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ゼー

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ゼノリアヴォルゲ・シュバッツアイマンと言いかけて、何だ私も略すれば良いのだわと思い至って微笑む。



「ゼーよ。よろしくね、ジェノ」



「ゼー。可愛い名前だね」



本当は、笑うと可愛いよ君と言いたかったけど、丁度お皿が空っぽになったタイミングで自然に身体が半分テーブルクロスから外に出た為に、思ったことが半分しか出てこなかった。



一方のゼノリアは、『ゼー』なんて幾らなんでも略しすぎだろうと自身を卑下しながらも『可愛い名前だね』なんて初めて言われたことがくすぐったくて全身で奮える。両手を口に当てて「うふふふ」と漏れ出る笑いを必死に噛み締めて、ジェノが目の前に出したお皿のチョコチーズのたっぷりかかった一口ハンバーグに頭を振った。



「どうして、これ、美味しいよ」



一口ハンバーグを片頬で噛みながらジェノはもう片方の頬にもまるでリスみたいに一口ハンバーグを突っ込む。



「ジェイ、何処から来たの」



「モゴモゴ、町の外れだよ。砂が家を潰してしまったからさ。この一年で町の半分が消滅したのに、町中ゼノリアヴォルゲ・シュバッツアイマンの誕生日でお祭り騒ぎだ。僕はゼノリアヴォルゲ・シュバッツアイマンのご両親に掛け合うつもりでやって来たのに門前払いを食らったもんだからこうやって忍び込んで腹を満たしてるんだ。取り敢えずな。ゼノリアヴォルゲ・シュバッツアイマンの誕生日だからってこんなに料理があるなんて、しかも一週間続くんだぜ」




「ジェイ、町の半分が消滅したって本当なの」



「何も知らないのか。円周は外側の方が広いからな。ゼーは内側の人間なんだな」



其にしては下着姿かと言いかけて、二親を亡くしたからか……と思い止まる。



考えてみれば簡単なことだが忘れてみると難しいものでようやっと思い出せた頃には魅力も何にもなくなってホネと皮だけの古臭い食べ残しになっている。



ジェノはテーブルの下から這い出すためにはこの可愛い女の子をどうにか人目につかずにポケットにでも仕舞い込めないかと普段ならよく回るはずの首から上を巡らせた。



まるで全てが古臭い情報のようにジェノの耳の奥で叫ぶ。



「ノーッ。ノーッ。ノーッ。女の子はザカリアンパウンドに乗せなくては運べないよ。デルタン川の臭い蟹が砂漠都市までやってくるのがわからないの」



「ゼー、今の、聞こえた」



「何も。なんのこと」



「君をここから連れ出すためにザカリアンパウンドに乗せなくてはって言ってるよ」



「うわあ、ステキ。ザカリアンパウンドに乗ってみたい」



「まさか。あんな古めかしいものに乗ったことないなんて、君って本当にどうなっているの」



言ってから、親のいないことは奇跡を起こすような幸福な無知と、思いもよらない結果を呼び寄せてしまうことがあるのかもしれない不幸な無知が同居しているのだから、黙っていようと唇を引き締めた。



「嬉しいな。ザカリアンパウンドかぁ。それで、どうすれば良いの」



ザカリアンパウンドはこの砂漠都市の外縁をまるでバスかモノレールと同じように三重に巡る駱駝に似た犬のソリだ。



大きなもので二十人を一度に運ぶザカリアンパウンドは、十年前まではこの都市の交通機関の主要な役割を果たしており、移動手段としてはサーカスやジェットコースター並のスリルを味わえる。



「くすねるんだよ」
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