3 / 3
反キリストとは
しおりを挟む私は何食わぬ顔で自分の書き散らしている駄文を『クリスチャン小説』などと嘯いているが、実はクリスチャンには程遠くて、聖書を研究する人たちには「クリスチーヌ」と呼ばれている。
そんな私にも、可愛い時期はあった。
年頃の娘だったはずの私は、こっそり父親のセブンスターやらラークやらを吸ってみたことはあったし、酒も飲んでみたことはあった。何処が可愛いかというと、こっそり隠れてやってみた処が可愛いかった。父親に敬意を払っていたのだ。
私は何気にファザコンだったらしく、デキの良い弟と比べられてジェンダー差別に激怒して、大好きな父親には面倒くさがられていた。
それでもブラックホールほどは歪まずにこのように意外と真っ直ぐに育ったことには誰かに感謝する。
『誰かでなく神にだろう』と言う天使と『そもそも真っ直ぐに育ったと言えるのか』と嘲笑う悪魔がいるとしても、エレミヤの10章27節の聖句が傍にある。人間の歩みは本人が思うようにはいかず、紆余曲折するという意味のアレだ。どや。
女子高生だった頃のある日、女子同士で帰宅途中に、牧志の蔡温橋に向かう川に架かる何といったか名前を知らない裏道の橋だが、その上だった。
一期上の先輩から本を借りた。薄い哲学書で、私の脳みそでは理解不能だった。
大人になってから貰った聖書関連の『ものみの塔』という冊子も、当時はエホバの証人用の研究記事があり、日本語だから字面は読めるものの主旨は理解不能だったから、似たような位置にあるものだったのだろう。
その先輩は細身でにこやかな人だった。顔は覚えていないがジャガ芋顔ではなかったことにする。身長はそう高い方ではなく、態度も腰の低い物柔らかなイメージだ。
この先輩だったか、またある日の夕方の与儀公園内部で「この先は行かない方が良いよ。遊びたいなら別だけど」と教えて助けてくれた男子学生がいたが、別人だったか。
何でも、不良と目されるグループが屯していて、女の子二人連れだった私たちは独楽のようにグルグルされるということだった。
実は暇を持て余していたことと方向音痴に陥ってしまっていたことから、公園を横切るつもりでいた私たちは、少し遠回りになっても安全であるなら公園を迂回することに異存はない。
あの時、その先輩の示す出口に進まなければどうなっていたことか。物柔らかな印象の痩せた男子学生。
私は夏休みの間に読み終えた哲学書を返しに、二年生の教室を訪ねたことがある。そこには本を貸してくれた先輩の姿はなかったが、教室や校舎やグラウンドの光と影の温度差に心を動かされた。
私は生きていた。
大人も盛りを過ぎて更年期を迎え、エホバの証人の集会場所である若狭の王国会館に通いだした。
そこに、あの日の先輩にそっくりな長老がいた。柔らかな物腰の優しい話し方の若い長老は、年からいってあの公園の男子学生ではない。しかも、その長老は内地の人だ。何故思い出すのだ、先輩を。
あの先輩も、何処かの王国会館に通っているかもしれない。あの時、彼の背後に天使がいたのかもしれない。無自覚だったが、人生の傷を何度も塗り重ねる必要はないのだと、その天使が助けてくれたのかもしれない。
何かが動いたのかもしれない。しれない、しれないばかりだ。
私はギター片手に自分勝手な歌を作って、色んな所でミニライブを演るようになった。酒も煙草も日常の友達で恋人と同棲した。
同棲した相手は異性だったが、私は過去百合女だったから、彼女のいた時期もあった。
時代はいつしかアメリカ支配から日本帰属を果たして、世に流されているうちに、全てが遠く過ぎ去った。過去は風のような時間だ。
私は更年期に入ると『ゲッセマネの園でキリストが祈りを捧げた父神エホバ』を信じるようになった。
人生の紆余曲折は当たり前らしい。多くの人が迷い悩みながら歩むその歩みは、その人に属していないとエレミヤは言う。
私の歩いた道の傍らに天使がいて、私が素直に聞き入れるモードの時には、天使に従って安全な道に進むことができるのだと思う。
故意に私の人生に災いをもたらす迫害者がいるとして、天使は、み子イエスは、父神エホバは、その迫害者に何を思うだろうか。
私が頑迷になって天使の指さす先を無視する時は、天使は、み子イエスは、父神エホバは、私に対してどんな気持ちになるだろうか。
それでも天使は、父神とみ子イエスの面前で人間が其々の道を安全に進めるように、私たちの傍らにいてくれるのではないだろうか。
あの公園にいた先輩は、天使と悪魔の間で無自覚のまま自らの正しい人間性を発揮して、天使を喜ばせたのだ。
天使と悪魔が一人の少年の傍らにいる。
天使は綺麗な受けのイメージで、陽光と自然と柔らかそうな白いファーが似合う。対する悪魔は攻めのイメージで、ネオン街の灯りと鋲の付いた黒いレザーが似合う。
いかん、いかん。聖書までBLネタに使おうとしてしまう。
もし、烏滸がましくも私が反キリストだと言うのであれば、それは私の闇が問題なのだ。
ヨハネ第一の手紙 2:22
イエスがキリストであることを否定する者は、偽り者です。父とみ子を否定する者、それが反キリストです。
キリストとは『油を注がれた者』という意味で、選ばれた、或いは使命を与えられた、ということになる。
イエスが油を注がれ使命を受けた立場なら、誰がイエスに使命を『与えた』立場なのか。ポイントはそこだ。父神エホバが息子イエスに油を注いで人類救済の使命を与えたのだ。
良かった。
私はまだ、危険な一線は越えていないようだ。
私は、イエスはキリストとして人類に与えられ、処女マリアから生まれることになった神のみ子だと信じている。のだから反キリストではない。
イエスが磔になったときの、父神の痛みは如何ばかりだっただろうか。
私は、私という娘がクリスチャンであることを疑わずに身罷った父に、いつか楽園で再会できるだろうことを心の底から期待している。
その時は満面の笑顔で両手を広げ、父との再会を喜び合おう。
深酒も煙草も止めた。異性も同性も性的な付き合いはない。性欲自体がなくなった。それでも、実在の人物や架空の人物をネタにして妄想に走る不完全きわまりない人間だが、いつかはど腐れババァのBL妄想も治まっていくかもしれない。
綺麗に枯れるとはどういうことか、もう少ししたら答えが出るかもしれない。どんな状況にあっても、どんな精神にあっても、望みは開かれるのかもしれない。
しれない、しれない、かもしれない、ばかりだが『クリスチーヌ』人生はまだまだ続く。天使と悪魔の間でエホバを崇拝しつつも、記憶の中に淡く存在する彼らを慈しみながら。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる