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第五話 母親に会えない刑
しおりを挟む「一生、母親に会えなくする。親孝行できないだけではなく、生きているのか元気でいるのかさえも知ることはできない。死ぬまで離ればなれだ」
十歳の頃に誘拐されたことのある吊り目のミンバイが考えついた刑罰だ。薄暗い部屋に連れ込まれて「東洋人の子供か。味見をしてやろう」と、脱がされた恐ろしい記憶。親が賞金を懸けてテレビで呼び掛けてくれなければどうなっていたか。その記憶を乗り越えるために、ミンバイは戦っている。
葉の落ちた木々を凍てつかせて降る霙雪に、室内の温度差が窓を曇らせる。
リッケが「そんな……」と異を唱えた。金髪碧眼の天使の絵のようなリッケが、強い反意を見せるのは始めてだ。
寄宿部一年校舎にもディスカッションのための小部屋が幾つかあり、イミッチャと呼ばれている。
神学教諭ジャーメイ・パイド・デュアルメンの初日の講義で、課題オリエンテーリングを済ませた生徒たちが、五つのグループに分散して使うイミッチャは、一年間同じメンバーで毎回の課題に取り組む。
運天 泰通は背後の窓に気取られていて、肘をテーブルに乗せて横向きに座り、結露がガラスを伝って落ちていくさまを眺めていた。
母親に会えない刑罰か……
何となく耳に残る言葉を胸の裡でなぞって、運天泰通は母親の姿を曇りガラスの向こう側に思い描く。黒髪のほっそりした異国生まれの母親。ハーフの父親が、祖父の国から娶ったという。
リッケはミンバイを責めるつもりはない。それでも感じたことははっきりと伝えたい。サナーと付き合うようになって、他人とコミュニケーションが上手くとれる様になった気がしていた。
「それ、酷いよ。法の精神とはかけ離れている。悔い改めて、ちゃんと生計を立てられるようになって社会復帰して、真面目に幸せに暮らしてもらうのが、罪を犯した人に求められる未来だよ。刑罰や懲らしめって、そのために行うことだよ。だから刑務所で資格も取らせるじゃないか」
言った後で過剰反応だったかなと少し不安になって「ね、サナー。サナーはどう思う」と尋ねた。
少し低いところからやや上目遣いになるリッケの青く丸い眼やピンク色の頬をまともに見るだけで、サナーはキスをおねだりされているようなくすぐったい気分になる。
リッケに魅せられてぼうっとしているサナーを待たずに、ミンバイは自らの語弊について釈明した。
「それはフツーの犯罪の加害者に適応してさ、性犯罪者に対する刑罰は別にするわけだよ」
「フツーの……」
リッケが小首を傾げる。
サナーがふっと笑って、顔をミンバイに向けた。
「いや、それもどうかな。だって、フツーの犯罪とかフツーの加害者っておかしいだろ。そんなの、フツーのなんてないんだから。犯罪はみんな異常だ。どんな犯罪でも異常なんだよ。あってはならないことだ。フツーのなんて言うなよ」
サナーは、リッケに見とれた照れ隠しの反動で、ぞんざいな言い方になる。
ミンバイは肩を竦めた。
「そうだけど。僕の言いたかったことは、性犯罪以外のってことだよ」
庭に張り出した出窓は座れるようになっており、ひとりくらいなら悠々と眠れる大きさだ。その窓ガラスのほとんどが曇って、雪の積もった中庭はぼんやりとしか見えない。運天泰通は窓ガラスを拭きたくなった。幼い頃に亡くなった母親のイメージよりも、同室の皇 深遠の一挙手が強く心を掻き乱す。
サナーも幼い頃に誘拐された経験がある。
「じゃあ聞くが、お前の言っている性犯罪は、殺しよりも重いのか」
サナーは運良く銃弾に脚を痛めただけで生き残れたが、誘拐犯のアジトから一緒に逃げた兄は撃ち殺された。
ふと蘇る雪の野原。ザクザクと踏みしめて逃げる二人を怒声が追ってくる。銃声が二度三度と空気を切り裂く。そのうちの一発が、サナーの脚にヒットして、倒れたサナーを振り返った兄のこめかみに次の一発が命中した。目の前でドサリと崩れた兄の顔に降る雪……
その銃声によって捜索隊がサナーを救い出すことができたのは皮肉なことだった。それから父親の四番目の奥さんが逮捕されて屋敷からいなくなった。
可哀想なのは弟だ
幼くして母親を失った
僕たち兄弟を邪魔者扱いして
殺そうとまでした継母は
滅べば良いんだ
自業自得だ
誘拐殺人が成功していたら
上の兄たちも
殺す予定だったらしい
それもみんな
自分の生んだ子に
財産を全て相続させたいと
思ったからだって
僕たちの母親には
そんな悪心がなくて
良かったよ
逮捕されて
会えなくなるよりも
夫に見捨てられても
生きていてくれる方が
どんなに良いか
僕の母親はこの世にいない
弟には罪はない
それなのになんの刑罰か
母親に会えないんだ
僕も同じだ
何の刑罰だ……
サナーはリッケを見た。落ち込もうとする心に陽が射すように微笑みが返される。
「殺しよりも刑罰の重い犯罪って、今のところないよね」とリッケがミンバイに確かめる。
そこに運天泰通が「神学の授業で、十の戒めの順番を取り上げて、神に対する罪は人間同士の殺人よりも真の神をいないものとする偶像崇拝の方が重いと説明していたんじゃなかったか」と口を挟む。眼鏡の両角を、口を隠すように親指と人差し指で上げた。
「「それ、怖いよ。」」
リッケとミンバイがハモった。
「人は殺人なんて滅多にやらないよ、ね、ミンバイ」
「でも、リッケ。偶像崇拝は簡単だ」
「簡単な方が滅多にやらないことよりも罪が重いなんて、怖いよ。教えてもらわないとわからなかった」とゲオルグが参加する。
サナーは「俺は神様よりもリッケを選ぶから、偶像崇拝かも」とリッケの肩に頭を傾けた。
「お前ら、アダムとイヴか……でも……」とゲオルグが言いける。
リッケとサナーの秘密のお話し
「この世はいつ滅ぶかわからないんだもの。大切な人と一緒にいるべきだよ」
「同感。僕たち、ラッキーだったね」
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