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第二章 小悪魔ミケーラ

14) 殺意には理由がある

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「ス、ストールで上れるって言うの。ふふん。あ、あんた、あんたは社長を殺したがっていたじゃないの、パメラ。あんたこそ、社長と間違えてあいつを殺したんじゃないのっ」

サディはパメラを攻撃し始めた。その態度にミケルは眉をしかめる。

(ふうん。サイドテーブルではない。やはり、化粧台からだな。そして化粧台から天井に上るにはストールではない。動揺は見せたけど落ち着き始めた。ストールしか思い浮かばないのかって侮っているんだな。つまり俺たちはサディを安堵させたってことか。サディは、何かストール以外のものを持ってたってことなんだな)

「あらぁ、とおんでもない不正解よっ。私たち縒りを戻したのよぉ。それなのに殺しちゃうなんてアホじゃあるまいし。辞社長は私のこと今度こそ大切にしてくれるんだって。おほほ、わかってくれたぁ。犯人は私のはずないからぁ。ザアァンネンでしたぁ」

パメラは身振りを派手にサディの感情を逆撫でする。

「嘘よっ。あんたよパメラ。あんたはそこのハンメルさんの服を着て社長を殺そうとしたじゃないの。ああっ、どうして皆わからないのっ。見せてやりたいわ。この女がハンメルさんの服を着てたこと。この女が間違えてやったのよ。犯人はこの女よ。私じゃない」

パメラは舌を出してミケルと目を会わせた。

(ハンメルさんの服を着て防犯カメラに映っちゃってまさかアリバイになるとはね)

パメラは運命の皮肉に思わず笑う。

「あははは。あんた、あの時、私より先にアラブ富豪の部屋を出たくせに、なんで知ってるのよ、私がハンメルさんの服を着て出掛けたことを。それ、知っているのは誰もいないはずなのよ。あの部屋でおしゃべりしていた女の子たちはプールに呼ばれて、あそこには誰もいなくなったのよ。だからこその出来心よ。あんたが何で知ってるの、何で」

サディは驚いて呆然となり、ふらつきながら立ち上がった。ジャーメイとミケルも静かに立ち上がる。

「ねぇ、パメラ、今の録音したの。勿論、録音されても、それ、証拠にはならないわよね。妄想だものね、私の妄想よ。パメラがハンメルさんの服を着てたってのは私の妄想。ちょっと言ってみただけ。証拠にはならないわよ」

ジャーメイがサディの肩に手を乗せた。

「証拠にはならないと言うが、それなら繩はどうだ」

サディの衝撃がジャーメイの手に伝わる。

「アラブの友人が喜んでいたんだが、遅れて来た女の子が繩を持って来て、SMプレイでも楽しもうと提案したらしい。君だよね、サディ」

サディの顔色が変わる。ジャーメイは言葉を継ぐ。

「勿論、友人は女の子たちのセミヌードを検分しながら話をしていただけだから、SMプレイはしなかったらしいが。不思議がっていたよ。みんな小さなバッグひとつで来たはずだが、とね。繩は社長秘書が持っていたんだな。君はそれを知っていた。約束していたんじゃないのか。もしも天井裏に何の痕跡も残すこと無く行き来出来たとしても、現場から何かを持ち出したのならそれが証拠になる。勿論、君は手袋をしていただろうから、繩から君の指紋がでるはずはないけどね。全てのゴミはまた焼却していないんだ」

「ああ、あの縄は私を縛るために用意されていたものなの。撮影のためにね。皮肉だわ」

ふらついてジャーメイの胸に傾きかけたサディの腕を、ミケルは強引に引っ張ってドアに向かう。

「自首するんだ。少しでも罪を軽くするためにね」

サディの目から涙が溢れる。

「な、何で……何よ、罪を軽くするって……」

「君、理由があったんだろ。少なくとも殺意を抱く正当な理由が」

「正当な理由。殺意に正当な理由なんて」

「あるよ。殺意にはそれを抱くほどの何か、正当な理由が。ただ、殺意を抱いても実行しなければよかったんだ」

ミケルはジルコニアの嘘を言えなかった。あのジルコニアは靴の中に落ちていたのではない。自分の爪に付いていたものだと。







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