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王総御前試合編
27
しおりを挟むしばらく歩いていると、奇妙な洞窟のような通路にでた。
天井や壁に抽象的な絵や文字がたくさん描かれている。いわゆる壁画、というものなのだろうか。プラネタリウムのように、どこを見回してもあちこちになんらかの塗料でつくられた絵がある。まじまじと見ていると、巫女がおしえてくれた。
「これらは、古代のカードの記録のようなものですね。今はカードというのは破れてもまたどこかで復活するとわかっていますが、むかしは一度壊れると元にはもどらないと信じられていたので」
またどこかで復活する、か。ゼルクフギアの封印と引き換えに消滅した『宿命の魔審官』。あの秀でたカードも、いずれまたよみがえるのだろうか。
「かつてはここに記されているような古代カードは誰でも使えたようです。便利な反面悪用もしやすく、オドの怒りを買い制限がきびしくなってしまいましたが……」
オド、か。
魔法の源、魔力のようなものだと思っていたが、どうやらはるかに巨大な存在らしいな。だがそうらしい、ということしか俺にはわからない。
「カードに描かれた存在たちがなんなのか、ご存知ですか?」
唐突にきかれたが、そんなこと当然俺にわかるわけがない。
「いえ……」
「トリックカードは、古代に実在した現象が元になっているようです。また一部ですが、ウォリアーカードも実在した人物や民間伝承がモデルになった……という一説があります」
「カードに描かれているものは、昔ほんとうにあった……ということですか?」
「全てのカードがそうではないようですが……なかには確定しているものもあります。……オドの法則は知っていますか? 世界を滅ぼしかねない力を持つ文明は、オドによって封印される。カードとは、単なる競技ではありません。古代へと思いをめぐらせることが目的で、人や生物がふたたび過ちを犯さないようにとオドが与えてくださった魔法なのです。ヴァーサスとは、オドに捧げる儀式でもあるということ」
彼女の言葉に、感じ入るものはある。なるほど、この世界ではカードゲームは格式高いものらしい。
やがて怪しげな暗い部屋に着いた。護衛二人によって俺のカードをすべて没収され、さらに腕になんの効果があるのかわからない魔法までかけられて、巫女と部屋にふたりきりにされた。
いったい俺をつれてきてなにをするつもりなのだろう。
「ゼルクフギアを封じた英雄にお目にかかれて光栄です。ところで、あのフォッシャ、という方はご友人様でしょうか?」と巫女がきいてきた。
俺がうなずくと、「ローグと彼女が、あなたからなにかご相談があると聞きました。個人的には、あの方のオドも気になるのですが……わたくし、ここでのお話は決して他言はいたしません。思うまま存分にお話ください」
「フォッシャが……?」
俺が言いだしたわけではない。どういうことだろう。そういえば最近ひとりでうろついてばかりいる俺をフォッシャが心配してくれたことがあった。
俺が異世界からきたことは、フォッシャにも言っていない。この巫女という人になら、話してみる意味はあるかもしれない。
指示に従って、祭壇(さいだん)のようなところに腰かける。
俺は自分のことを彼女に話しはじめた。
おそらく違う世界から災厄カードのせいで飛ばされてきたこと、そしてそれから今までの簡単な顛末(てんまつ)を。
巫女は深くうなずくと、なにか魔法の粉のようなものを手につけて、俺の額に塗った。
そして、手のひらをこちらに向けてなにか念じるようにすると、宙にカードのような発光物体があらわれた。
「嘘はついていないようですね。これはあなたを暗示する占いのようなものです。愚者のカード」と、巫女は言う。
「愚者って愚か者って意味じゃないんですか?」
「そうですけれど……まだ誰もやったことがないことを、成し遂げる者、という意味もあります」
占いといえば前にハイロがやってくれたことがあった。それの更にレベルの高いヴァージョンか。
「わたくし、祈っていたんです。世界を救うカードの勇者があらわれますようにと、精霊琉(せいれいりゅう)に」
巫女はふっと微笑んで、優しげな目をむけてくる。
「果たして本当に、災厄カードが起こした運命のいたずらなのでしょうか。オドは、カード使いとしての力を見込んで、あなたを呼んだのでは。この世界を守ってもらおうと……私にはそんな気がします」
そう言われて、俺はすこし考え込んでしまった。
思い当たる節はある。
最初にこの世界に飛ばされたとき、妙な連中のいる場所にでた。そして誰かに操られてるみたいに無心になって、俺はそいつらの儀式を止めようとした。どうして自分がああしたのかわからないが、今考えるとなにか気になる。
オドがどれほどの力を持っているかわからないが、とにかく強大であることはたしかだ。そうなると巫女のいうことは一理なくはない。しかし、
「……そんなこと言われても……自分には荷が重いです」
「エイト様の故郷への帰り方や、原因など詳細はむろん私ではわかりませんが……もし真実が知りたいのなら」
「……どうすれば?」
「エイト様の好きなようにしていればいいんですよ」
「……え?」
「エイトさんがカードに心惹かれるのであれば、カードの道が答えを教えてくれるのやもしれません」
カードが導いてくれるかもしれない、というわけか。
「もし本当に精霊琉がエイト様を呼んだのなら、今も精霊琉がエイト様を加護しているはずです。こうして巫女であるわたくしとあなたが会ったことも、偶然ではないのでしょう。その肩のカード、よく見せていただけますか?」
服の上からでも、巫女には例のカードのことがわかっていたようだ。この人の前では、隠し事はできないらしいな。
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ハイロたちが来るよりも先に塔を出て、あの幻想的な森林地帯の木にもたれて座る。なにをするでもなくただ時々カードを眺めたりしていると、ようやくフォッシャが来た。
「エイト、どうだったワヌ? 自分のこと、話してきたんワヌよね」
「うーん……。話したには話したけど……あ、なんかお土産もらったぞ」
フォッシャに巫女からもらった鉢植えを見せる。
「おお!? これは一体……それで巫女は、なんて言ってたの?」
「カードの導きがどうたらだってさ。きっとオドに選ばれたんだって」
「ふーん……納得いってないみたいワヌね」
「そりゃ、好きにカードをやってればいいなんて言われたらな」
「まあ巫女様がそういうんだから、そうしてればいいワヌよ。バチはあたらんワヌ」
「……ま、色々得るものはあったよ。心配してくれてありがとな、フォッシャ。でもえらい人に会わせるなら一言くらいくれよな」
「ごめんごめん……あんまり考え詰めないでね、エイト」
申し訳なそうに笑うフォッシャの頭を、俺は強めに撫でる。そういやこうしてフォッシャを撫でたのもひさしぶりだな。さいきん自分を追い詰めすぎだったのかもしれない。
カードの道が答えを教えてくれるかもしれない、か。【探索】のカードがあれば、いずれは俺を飛ばした災厄のカードを見つけることもできるのだろうか。あるいは、真実にたどりつくようなカードもあるのかもしれない。
しかし巫女の言う、世界をなにかの危機から守るなんて大層な役目は、俺なんかに務まるとはおもえない。
いかん、とすぐに思い直る。フォッシャに心配してもらったばかりなのに、またすぐに悩んでしまった。よくないな。
自分の好きにカードの道を、と言われても、これはなかなかむずかしそうだな。
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