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第二章 赤嶺怜の日記

       ボレロ

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「ジェノバに行こう」

憮然とする姉に向かって、もう一度
「行こう。家族皆で行きたい」
と妹は言った。

どうして見えないのだろうか
何故、私には見えないのだろうか
長い時の始まりから  
この世の存在を許し続けている力の源が……

私は打ちのめされて
気がつくと息をすることさえも忘れ
それでも生かされている

妹は、私の蘇生を願っている

昼食後、ボレロを聞く。エリザベス・ティラー演じるクレオパトラが、カエサルとの息子カエサリオンを連れてローマに行く場面で使われた曲だ。

豪華絢爛な大行列に、劇中のローマ市民も映画館の観客もわいた。その一場面を彷彿とさせるほどに妹の双眸は輝いていたが、都会の水に晒された白い顔を引き締めるように、背筋を伸ばして東京へ発った。

「ジェノバ」

車に乗る前に、妹は明るい声で手を振った。

あの声は、何処から生まれた声なのか。妹の口を通して空に響めいた、あの明るい声は。

昨夜の日記に書いた感情は、廃棄処分だ。私は、犯罪者になるわけにはいかない。生理始まる。予定より二日早い。

ボレロのイントロが聞こえる。


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