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王総御前試合編
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しおりを挟むもう日が沈んでしまった。あたりは暗く、夜空には星さえちらほらと見える。俺は宿の屋上にでて、ベンチにすわってただ考え事にふけっていた。
あしたは試合だというのに気分は晴れない。でもそれもこんな状況では当然か。
巫女の言うとおりカードでこの世界を守るために俺が呼ばれたのだとして
俺なんかが本当になにかを守れるんだろうか。
大切な仲間やカードたちを守りたい。でも俺にそんな強さはない。
「勝負が見えた? あんたに見えてるのはだれかが決めたカードの値段だけだろ。本当のカードの価値は……自分で決めるものだ」
「お言いになさりますわね。そこまでおっしゃるのならぜひみせてほしいものですわね……<逆に>。それらでどこまでやれるのかを。大事な試合に、勝つことができるのどうかを……。そうあなたの腕に、少なからず期待させていただきますわ」
自分でいった言葉と、ノコウの言葉が頭のなかによみがえる。
あんなことを言ったが、いざ苦境が待っていると思うと、自分のなかに自信はなく不安と恐怖だけがある。
「カードの腕、か……」
気がつくと、ふところからゼルクフギアのカードをとりだしていた。
それを、じっと見つめる。
こんなのは使うわけにはいかない。わかっている。しかし負けられない。迷っているから無意識に手がうごく。
非常時にこのカードを使うか否(いな)か。そして後にバレて反則負けをくらってでも、編成に隠しいれておくか否かを。
本当に最後の手段だ。使えばどうなるかはわからない。またこちらに牙をむいてくるかもしれない。それでも。
いちど、深呼吸をする。
「ラジトバウムのほうがよく見えたな」
だれかの足音がして、俺はそうしゃべりかけた。ゼルクフギアのカードをしまう。
「ちょっとは追いかけてくれてもいいのにさ」
フォッシャの声がきこえてくる。彼女だったらいいなとちょうど思っていた。
「絶対もどってくるって信じてた」
フォッシャはこんなところで投げ出すようなやつじゃない。俺はそれをよく知ってる。
彼女はどこかまだ気まずそうにしていた。やがて俺のとなりに座った。夜のため、女の子の姿をしていた。
「私も……私もエイトのこと、しんじてるから」
そう彼女が言うのをきいて、おもわず視界が揺れ動いた。
「しんじる? 俺の……なにを? もう審官のカードもない……」
「たしかにあんなすごいカードはなかなかないけど……。だからさっき、ゼルクフギアを……? あのカードは……あぶなすぎるよ」
「わかってる。でも……もしものことを考えたら……怖いんだ」
呪いのカードを引き寄せるカード。本当にそれが出てきたらどうなってしまうのか想像もつかない。
正直な気持ちがそれだった。ゼルクフギアのときは審官とフォッシャの力があればなんとかできるんじゃないかと思った。だが今回は? 前よりも危険なことになるかもしれないのに、俺に、俺のなかに、自信をもてる切り札はなかった。
だがこんなときでもフォッシャは明るく前向きだった。彼女はたちあがって、空をゆびさす。
「だいじょうぶ! どんなカードにも意味はある。あの空のお星様だって、見えなくてもちゃんとあるよ」
「どんなカードにも……ね」
「フォッシャたちにも、きっとできる。ワヌ」
王都の町を背景に、彼女は強気にふっと笑う。
「エイト、言ってたよ。カードを信じてやれば、魂が宿るって」
冗談でそんなことを言ったこともあったか。あるいは願望だろう。今の俺には、それがうまく飲み込めなかった。まるでフォッシャっていう光が届かないところまで深く沈んでしまったように暗い気分だった。
昔の記憶と感情がそうさせる。
「そんなの……きれいごとだよ」
冷たい言葉がでてくるのと同時に、自分の心も冷え切っていくようだった。
「強いやつが勝つ。強いカードを持ってるやつが勝つ。カードゲームなんてしょせんそんなもんさ」
「でもエイトの腕があれば……」
「俺の腕なんて……ただのゴミだ……ッ!」
荒げた声は、あたりに響いた。静寂がもどってきても、こころのなかはざわついたままだった。
俺のなかにはカードへの複雑な思いがある。この世界にくるまえからずっとだ。
相棒って言ってもよくわからないけれど、フォッシャにはなんでも話したい。そういう風に思う。いや、聞いてほしいのかもしれない。あるいは、彼女には話すべきだとも思った。
カードを5枚ほど手に持った。まるでカードゲームの手札のように。テネレモ、クロスカウンター、氷の魔女、セルジャック、逆襲。どれもこの最悪の世界にきてからずっと俺を支えてきてくれたカードだ。
「俺はずっと昔からカードゲーマーだったんだ。ヴァーサスとはちがう種類の、だけどな……」
―――――
世界ランク5位、無敗の新星。
カードゲーマーの頂点をめざす。それがむかしの俺だった。
マイナーなカード使って天才気取ってるとか言われて、マイナー厨ってあだ名で人気はなかったんだけどな
だけどそんな俺にもファンでいてくれる子がいた…
「俺にも怖いことはあるよ。今度の勝負だって、勝てるかわからないから怖い」
その男の子は病気をわずらっていて、俺は手紙をもらって勇気付けるために会いにいった。
彼は治療のための手術をこわがっていてどうしても一歩がふみだせないでいるらしかった。
エイト選手にも怖いものはあるかときかれて、俺はそういう風にこたえた。
「じゃあ……僕もがんばってみる。こわいけど……手術、うけてみる。それでがんばって、元気になれるように……。エイト選手、こんど大事な試合があるんだよね!? 僕も……僕もがんばるよ。エイト選手が試合してるあいだ……だから、エイト選手もがんばって」
俺はそれまで、好きだからカードをやってきただけだった。でも自分がそういう風にみられているとおもうと、やらなきゃいけないなと初めて思った。
「ああ。ぜったいに勝つ。だから手術をうけて」
俺はその子と指切りをして、おたがいがんばろうと励ましあった。
「カードは俺を育ててくれたよ」
「カードから大切なことをたくさん学んだ。対戦相手をうやまう気持ちやマナー。努力がむくわれたときの嬉しさ。あきらめない心、考えて答えを出すゲーム……
どうしようもないやつだった俺にとって、カードは友達とあそべるチャンスでもあった。
だけどいつの間にか、みんなカードを卒業していって……
俺だけアホみたいに夢中でカードを続けて、気づいたら世界大会で優勝を狙えると言われるくらいになっていた。
AIって言って、最高レベルの人工知能と戦う機会があった。世界王者が病気をして、俺が代役に選ばれたんだ」
1勝1敗で望んだ3番勝負のラスト。
俺はこの試合に並々ならない気持ちが入っていた。
ほんらい世界王者が戦うはずだったこの組み合わせ。世界的に注目度が高い、そのこともある。そして自分を応援してくれる少年との約束もある。なにより、カードに人生をかけてきた自分が、機械あいてに負けるわけにはいかない、兄貴の代わりにいる自分が負けるわけにはいかない、そう思った。
展開はくるしかった。相手は選択肢を間違わない。こちらの手は見透かされているように、すべての狙いがことごとく防がれ、逆にこちらにとってイヤなところを攻められつづける。
それでもなんとか俺は希(のぞ)みをすててはいなかった。
あのカードがくれば勝てる。
そう確信していた。
のちに何度もこの試合のことは思い出した。どうすればよかったのだろうかと。あるいはなにがわるかったのか。少年の期待にこたえたいと張り切りすぎて、固くなった? デッキの構成がわるかった?
いろいろ考えた。だが今になって思う、実力がたりなかったのだと。
『暁の冒険者』を待った。俺の切り札を。
それをドローできれば、というところだった。
だが……
カードは……こなかった。
「昔、俺は……あこがれてた兄貴を、自分のせいでなくした。兄貴みたいになろうとおもって、でもなれなかった。兄貴みたいにだれにも負けないことだけが、俺の生きる資格、カードをやる資格だった」
拳をにぎりしめ、
「俺は……まけたんだ……ほ、本気で……カードの力をし、信じていたのに……!」
涙がぽろぽろと流れた。
「カードへの感情なんてもってない機械に……!」
「カードは……俺にいろんなことを教えてくれた。
魔法の力とまではいかなくても、生きる勇気をくれる不思議な力があった。
心のある友達みたいに思ってた。
だけど気づいたんだ……カードなんてただの紙切れだって
俺の信じてたチカラなんて……ただのゴミだったって!」
涙のおちたカードを、俺は乱暴に投げ捨てようとした。
だができなかった。よわよわしく、手札を座っていたベンチの端(はじ)においた。
「その男の子は……どうなったの」
「……手術は……成功したらしい。でも俺は……かっこわるくて、会いにいけなかった……」
自分がなさけなくて、とてもじゃないが面(つら)をみせることなんてできなかった。
「笑えるだろ?」
そんな笑えるバカな男のストーリーだ。だけどそんな単純な話でも、俺はカードを引退した。
その俺がこんな世界にきてカードをやってるんだから、皮肉な話だよな。
「エイトのいうとおり、カードには不思議な力があるって、私もそう思う。
ゴミなんかじゃないよ。私たちをつないでくれた、大切な宝物だもん。
エイトの力なら、みんなの笑顔を守れるよ」
無理だ。とても、ムリだ。そんなのは。
「エイトは自分がかっこ悪いって思ったのかもしれないけど……私は、かっこいいと思う
エイトは怖かったんだね。だけどちゃんと向かっていった。
勝ち負けも大切なのかもしれないけど……あきらめないで、どんなむずかしい状況でも挑んだエイトは、すごくかっこいいよ
きっとその子は今でもエイトのことをヒーローだと思ってるはずワヌ。それにお兄ちゃんだって、誇りにおもってる」
「……こんなださいヒーロー……いるか……?」
かわいた笑いがでてくる。
「逆に考えるんだよ、エイト」
「ぎゃくに……?」
「ほんとのカードゲーマーになるチャンスは……いまワヌ!」
彼女はたしかにそう言った。俺の放り出したカードをひとつひとつ拾って、くるりとこちらを向く。
テネレモのカードを、俺にむかってさしだした。
「フォッシャとエイトで……カードを引こう。みんなの笑顔を守るためのカードを」
カードを……
フォッシャ……ありがとう。
俺は目元をそででぬぐう。彼女の伸ばした手、そこにあるカードのもう一方を手に取ってみる。
カードゲームは楽じゃない。カードはけっして軽くなんかない。だけどフォッシャがいれば、すこしは軽くなるかもしれない。そして、自分の信じたカードたちといっしょなら、きっとなおさらだ。
もう一度やろう。もう一度やるんだ。このカードの世界って逆境だからこそ、本当のカードゲーマーになれるチャンスがある。
「まったく……。めんどーな相棒をもったもんだな」
俺の言葉に、「こっちが言いたいよー」と笑うフォッシャ。それもそうか。
あの強力だった審官のカードはもう無い。だけどやらないとな。
どんなカードにも意味はある。俺がそれを本当にできるかどうかで、運命は変わるんだ。
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