきそうだ。
「エイトさん……ローグさんとはどういう関係なんですか?」
ドアを挟んで背後から、ハイロの不安そうな声がきこえてきた。
俺が知るかよ! そんなこと!
「ああーもう!」
もうどうにでもなれ、と半ばヤケ気味に俺はドアノブを回した。
「どうぞ!」
部屋に入るときに、失礼、と一言おきつつ一礼するマールシュ。この礼儀正しさと落ち着いた佇まいが、今は恐ろしくさえ感じる。
「なんだか……ずいぶん涼しいわね」
「ひ、日当たりが悪いのかな」
涼しいどころかこの部屋だけまるで冬だ。ごまかしようがないが、とりあえずちょうど陽が窓からさしていたので、急ぎつつもさりげなくカーテンを閉める。
「あら、町長さんところの……ラトリーちゃんじゃない。どうしてこんなところに?」
「あ……こんにちは」
マールシュとラトリーは顔見知りだったようで、ラトリーは頭を下げて挨拶した。
「おおかた、彼のお医者さまってところかしら? あるいは治療の練習台か……」
おおむね当たっている。勘がいいなこのひと。
マールシュはハイロへと視線をうつし、微笑みかける。
「あら? あなたはたしか……ごきげんよう」
「は、はじめまして。こちらお茶です」
「ありがとう。あぁ、みなさん肩の力を抜いてくださいな。仕事できたわけじゃないわぁ」
俺はちらと横に目をくばる。氷の魔女は、フォッシャを抱えて部屋の隅にいる。特に表情に動揺などの類は見られず、淡々とした様子で俺とマールシュのことを交互に見ていた。
マールシュが目を細めて、氷の魔女に歩み寄っていく。顎に手をあて、氷の魔女の白く透き通った肌をじっと見つめる。
「見慣れない子ね……」
マールシュは踵を返し、氷の魔女からは離れていった。
よかった……ばれなかったみたいだ。俺はほっと胸をなでおろす。
「何の用なんだ?」
「そうね……あなたたちのことを聞きに来たのよ。ミスタースオウザカ、そしてミスフォッシャ……」
「フォッシャたちのことを? もしかして取材ワヌか!? 新聞かなにかにのるワヌか? やっぱりフォッシャはスターの素質あると思ってたんだワヌよねぇ~」
この異常な状況で、なぜこいつはこんなにハイテンションなんだ?
「別になにもしてないだろ俺ら」
と、俺は冷静にさとす。
「あなたたちの目的を聞きたいの。どうして冒険士をやっているのか、なぜこの町にいるのか……とかね。座っても?」
ハイロに許可をとってから、マールシュは空いていた席に腰をおろす。
俺はマールシュの向かいの席に座って、フォッシャが余計なことを言う前に言葉をえらんでから話をした。
「別に大した理由はないよ。フォッシャは、あるカードを探してるらしい。俺はただ生活のために冒険士になったんだ。カードの大会に出てるのも賞金のため。俺はフォッシャのカード探しを、フォッシャは俺のカネ稼ぎを、協力して手伝いあってる」
ローグはしずかにうなずき、
「ミス・フォッシャの探している、カードとは?」
当然そこは聞かれるだろうと思っていた。マールシュはフォッシャのほうに目をやっていたがここは俺が答えた。
「だれにでも探してるカードの1枚や2枚ある、だろ」
いかん。自分でもなにを言ってるんだか、よくわからない。
「そう警戒しなくてもいいのに」
マールシュはそう言うが、そりゃ無理って話だ。
こいつ保安庁だと名乗っていた。つまり取り締まる立場の人間だ。それにわざわざ火種になりそうなことを相談できるほど、信用も出来ない。
それにミスという呼び方も気になる。なぜ、フォッシャが女性だと知っているんだ? 俺の知らないところでフォッシャと関わりがあったのだろうか。
「えっと……ローグさん」
「なにかしら」
ハイロがローグに、控えめな調子で話しかけた。ハイロも内心氷の魔女のことがあって動揺しているはずだが、あまりの異常事態に理解がおいついていないのか、落ち着いているようにも見える。
「ローグさんとスオウザカさんとは、どういう関係が……?」
な、なんだその質問は。どういう意味なんだ?
一瞬そう思ったが、よく考えると遠まわしになぜマールシュがここに来たのかも聞いているいい質問だ。かつ、なぜ俺とフォッシャにやたらとつっかかってくるのかも聞けるかもしれない。
いいぞハイロ。さすがに冷静だな。
マールシュはその質問は想定していなかったのか、すこしおどろいた様子で、
「どういう関係、か。彼のことが気にならない……といえばウソになるわぁ」
「え!? そ、それはどういう……」
前のめりになるハイロを落ち着かせるように、マールシュはクスッと口元に手を当て微笑した。
「いえ、あなたは彼になにか惹かれるところがあるみたいだけど、私はそういうわけではないから安心しなさいな」
「ひ、惹かれるところ……。……えっ!? えッ!? うっ!?」
ハイロはそう言われると、ひどく取り乱した様子で俺から顔を逸らし背を向けてしまった。
そういえばハイロが前に、俺のカードの才能を評価している、というようなことを言っていたような気がする。そのことをマールシュは見抜いていて、からかっているのだろうか。
異性とはいえカード友達なんだし、あそこまで照れることないと思うけどな。
ハイロがどんな表情をしているのか気になるらしく、氷の魔女とラトリーがハイロの前に回り込んでいく。ハイロは顔を手で覆いながら追いかけてくる二人から顔を背けつづけている。
よほどマールシュのジョークが効いたのだろうか。マールシュも、緊張感を解くためにあえて含みを持たせた言い方をしたのかもしれない。
なんだかすこし緊張の糸がほぐれてしまった。よく考えれば俺たちも慌てていただけで、そこまでマールシュのことを警戒する必要もなかったのかもな。
ふとフォッシャのほうに目をやると、あいかわらずのほほんとしていて、まるで危機感がなさそうだ。
「なんだかカード研究会もにぎやかになって、いい感じワヌねえ」
今そんなこと言ってる場合か!?
「友達がふえたみたいで、フォッシャ嬉しいワヌ」
そう言って、本当に嬉しそうに笑うフォッシャ。
それを見て、俺もなんだか心にくるものがある。
ともだち、か。
照れくさくてハイロのほうを見ると、いつの間にかこっちを見ていて、目が合って思わずふっと笑いあってしまった。
「たしか3回戦で、ハイロとあんたは当たるんだったよな」
「そうね……精霊杯。ミスハイロとの試合は、久々に楽しめそうだわ」
マールシュはそう言いながらなにか作法的な意味があるのかコップを取っ手ごと逆側に回す。
すっと立ち上がって、
「でもそれよりも気になるのは……」
フフ、とマールシュは笑って息を吐く。
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