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14 仲間の死
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9
金曜の昼から約三日間の特訓を、ついに俺たちは終えた。
本当にずっとトレーニングしていた記憶しかないが、チェロの人柄にも触れることができた。厳しさのなかに俺たちを想うやさしさがある。
別れ際、全員で頭を下げてお礼を言った。
「指導いただいて、それになにからなにまでお世話になり、本当にありがとうございました。いつか必ずお礼をします」
俺が言うと、チェロはふっと笑って首を横に振った。
「そこまで感謝されるようなことでもないわ。あなたたちのやる気を買っただけ」
意外な言葉のあと、チェロは続ける。
「私は前に軍にいたの。だけどダンジョン下層でケガを負って、退役(たいえき)した。私に代わってと、年老いた父がどこかのダンジョン攻略に向かったわ。無謀(むぼう)にもね。でもアルスがいれば、そしてあなたたちがいれば厄災は早く終わる。……でしょ?」
チェロの眼差しが、期待の色をふくんでいるのを感じた。
ここまでやってもらったんだ。成果を出さなきゃな。そんな気になる。
「油断が命取りになるわよ。気を抜かないでね」
彼女はそう伝えてくれ、そして俺たちは攻略を決行する明日に向けてダンジョンから帰った。ヨサラとノパはナズウェンの宿に泊まっていくという。
俺たちは歌川町へともどり、そして次の日がやってきた。
学校へと向かう朝、普段通りにしているつもりでも緊張感が消えない。ノパがいないせいで静かなこともあり、ついいろいろ考えてしまう。実戦でどれだけやれるのだろうか。前回の二の舞にならないだろうか。ダンジョンのコアはどれだけ遠いところにあるのだろうか、と。
「おっはよー!」
校門のちかくに来るなり、いきなり元気よく後ろから萌音の声がする。綿乃も一緒にいた。
「がんばってこうね!」
明るい笑顔で萌音が俺の背中を押してくる。
「すごいやる気だな……」
「そりゃそうだよ! 世界を救うんだもん!」
こんなときでも笑っていられる萌音の強さに、俺は素直に感服する。
「怖くないのか?」と、二人に聞いた。
「うーん……そりゃ、ね」
綿乃の反応は予想通りだった。しかし萌音は、
「怖いけど、アルスさまが守ってくれるもん」
顔を近づかせて、にっと笑って言う。
「お願いね?」
「……できるだけ」
あまり自信はないが、二人まで弱気になられては困るのでとりあえずそう言っておいた、という感じだ。
校舎の玄関前で、萌音に話しかけてくる女生徒がいた。
「萌音、やっぱ来ないん? うちら公園で練習してくけど」
「うん、ごめんね。どうしても外せない用事があるんだ」
そうして別れ、それぞれ教室に向かう。
「大丈夫なのか?」と俺はきいた。
「うん、ダンスの大会、来週なんだ。だけど、こっちも大切だもんね。私たちがなんとかしないと」
萌音は拳をつくって、気合の入った様子で言う。
「二人とも見に来てね! そうだ、ヨサラちゃんとチェロさんも連れてきてみようか」
「……うーん。二人には文化的によくわからないかもしれないぞ」
「あーそっかー! いきなり連れてきても混乱させちゃうか」
萌音が笑う。底抜けに明るいというかなんというか、友達にしたわれているのもうなずけるな。
そうして俺たちは準備を済ませ、ナズウェンのダンジョンに入った。
中でノパたちと合流し、いよいよ最深部を目指して進む。
俺の心配はある程度は杞憂(きゆう)だった。
自分自身も、そして俺以外の3人は特にチェロのおかげであきらかに実戦に強くなっていた。
自分たちでもわかるほどに探索が順調にいっている。最深部までそうかからないのではないか、とノパがお墨(すみ)付きしてくれるほどだった。
俺がブラムの群れの最後の一体を斬り捨てたところで、綿乃が声をあげる。
「すごいよ! やっぱり強くなってる、みんな」
「ほんと、魔女って感じ」
綿乃と萌音の言う通り安定感は以前とは大きく変わっている。一人一人が強くなっているため余裕の生まれ方が違う。
「でも……進めば進むほど、敵も強くなってるような……」
ヨサラがつぶやく。それは俺も感じていたことだ。
「中級以上のブラムが増えているね。でも、それだけコアが近いってことだよ」
ノパが言う。励まそうとしてくれているようだった。
先に進むと、通路の先から人の足音がした。身構えていると、はっと息を呑む。重傷を負った血だらけのハンターと兵士たちが我先にと退却していくのである。
「おいあんたら、このルートはやめとけ! 敵が強すぎる……!」
恐怖に満ちた表情でその一人が言う。この先になにがあるのだろうか。
彼らがいなくなったあと、先には不気味に赤い洞窟のなか暗闇がひろがっている。
どうするか、という空気になり俺たちは互いに顔を見合わせる。
「なんだか……怖いよ」
綿乃が身体を縮こませて言った。
かなり進んだため収穫がなかったわけではない。だが俺としてはここまできたら、もっと行けるだろうと思っているのも事実だった。
「どうするか……」
「大丈夫だよ! 私たち、すっごい強くなってるし! それに敵が強くなってるなら、きっとコアまでもうすこしだよ」
決めかねていたが萌音の一言が決め手になり、俺たちは了承して先へ進んだ。
ついた先は、広大な部屋だった。ほのぐらいせいで遠近感覚は定かではない亜が、高校の校庭より広いかもしれない。いくつもの柱が並んでおり、それらは鎖でつながっている。
俺たちを迎え入れるようにその柱に灯火が点く。すると部屋の奥に、巨大なブラムが姿をあらわした。牛の頭をつけた黒い物体が宙に浮かんでおり、身体は機械とムカデのようなものが混ざり合わさったようなグロテスクな外見をしている。一目で同じような姿の多い中級ではないそれ以上の格だとわかった。
有無を言わさず戦闘になる。上級ブラムは鉄槌(てっつい)を振り回し、柱や壁を粉砕していく。俺の避けた地面のところがえぐれていた。当たれば肉塊に変わり果ててしまいそうだ。
また、敵の身体のムカデの部分がくねる度火を帯びた無数の岩石を雨のように魔法で放ってくる。
味方の動きを確認する。萌音は二刀の投げナイフを逆手に持ち、器用に使っている。綿乃は弓矢を習ったが、まだ頼りない。ヨサラは最年少であるのに安定しており、杖を使った魔法を的確に相手に当てていた。
苦戦しつつも敵の動きが大振りなのと修行の甲斐あって、俺はブラムの背中を駆けあがり、剣で牛の顔を真っ二つに割る。ひるんだところに綿乃の弓矢が偶然ブラムの胸に命中し、貫通した。なかなか当たらないが威力は高いようで胸に風穴があき、ブラムはもがき苦しみ倒れた。そうしてだんだんと消えていく。
「すごいよ! わたちゃん!」
萌音が顔を輝かせて言う。が、そのとき俺の視界には全く別のものがうつっていた。ブラムの牛の身体の部分は消えかけているのに、ムカデのような合体している部分は消えていない……!?
ムカデの頭がブラムから分離して伸び、萌音に牙をむく――彼女は綿乃のほうを見ていて気付いていない。
とっさに巨大ムカデの胴体を切り落としたが、頭の部分だけは止まらずに彼女への殺意を持って向かい続ける。
「萌音!」
俺はこんなに早く動けたのかと自分でもおどろくほどに彼女を助けに動いたが、視線の先では無残な光景が映っている。
彼女にあとすこしで手が届く、そんなところで、俺より早く巨大なムカデの口が彼女の身体を食い破った。ただの一部が、ではない。上半身を牙がつらぬき見たことのない量の血があふれるのを鮮明に見た。
すぐに冷静になろうと切り替え、御神刀でムカデの頭を焼き切り一瞬で消滅させる。
その場にくずれた萌音のそばに駆け寄る。
出血がひどい。体にいくつも穴があき、肩には裂傷も負っている。すでに意識はないようだった。
「ヨサラ、綿乃さん、頼むなんとかしてくれ!」
「やってる、やってるけど……!」
二人がかりで治癒の魔法をほどこすが、それらは空に還(かえ)るだけで彼女の傷が癒えていくような現象は見られない。
「……だめです。萌音さんの魔力が……消えています。魔法をかけても……」
ヨサラが言う。治癒の魔法が万能ではないことはわかっている。だが、彼女はたったさっきまで生きてたはずだ。それが……
「萌音さん、嘘だろ……」
彼女の顔を見ると、眠ったような表情のまま動いていないのがわかる。おそらく呼吸をしていない。
「ソウ、四の五の言ってられない! もうアルスの力を使うしかないよ!」
「あ……ああ」
ノパに言われて俺は平静を取り戻す。まだ混乱していたが、たぶんもうそれしか望みはない。
「ヨサラ……手を貸してくれないか」
ヨサラがうなずく。止血しようと萌音の身体に手をあてていたために血だらけだった俺の手が彼女の小さなそれに重なる。
しかし、何も起きない。
傷がふさがらない。
彼女は目をあけない。
「……そんな。萌音……」
ダンスの大会が楽しみだ、と言っていた彼女の横顔が浮かぶ。
あれだけいつもまわりを明るい気持ちにさせるほどの笑顔を絶やさない彼女が、今はまるで人形のように動かない。その事実に、心の内からあふれてくる戸惑いを隠せない。
「……うそ。嘘だよ。そんな……」
遺体の手をにぎる綿乃が見たことのないような動揺しきった目でつぶやく。
あまりの悲愴(ひそう)的な光景に目をつむった。ものを言うことができない。責任や痛み、悲しみ、無力感、そういうもので押しつぶされそうだった。
「どうして?」
だれかが言って、顔をあげる。
綿乃が目に涙を浮かべながら、責めるように俺を真っすぐに見ていた。
「ソウくん、どうして萌音ちゃんを助けてあげられなかったの!? あ、アルスデュラントなんでしょう……?」
そう言われるのはもっともだった。彼女にはそれを言う権利がある。俺を責めるべきだ。
だが、それでも心に来るものがある。
なにか言おうとしたが、口が開くだけで音が出てこない。
沈黙。広い部屋にそれが流れる。しかし、それもすぐに終わった。
世界がゆがみはじめる。いや、俺の視界のなかがゆがみはじめていた。この洞窟の部屋、萌音の遺体、綿乃の目、自分自身なにもかもがスライムのように形を失っていく。
地震のような轟音が耳元でつんざく。あまりに大きすぎる刺激の負荷に、俺は耳を手で覆う。
「……な」
気づけば、ちがう場所にいた。
というよりも、見たことのある場所だ。
そう、あの部屋に入る前の。進むかどうか迷っていたときだ。
「なんだか……怖いよ」
綿乃が身体を縮こませて言った。
このやりとりも一度やったはずだ。同じことがふたたび起きている。走馬灯ではない。今、俺はあきらかに萌音が死ぬ前とまったく同じ状況にある。
「大丈夫だよ! 私たち、すっごい強くなってるし! それに敵が強くなってるなら、きっとコアまでもうすこしだよ」
萌音が普通に生きている。俺がぼうっと見つめるのに気づくと彼女はきょとんとなり、こちらを見つめ返してくる。
「萌音……いや……ここは……?」
萌音だけではない。全員が俺の様子を不審に思うような目を向けてくる。だが俺のほうが間違っているとは到底思えない。
「今……この先のブラムと戦ってたはずなのに」
困惑する俺に気がつき、ノパが俺の顔をのぞきこみながら真剣な表情できいてくる。
「もしかしてアルス、未幻視(ヴィジョン)が見えたのかい」
「ヴィジョン?」
「一流の魔法使いは集中すると、ある程度未来に起きることが見えたらしいよ」
「……未来。いや、とてもそんな感覚じゃなかった……だって」
ふたたび萌音を見る。彼女は不思議そうにしているが、健在である。頭が混乱する。彼女は死んだのではなかったか。
「アルスなら鮮明に見えすぎることもあるのかもね」
ノパが言う。果たしてそうなんだろうか。まるで確信はもてない。
「すごい! じゃあ絶対次は勝てるよね」
萌音がうれしそうに言う。俺はすぐにそれを止めた。
「ちょっと待ってくれ。一度……退(ひ)こう」
自分の口に手をあてる。こうでもしないと混乱した気分のせいで吐きそうだった。まわりはおどろいていたが、俺は強く言い聞かす。
「……言いづらいが……。今のまま行けばこの先で、おそらくこのなかの誰か一人が死ぬ」
沈黙が流れる。嫌な静けさだ。
「そんなに強いの? ここから先のブラムは」
他でもない萌音がきいてくる。俺は首を振って否定した。
「……倒せないわけじゃない。……俺たちは強くなった。だけどそれでも、これから無傷で勝つのは……無理だ」
つぶやくようにぽつりぽつりとしか声が出せなかった。
最初は彼女たちも戸惑っていたようだが、青ざめている俺の顔を見てまわりも妙に納得してくれたらしく、ここまできたというのにハンターたちと同じくむざむざと退却した。
俺一人だけが安堵の表情で、他の者たちは不完全燃焼というような脱力した色を隠せていない。
それもそのはずだ。俺がもっとしっかりしていれば、たとえどんな相手でもきっと誰も死なずに済むのだから。必要以上に、時間がかかってしまっている。
金曜の昼から約三日間の特訓を、ついに俺たちは終えた。
本当にずっとトレーニングしていた記憶しかないが、チェロの人柄にも触れることができた。厳しさのなかに俺たちを想うやさしさがある。
別れ際、全員で頭を下げてお礼を言った。
「指導いただいて、それになにからなにまでお世話になり、本当にありがとうございました。いつか必ずお礼をします」
俺が言うと、チェロはふっと笑って首を横に振った。
「そこまで感謝されるようなことでもないわ。あなたたちのやる気を買っただけ」
意外な言葉のあと、チェロは続ける。
「私は前に軍にいたの。だけどダンジョン下層でケガを負って、退役(たいえき)した。私に代わってと、年老いた父がどこかのダンジョン攻略に向かったわ。無謀(むぼう)にもね。でもアルスがいれば、そしてあなたたちがいれば厄災は早く終わる。……でしょ?」
チェロの眼差しが、期待の色をふくんでいるのを感じた。
ここまでやってもらったんだ。成果を出さなきゃな。そんな気になる。
「油断が命取りになるわよ。気を抜かないでね」
彼女はそう伝えてくれ、そして俺たちは攻略を決行する明日に向けてダンジョンから帰った。ヨサラとノパはナズウェンの宿に泊まっていくという。
俺たちは歌川町へともどり、そして次の日がやってきた。
学校へと向かう朝、普段通りにしているつもりでも緊張感が消えない。ノパがいないせいで静かなこともあり、ついいろいろ考えてしまう。実戦でどれだけやれるのだろうか。前回の二の舞にならないだろうか。ダンジョンのコアはどれだけ遠いところにあるのだろうか、と。
「おっはよー!」
校門のちかくに来るなり、いきなり元気よく後ろから萌音の声がする。綿乃も一緒にいた。
「がんばってこうね!」
明るい笑顔で萌音が俺の背中を押してくる。
「すごいやる気だな……」
「そりゃそうだよ! 世界を救うんだもん!」
こんなときでも笑っていられる萌音の強さに、俺は素直に感服する。
「怖くないのか?」と、二人に聞いた。
「うーん……そりゃ、ね」
綿乃の反応は予想通りだった。しかし萌音は、
「怖いけど、アルスさまが守ってくれるもん」
顔を近づかせて、にっと笑って言う。
「お願いね?」
「……できるだけ」
あまり自信はないが、二人まで弱気になられては困るのでとりあえずそう言っておいた、という感じだ。
校舎の玄関前で、萌音に話しかけてくる女生徒がいた。
「萌音、やっぱ来ないん? うちら公園で練習してくけど」
「うん、ごめんね。どうしても外せない用事があるんだ」
そうして別れ、それぞれ教室に向かう。
「大丈夫なのか?」と俺はきいた。
「うん、ダンスの大会、来週なんだ。だけど、こっちも大切だもんね。私たちがなんとかしないと」
萌音は拳をつくって、気合の入った様子で言う。
「二人とも見に来てね! そうだ、ヨサラちゃんとチェロさんも連れてきてみようか」
「……うーん。二人には文化的によくわからないかもしれないぞ」
「あーそっかー! いきなり連れてきても混乱させちゃうか」
萌音が笑う。底抜けに明るいというかなんというか、友達にしたわれているのもうなずけるな。
そうして俺たちは準備を済ませ、ナズウェンのダンジョンに入った。
中でノパたちと合流し、いよいよ最深部を目指して進む。
俺の心配はある程度は杞憂(きゆう)だった。
自分自身も、そして俺以外の3人は特にチェロのおかげであきらかに実戦に強くなっていた。
自分たちでもわかるほどに探索が順調にいっている。最深部までそうかからないのではないか、とノパがお墨(すみ)付きしてくれるほどだった。
俺がブラムの群れの最後の一体を斬り捨てたところで、綿乃が声をあげる。
「すごいよ! やっぱり強くなってる、みんな」
「ほんと、魔女って感じ」
綿乃と萌音の言う通り安定感は以前とは大きく変わっている。一人一人が強くなっているため余裕の生まれ方が違う。
「でも……進めば進むほど、敵も強くなってるような……」
ヨサラがつぶやく。それは俺も感じていたことだ。
「中級以上のブラムが増えているね。でも、それだけコアが近いってことだよ」
ノパが言う。励まそうとしてくれているようだった。
先に進むと、通路の先から人の足音がした。身構えていると、はっと息を呑む。重傷を負った血だらけのハンターと兵士たちが我先にと退却していくのである。
「おいあんたら、このルートはやめとけ! 敵が強すぎる……!」
恐怖に満ちた表情でその一人が言う。この先になにがあるのだろうか。
彼らがいなくなったあと、先には不気味に赤い洞窟のなか暗闇がひろがっている。
どうするか、という空気になり俺たちは互いに顔を見合わせる。
「なんだか……怖いよ」
綿乃が身体を縮こませて言った。
かなり進んだため収穫がなかったわけではない。だが俺としてはここまできたら、もっと行けるだろうと思っているのも事実だった。
「どうするか……」
「大丈夫だよ! 私たち、すっごい強くなってるし! それに敵が強くなってるなら、きっとコアまでもうすこしだよ」
決めかねていたが萌音の一言が決め手になり、俺たちは了承して先へ進んだ。
ついた先は、広大な部屋だった。ほのぐらいせいで遠近感覚は定かではない亜が、高校の校庭より広いかもしれない。いくつもの柱が並んでおり、それらは鎖でつながっている。
俺たちを迎え入れるようにその柱に灯火が点く。すると部屋の奥に、巨大なブラムが姿をあらわした。牛の頭をつけた黒い物体が宙に浮かんでおり、身体は機械とムカデのようなものが混ざり合わさったようなグロテスクな外見をしている。一目で同じような姿の多い中級ではないそれ以上の格だとわかった。
有無を言わさず戦闘になる。上級ブラムは鉄槌(てっつい)を振り回し、柱や壁を粉砕していく。俺の避けた地面のところがえぐれていた。当たれば肉塊に変わり果ててしまいそうだ。
また、敵の身体のムカデの部分がくねる度火を帯びた無数の岩石を雨のように魔法で放ってくる。
味方の動きを確認する。萌音は二刀の投げナイフを逆手に持ち、器用に使っている。綿乃は弓矢を習ったが、まだ頼りない。ヨサラは最年少であるのに安定しており、杖を使った魔法を的確に相手に当てていた。
苦戦しつつも敵の動きが大振りなのと修行の甲斐あって、俺はブラムの背中を駆けあがり、剣で牛の顔を真っ二つに割る。ひるんだところに綿乃の弓矢が偶然ブラムの胸に命中し、貫通した。なかなか当たらないが威力は高いようで胸に風穴があき、ブラムはもがき苦しみ倒れた。そうしてだんだんと消えていく。
「すごいよ! わたちゃん!」
萌音が顔を輝かせて言う。が、そのとき俺の視界には全く別のものがうつっていた。ブラムの牛の身体の部分は消えかけているのに、ムカデのような合体している部分は消えていない……!?
ムカデの頭がブラムから分離して伸び、萌音に牙をむく――彼女は綿乃のほうを見ていて気付いていない。
とっさに巨大ムカデの胴体を切り落としたが、頭の部分だけは止まらずに彼女への殺意を持って向かい続ける。
「萌音!」
俺はこんなに早く動けたのかと自分でもおどろくほどに彼女を助けに動いたが、視線の先では無残な光景が映っている。
彼女にあとすこしで手が届く、そんなところで、俺より早く巨大なムカデの口が彼女の身体を食い破った。ただの一部が、ではない。上半身を牙がつらぬき見たことのない量の血があふれるのを鮮明に見た。
すぐに冷静になろうと切り替え、御神刀でムカデの頭を焼き切り一瞬で消滅させる。
その場にくずれた萌音のそばに駆け寄る。
出血がひどい。体にいくつも穴があき、肩には裂傷も負っている。すでに意識はないようだった。
「ヨサラ、綿乃さん、頼むなんとかしてくれ!」
「やってる、やってるけど……!」
二人がかりで治癒の魔法をほどこすが、それらは空に還(かえ)るだけで彼女の傷が癒えていくような現象は見られない。
「……だめです。萌音さんの魔力が……消えています。魔法をかけても……」
ヨサラが言う。治癒の魔法が万能ではないことはわかっている。だが、彼女はたったさっきまで生きてたはずだ。それが……
「萌音さん、嘘だろ……」
彼女の顔を見ると、眠ったような表情のまま動いていないのがわかる。おそらく呼吸をしていない。
「ソウ、四の五の言ってられない! もうアルスの力を使うしかないよ!」
「あ……ああ」
ノパに言われて俺は平静を取り戻す。まだ混乱していたが、たぶんもうそれしか望みはない。
「ヨサラ……手を貸してくれないか」
ヨサラがうなずく。止血しようと萌音の身体に手をあてていたために血だらけだった俺の手が彼女の小さなそれに重なる。
しかし、何も起きない。
傷がふさがらない。
彼女は目をあけない。
「……そんな。萌音……」
ダンスの大会が楽しみだ、と言っていた彼女の横顔が浮かぶ。
あれだけいつもまわりを明るい気持ちにさせるほどの笑顔を絶やさない彼女が、今はまるで人形のように動かない。その事実に、心の内からあふれてくる戸惑いを隠せない。
「……うそ。嘘だよ。そんな……」
遺体の手をにぎる綿乃が見たことのないような動揺しきった目でつぶやく。
あまりの悲愴(ひそう)的な光景に目をつむった。ものを言うことができない。責任や痛み、悲しみ、無力感、そういうもので押しつぶされそうだった。
「どうして?」
だれかが言って、顔をあげる。
綿乃が目に涙を浮かべながら、責めるように俺を真っすぐに見ていた。
「ソウくん、どうして萌音ちゃんを助けてあげられなかったの!? あ、アルスデュラントなんでしょう……?」
そう言われるのはもっともだった。彼女にはそれを言う権利がある。俺を責めるべきだ。
だが、それでも心に来るものがある。
なにか言おうとしたが、口が開くだけで音が出てこない。
沈黙。広い部屋にそれが流れる。しかし、それもすぐに終わった。
世界がゆがみはじめる。いや、俺の視界のなかがゆがみはじめていた。この洞窟の部屋、萌音の遺体、綿乃の目、自分自身なにもかもがスライムのように形を失っていく。
地震のような轟音が耳元でつんざく。あまりに大きすぎる刺激の負荷に、俺は耳を手で覆う。
「……な」
気づけば、ちがう場所にいた。
というよりも、見たことのある場所だ。
そう、あの部屋に入る前の。進むかどうか迷っていたときだ。
「なんだか……怖いよ」
綿乃が身体を縮こませて言った。
このやりとりも一度やったはずだ。同じことがふたたび起きている。走馬灯ではない。今、俺はあきらかに萌音が死ぬ前とまったく同じ状況にある。
「大丈夫だよ! 私たち、すっごい強くなってるし! それに敵が強くなってるなら、きっとコアまでもうすこしだよ」
萌音が普通に生きている。俺がぼうっと見つめるのに気づくと彼女はきょとんとなり、こちらを見つめ返してくる。
「萌音……いや……ここは……?」
萌音だけではない。全員が俺の様子を不審に思うような目を向けてくる。だが俺のほうが間違っているとは到底思えない。
「今……この先のブラムと戦ってたはずなのに」
困惑する俺に気がつき、ノパが俺の顔をのぞきこみながら真剣な表情できいてくる。
「もしかしてアルス、未幻視(ヴィジョン)が見えたのかい」
「ヴィジョン?」
「一流の魔法使いは集中すると、ある程度未来に起きることが見えたらしいよ」
「……未来。いや、とてもそんな感覚じゃなかった……だって」
ふたたび萌音を見る。彼女は不思議そうにしているが、健在である。頭が混乱する。彼女は死んだのではなかったか。
「アルスなら鮮明に見えすぎることもあるのかもね」
ノパが言う。果たしてそうなんだろうか。まるで確信はもてない。
「すごい! じゃあ絶対次は勝てるよね」
萌音がうれしそうに言う。俺はすぐにそれを止めた。
「ちょっと待ってくれ。一度……退(ひ)こう」
自分の口に手をあてる。こうでもしないと混乱した気分のせいで吐きそうだった。まわりはおどろいていたが、俺は強く言い聞かす。
「……言いづらいが……。今のまま行けばこの先で、おそらくこのなかの誰か一人が死ぬ」
沈黙が流れる。嫌な静けさだ。
「そんなに強いの? ここから先のブラムは」
他でもない萌音がきいてくる。俺は首を振って否定した。
「……倒せないわけじゃない。……俺たちは強くなった。だけどそれでも、これから無傷で勝つのは……無理だ」
つぶやくようにぽつりぽつりとしか声が出せなかった。
最初は彼女たちも戸惑っていたようだが、青ざめている俺の顔を見てまわりも妙に納得してくれたらしく、ここまできたというのにハンターたちと同じくむざむざと退却した。
俺一人だけが安堵の表情で、他の者たちは不完全燃焼というような脱力した色を隠せていない。
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