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第二章 小悪魔ミケーラ
11) もうひとり
しおりを挟むミケル・ハンメルは両手を合わせて鼻を隠す。ジャーメイ・パイド・デュアルメンも、ディスプレイの前で同じポーズを取りながら溜め息をついた。
(この女が犯人ではないとすると……)
ミケルは一度頷いて尋ねる。
「社長秘書とは関係ないのかい」
「まあ、彼女の噂は知ってたし、私が社長と別れてからのことだけどピンハネはされたわよ。文句言って取り返したけど」
パメラは妙に瞬きを繰り返す。
「嘘だろ」
「な、何でよっ」
「いや、嘘だ」
「ふん。あのね、ミケル・ハンメル。例え私が嘘をついても、事件には無関係だからね」
「どうかなそれは。話してくれよ」
「一緒にチャビーラン・ロア・ザカリーを飲んだ子がいたでしよ」
「メーキャップ・アーティストの」
「もうひとり。華奢な綺麗な子。あの子は化粧室にこもって暫く出てこなかった。酒に弱い体質みたいで吐いてたのね。あんたはアーティストの子と一緒に夏の別荘に行ったの」
「俺はひとりでこの部屋を出たのではないのか」
「アーティストの子と一緒よ」
ジャーメイは急いで防犯カメラの映像コピーを確認した。
警察に押収される前に、予備のSDカードに保存しておいたアラブ富豪の執事の慎重な仕事ぶりを評価しながら、女装したミケル・ハンメルの姿をディスプレイの分割画面に見つけて身を乗り出す。
ヘアピースはプラチナブロンドの縦ロールに真珠と銀のティアラ。白と水色のオーガンジーのドレスは銀糸の雲水模様にピンクの小花刺繍とレースがあしらわれ、胸元のザカリアンローゼが映える。真珠で統一したイヤリングとネックレスにブレスレット。銀色のピンヒール。
美しく装ったミケル・ハンメルはひとりで歩いている。その後ろから女がひとり、ジャーメイがミケーラを装わせるように頼んだメイクアップアーティストだ。ミケルに何かを伝えて別通路に向かう。
ミケルはひとりでふらふら泳ぐような歩き方をしている。危なっかしくて見ていられない。
ジャーメイは別通路に消えた女を追うために、画面を切り替えた。
幾つもに分割された画面のひとつに、例のメイクアップアーティストが映る。彼女はエレベーターに向かった。犯人ではない。
ジャーメイは執事部屋から出た。
ミケルは驚いて飛び上がった。
「な、何であんたが」
「二人とも一緒に来てくれ」
ジャーメイはドアに向かう。
「待てよ、ジャーメイ。どう言うことだ」
一旦立ち上がって座り直す。
「警察はまだあの部屋にいるだろうな、ミケル」
「俺はあんたの秘書か」
文句を垂れながらもスマホを弄り、あ、と思いついて結局立ち上がるとルーム電話でフロントを呼び出す。貧乏探偵は節約だ。
ジャーメイはドアを開けた。パメラが後に続く。
「済みませんが、社長秘書殺人事件のことで警察に連絡していただきたいのですが」
話ながらみも立ち上がった。
「畏まりました。警察でしたら、事件のあった部屋を捜査中ですので」
「いや、そうなら都合がいい。こっちから行く」
長い廊下を、先頭を歩くジャーメイが「ところで」と切り出す。
「パメラ。あなたはあの夜、ミケルの服を着て辞社長に会ったんですね。現場で」
「ええ、そうよ。ばつが悪かったわよ」
「あなただとバレましたか。ははは。社長はあなたが変相して来た理由について気づきましたか」
「多分ね。驚いていたわ。でも、それ以上に悲惨な現場に魂消ていたから、何も言われなかったわよ」
「それでどうしました」
「直ぐに着替えに戻ったわよ」
(そうか。あの朝、俺は何も考えずに自分の服を着て部屋を出た。前の晩にいろんなことがあったんだ。クソ。俺は自分のこともわからない)
「今の格好よりもドレス姿の方がステキなのにね。メイクも似合うし」
「君もそう思うかい」
後ろを歩きながら、ミケルは自分のことが話題にされていながら割り込めない門外漢のように苛つく。
(け……何が似合うだよ。他人ごとだと思って)
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