バグプログラム

勇出あつ

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CASE0~

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バグプログラム



 暗闇で声がきこえた。
 声色からして男三人のものだった。もしかしたらその言葉を聴いた時期はそれぞれ大きく異なるかもしれない。
 だがまるで文字を刻まれたプログラムのように一字一句彼らがなにを言っていたか記憶に焼きついている。
「こんなおぞましい……ものにする必要があったのでしょうか」
「これこそが今までの人間のうけるべき罰なのだ」
「植物は生存政略のためにあらゆる適応をみせる。彼らは植物という区分けをされているがDNAに構成された生物の一種だ。そして人間もまた生物であるならば苦境に立たされたとしても才力を発揮し生の未来を掴み取るはずである。……忘れるな。君が殺すべき男の名は――」



CASE0

 全身に衝撃が走り、視界がひらける。
 どうやら自分は床に倒れているらしい。しかし部屋が暗く、どこにいるのかもわからない。
 体は重く、どうにか動くと言うような感じだった。周囲を見回すと、なにか見慣れない一室にいることがわかる。
 人の入れそうな縦型のポッドが開いている。自分の身体は濡れており、あたりに液体が散らばっていることからあのポッドに入っていたのだろうかと推測する。
 そのポッド自体がなんなのかわからないが、部屋にはもうひとつ同じものがあった。そしてそれも機械の扉が開かれており、その下にだれかが倒れているのが見えた。
「……なに、ここ……」
 うめき声をあげながら、その人がつぶやいた。どうやら声からして女性らしい。
「おい」
 俺は声をかける。彼女ははっと驚いていたが、こちらを見て自分と似たような同じような状況であることを把握し、困惑の表情になる。
 俺はふらつきながら立ち上がり、「どこなんだ、ここは……」彼女にたずねたわけでもないが、そう言葉が口をついて出る。
「あなた……会ったことがあるような気がする」
 と、女性が言った。
「……俺もそんな気がするが……なぜかあんたのことは嫌いな気がする」
 心情のままに言った。
「そう……なんだろう、ここ。なんかの研究、とかに使われてそうだけど……」
 彼女の言う通り、無機質な部屋と言うわけではなく見慣れない機械が多くある。
 あたりを見回したとき、扉を見つけた。そこまで移動して、ドアノブに手をかける。鉄製の頑丈な扉で重い。さらに、上下ともに青い作業着のようなものを着ているが靴がなく裸足である。あの女性もそうだった。
 わずかに開いた扉から顔をだし、外をみる。薄暗い廊下が続いており、上へとつながっていそうな階段を見つけた。
 その時扉が急に開いて、勢いで俺は床に倒れる。
「うわっ」
 すぐ近くから女性の声がした。彼女が扉に手をかけたおかげで、二人とも勢い余って転んだらしい。
「ごめん……なんかうまく歩けなくて」
「……気をつけろ」
「ここ、なんなんだろ。病院、かな」
 立ち上がりなら彼女はそんなことを言ってくる。
 答える前に、俺は床に目立つものを見つける。タイルの一部が赤黒く染まっている。凝固していたが、すぐに血だとわかった。
「これって、血じゃない……? やっぱり病院なんだ」
 彼女もそれに気づいて言う。だがここが病院とは思えない。少なくとも俺の知っているようなところではなさそうだ。こんな窓のない地下で治療を受けるなんて聞いたことがない。
「すみませーん。だれかー……」
 彼女の声だけがひびき、返事はかえってこない。
「そういえばあんた、名前は?」
 俺はたずねる。
「私は……あれ、なんだったかな。うーん……思い出せそうだけど……」
「実は俺もそうなんだ。……とにかく進んでみるしかなさそうだ」
 暗い通路の中をわずかな機械の光などを頼りに進む。廃墟のように物が散乱しており、大きな地震でもあったのだろうかと思わせる。
 自分たちだけの足音だけが聞こえ、ほかに音がない。が、どこかでカン、というような物音がしたのがわかり、息を止めた。
 通路の奥からだった。耳を澄ますと、そこからなにかが聞こえている。しかし分厚い防火扉のようなもので遮られており、それ以上は行くことができない。
「だれかいるの?」
 女性の声に反応して、向こうからけたたましく誰かが壁を叩いてくるのがわかった。それも一人や二人ではない。扉のいたるところから聞こえる。
 扉はやはりただのシャッターのようなものではなく、かなりの厚さがあるようだった。その下からなにか液体のようなものが流れ出てきているのを見つける。
「血……また血か。向こうから流れてきてる」
「それって……向こうにいる人たちのなんじゃないの? 何が起きているんだろう」
 青ざめた顔で女性は言う。
扉に近づいてみたが、向こうから人の声のようなものは聞こえてこない。ただ振動だけは伝わってきている。悲鳴と言うよりも、荒い息遣いやうめき越えのようなものが聞こえる気がする。しかし向こうの状況がわからない以上なんとも判断できない。
「こちらから開けるのは無理そうだ」
 ボタンやレバーなどの類は見当たらない。
「どうしよう……迂回して……たすけないと」
 彼女は同意を求めるように言ってきたが、俺は答えなかった。
 なんだ、この感じ。
 この先にいるのは、人間じゃないような気がする。でもなぜそう思うのかわからない。
 やみくもに進んでいるうちエレベーターを見つけたが、動く気配はない。
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