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8)ナリウム・U・グリーン
しおりを挟む「ほっほっほ。あのナリウム・U・グリーンの毒はな、ウプンマガ。我の組織が特殊な生成法で取り出したものなのじゃ」
え……
グリーンの毒……
農薬に炭酸水素ナトリウムのカリグリーン溶液がある。使い方を間違えると目の痒みに悩まされるらしい。
冬菜はGoogle検索でグリーンの毒性を調べた事があった。それは、小説の小さなエピソードに色の名前を持つ毒が必要だったからだ。
ナトリウムじゃなくて
カリグリーンでもなくて
ナリウム・U・グリーンって言ったよね
初耳だけど、何故、毒を生成したの
ウプンマガ、ウプンマガっ
起きてえええっ
冬菜はイメージの中でウプンマガを揺り起こす。思い切りガクガクとウプンマガの身体を揺すった。ウプンマガの手が跳ね、足が跳ね、腰も動き、首も上がった。
「ほっほぉ、身体は反応するのじゃな。ウプンマガ、昔、三人で御神託を受けたことを覚えておるか。そなた、祈ってご神託を曲げようとしておるそうな。愚かな……我らの立場ならわかるであろう。どのように足掻いてもあの御神託の通りになるべきであろうが。ほっほ……」
扇を閉じて逆手に握り、猫の手に似せてくいくいと何かを招く。
ふひゃひゃ……
冬菜はウプンマガの笑う声を聞いた。
「正気に戻ったか、ウプンマガ」
「ひゃひゃひゃ……お前こそ生きておったか、痴れ者。お前は120番を殺した罪がある。真っ赤な罪に血の罪を重ねて天に積もる罪をどのように贖罪するのだ」
冬菜は驚いた。
老婆が冬菜の声を使って答えたからだ。
「贖罪……似合わん可愛い声で何をほざく」
緋芙美は眉をひそめた次の瞬間に、ニタリと笑って、赤い鼻緒の草履のままベッドのウプンマガに馬乗りになった。その動きは素早く、着物の裾がはだけて白足袋を穿いた白桃の生足が剥き出しになる。
「ほおっほっほ……贖罪などすると思うておるのか。荒ぶる神に赦しなど求めぬわ。どうせ滅ぶのならウプンマガ、お前も道連れじゃあ」
緋芙美は、閉じた扇を真横にウプンマガの首に当てて両手で押す。
「緋芙美……っ、ぐえっ」
ぎゃあぁ
人殺しっ
誰か、誰かぁぁ
ぐるじぃ……
わ、私、死ぬの……
ウプンマガの身体の中で死ぬの……
いやあ……
こ、声も出ない……
「ほおっほ……楽しいのぅ。こんな日が来ようとは、二十年も耐えた甲斐があったというもの。ウプンマガ、そなたを殺しに来たのではなかったが、どうせ我に懐柔されるような賢い者ではないのじゃから、この緋芙美様の艶姿をこの世の見納めにせよ。我に礼を言うが良いぞ」
うぐぇ……
く……くるし……
ニタニタ笑って本気で殺す気ぃ
冬菜が暴れた。ウプンマガの手を動かして緋芙美の手首を握る。少女らしいすべすべの細いその手首にきつく爪を立てた。
「うぎゃあああ、なにをするっ」
緋芙美の赤い髪がぶわっと宙に広がり、霊気が発せられた。思わず手を離した冬菜だったが緋芙美の扇もウプンマガの首から離れた。
「ウプンマガっ。おのれ、許さぬぞ」
ひ、人殺しいっ……
ふ、冬菜なのよっ、冬菜も中にいるからっ
み、見殺しにしないでっ、神様ぁぁぁ
開いたままのドアから白い人影がダッと踏み込む。影は踊るように飛び付いて、緋芙美の背後から素早く首に腕を回し緋芙美をウプンマガの上から引き剥がす。赤い髪の向こうに璃人の顔が見えた。生なりの作務衣に身を包んでいる。
きゃあぁぁ
来たッ
来てくれたっ
ウプンマガはごほごほと咳き込んで片手で宙を掻く。
璃人の後ろから来た琥珀が夕食のお盆を落としてお椀がバラけ、おかずや味噌汁が飛び散った。
「曲者っ、何処から入った」
緋芙美は璃人に羽交い締めにされながら血の滲んだ手を胸の前でクロスした。
「おのれ、小僧のくせして百年生きた緋芙美様を曲者呼ばわりかっ」
「百年……」
ひ、百年……
妖怪ババアかっ
緋芙美は何か呪文を唱えた。身体が赤く光り、その光はドーナツ型の輪になって璃人を跳ね返す。
「邪魔立てするな、小僧」
撥ね飛ばされた璃人は後ろでお椀を拾っていた琥珀に当たりバランスを崩して床に手をつく。琥珀も床にひっくり返った。巫女の装束らしい上布袴の裾がめくれ上がり、健康そうなすらりと伸びた浅黒い足が丸出しになる。
こ、琥珀さんっ
大丈夫……
セクシーっ
セクシーっ
璃人は琥珀を気遣って手を添えて立ち上がらせる。作務衣の背に長い髪を一本結びにしたその横顔に、冬菜はうっとりした。
不謹慎よね
こんな場面で
璃人さんに見とれるって
映画じゃないんだからさ
私にできることをしなきゃあ
でも二人は仲良しなんだ
似合いの二人……
「ほぅほぅほぅ。女に優しい小僧と見えるのぅ。じゃからと言うてもお前もウプンマガの側なのじゃろう」
璃人さん頑張って
その化け物に負けないで
応援ありがとうございます!
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