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第十五章 三日目の夜
(3)脱出前に&シュタイナーの決意&ゴワゴワ
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星が大河を成して夜空に横たわる。其の真下の火口から見上げると、全ての星が降ってきそうな眩暈に見舞われる。
ブルー・タニアンとてあの星星を造れる訳ではない。人間と同じ地上に生を受けた一生物だ。長きに渡って世界の頂点に君臨してきた知恵と力と慈愛は、支配者の持つべき徳であり、人間には備わっていない。星を造れずとも、ブルー・タニアンの一族は生まれながらの徳高き存在だった。
「ブルー・タニアン殿……斎姫様は如何されますか」
ライザックが傅く。
「ラーポは本当にダンジョンを壊せると思うか。ラーポは火口から飛び出してまだ帰って来ない。悩んでいるらしい」
「ラーポの悩みにお心当たりがございますか」
「有るとも。ダンジョンが崩壊するときにラーポも死ぬかもしれないのだからな。婢呼眼は残忍な女だ。まだ年端もいかぬ者に命を賭けさせるとは……」
「ラーポは……実は、リンジャンゲルハルト帝国に……」
「何故だ」
「友達ができたようです。其のリンジャンゲルハルト帝国との開戦を前に、ラーポも立場を決めなくてはならないのかもしれません」
「友の為に婢呼眼を裏切るのか、異世界人の選択が楽しみだ」
***
薄暗いダンジョンの岩戸の前に、シュタイナーと十五人の美形の兵士がいた。隠れての行軍は、不可侵条約に違反するものだが、シュタイナーはどうしてもブルー・タニアンに会っておきたかった。
思えば、ブルー・タニアンは愛する斎姫を奪った相手だ。ブルー・タニアンが所望したのではない。婢呼眼軍師長の策だが、斎姫はブルー・タニアンの生け贄にされた。まだ九才だった。シュタイナーは十四才で、大人への階段に足を掛けていた頃、一度だけ唇にそっと触れただけの初恋は、五年経った今でも胸を熱く焦がす。
「お前達は此処で待て」
「お一人で行かれるのですか 」
幼なじみのシャンタンが前に出た。岩戸の中まで付いていくぞと金髪碧眼に書かれている。
「ふ……そういう眼で睨むな。一人で行きたいのだ」
「何故です。何かあれば我々は……」
「お前を連れて行くと俺様はリンジャンゲルハルト帝国の神事部次官シュタイナー・タンジャリンの顔になり、一人なら無謀な若造シュタイナーという個人的な顔になる。大分立場が変わるだろう」
「仰せの通り……」
「だから一人で行きたいのだ。お前達は此処で待て。これを……」
シュタイナーはシャンタンの手に剣を預けた。
「何故帯刀されないので……」
「敬意だ。俺様はブルー・タニアンの援護を要請しに行くのだ。帯刀してどうする」
「もし、丸腰で何かあれば……」
「シャンタン、丸腰で敵意のないことを示すのだ。俺様が戻らなかった場合は、ブルー・タニアンは敵側だと思え」
全員に緊張が走る。十五人の中には家庭のある者もいる。五年前までのドラゴルーンとの戦いは熾烈を極めた。ドラゴルーンが低空飛行するだけで、皆が倒れ息絶えた。スメタナの魔女がドラゴルーンの腕をぶった斬ったという話は既に伝説となり、気概に燃える若者も生まれたが、しかし、やはりドラゴルーンを敵には回したくない。
「心配ない。ドラゴルーンは丸腰の者を襲わない」
シュタイナーは岩戸に向かった。薄暗いダンジョンの岩戸は一際暗い。魔獣が口を開けて待ち構えているような、先の見えない暗さだ。
「お気を付けて……」
シャンタン以下一同、傅いたままの姿勢で頭を下げた。
***
魔の海テリンエレーズの海溝の裂け目に、アリカサロメの美しい吸盤華やかな腕が八本、点滅しながら踊っている。
明日から戦いが始まるのか……楽しみだ。可愛いエスメラルダを攻撃する者は皆、此の海に引き込んでやろう。
エスメラルダ、私の娘。皆の娘。海の娘。海に愛された娘。可愛い娘。エスメラルダ。赤ちゃんのような小さな手で私の触手を握った娘。初めて、手を握られたのだ。小さな手で……可愛い小さな手で。命を感じた。尊い命……尊い娘……私の可愛いエスメラルダ。
お前の為なら全ての船を此のテリンエレーズに沈めてみせる。愛する娘が喜ぶのなら、其れが私の喜び。お前を守る。
アリカサロメは深海の寝床に浮遊しながらエスメラルダを思った。唄が生まれる。海では時々、アリカサロメとピアバランの子守唄が聞こえる。人魚達もコーラスに加わる。天使の讃美歌のように美しい歌声に引き込まれて、船が沈むテリンエレーズは魔の海。今夜も一隻の軍艦がテリンエレーズに近づく。
さぁ、おいで……リンジャンゲルハルトの男たち。此の大蛸アリカサロメが喰ってやろうではないか。エスメラルダに敵する者たち……今宵は青い軍艦か……
***
「軍師長様ぁ、そんなものをどうするのですか」
店仕舞い間近の単車販売店で、そう若くもない店主を相手に眼を輝かせていろいろ尋ねた黒マントの蝙蝠女は、ヘルメットを百個予約購入した。
「勿論被るに決まっている」
「バイクはぁ……」
「バイクも100台くらいは欲しい処だが、予約はできるか」
店主が驚く。
「百台、ですか……前金なら。しかし、免許は有りますか」
「ない。私は此の世の者ではない」
店主は絶句した。
「は………」
大女が慌てる。
「冗談ですよぉ、冗談ってばぁ、もう。軍師長、バイクは無理みたいですよぉ。ねぇ、社長さん」
「いや、無理ということはないけどね。スポーツ用のトライアルバイクなら、公道を走らなければいいのだから」
「あらっ、じゃあ其れを見せてぇ。軍師長ぉ、奥の方ですって」
大女にマントの袖口を掴まれて引っ張られ、よろよろと骨女も店の奥に進んだ。
軍師長って軍人かぁ……ヨロヨロして軍人には見えないけどなぁ……筋肉無さげだしなぁ……
「ピンナギムン……」
店主の口から生まれ島の方言が洩れた。
「人魚の言葉がわかるのか……」
蝙蝠骨女が反応した。
「アスガドゥマズムヌニャアラン」
店主は目を瞠ってから笑った。
「姉さんも宮古島さいがね」
「いや、私はサザンダーレア王国の者だ」
「あははは……姉さん面白いねぇ。わかった。うちの娘もゾンビの真似するんだ。ハロウィンでね。今回だけ特売してあげるよ。うちのエンデューロマシンは改造ものだから他所では買えない。どうだ此れは。どんな凸凹道でも安定してスピードが出せる。ジャンプ力もある。着地がブレない。素早く回転する。長時間耐久性も保証する。言うこと無しだ」
「此れを百台欲しい。明日の午前中には」
「おっとっと、百台は無理。改造に時間がかかる。改造してない奴でも此のタイプは優れものだけど、百台を明日の昼までには」
「何台出せる」
「十二台かなぁ……トライアルバイクは三十台」
「わかった。全部買い取る。取っておけ」
黒マントの腰の辺りから膨らんだ小袋が引っ張り出され、其れを手渡された店主が開けてみて驚く。黄金色に輝く綺麗な金貨。ずっしりと重い。
「ほ、本物ぉ……じゃないよね……冗談」
「レートで一個二百万相当の金貨が二十五枚、五千万か」
「うわ。お姉さん、そんなにかからないですよ。本物なら此れはちょっとまずい。山々欲しいがうちは正直正札商売だ。安売りはしても高値はつけない。手付金で七枚、もらっておきます。でも、詐欺じゃないかなぁ、本物かなぁ。ピンナギムン」
「バカスキムンサイガ」
あははと笑って、店主は手近なトライアルバイクに売約済みの赤いシールを貼り始めた。
「では、軍師長殿、明日の昼前には全てご用意してお待ちしております」
シールを手に言ってみる。
「頼むぞ」
黒マントの蝙蝠女は慣れた口調で応え、マントを翻して店を出た。
黒マントの蝙蝠骨女は軍師長……あのピンクの大女はなんだろう。化粧してるけど、喉仏があったみたいな……デラックスリンゴみたいなものか……
近い。キャデラックみかんという名前すら、もう既に読者も覚えていない死語に近いものなのだが、ひたすら近い。優れた感性のバイク屋店主である。
何処かから「ぎゃあはあはあはあはあぁぁぁ……」という烏の戦闘コーラスにも似た笑い声が聞こえてきた。
店主は急いで店を閉め、宝石店に駆け込んだ。金貨が本物であることを知って、店主は狂ったように笑う。
「見てろぉ、リンジャンゲルハルトめぇ」
「軍師長、軍師長ぉ、此処は異世界なんですよぉ。もう戦争から離れて楽しみましょぉぉ」
「無理。私は戦争に生きて世界を変える」
通行人がぎょっとして振り返る。しかし、声の主は見えない。ドラゴルーンの鱗パワーで二人は十メートルを一秒で移動している。其のくらいがゆっくり見物しながら歩く感覚らしい。
「戦争では何も変わりませんよぉ。暫く平和に似た時代が過ぎてまた戦争が続くだけですってばぁ。戦争で解決できる問題なんてありません。武力で押さえつけた問題は後から噴出するものです。軍師長ぉ、目を覚ましてぇ」
十メートル一秒でそよ風のように風景をやり過ごす。
「みかん、腹が空いた。何か食おう。あのコンビニに行こう」
「コンビニ飯ですかぁ。そば屋とかはどうです。沖縄そばは観光客に絶大な人気があるんですよ。ソーキそばとか」
「宇宙人も食ったか」
婢呼眼はちょっとした冗談のつもりで言ったが、みかんは大真面目に答えた。
「多分。沖縄に来たら必ず食べると思います。それとゴーヤーチャンプルも」
婢呼眼はふっと笑ったが、やはりいつもの痙攣りに似た表情だった。
「ゴーヤー弁当。修道女の間でバカ流行りしてた。懐かしいな。コンビニに行こう」
「違うぅ、レストランにぃ。そば屋でもいいからぁ。コンビニじゃない処にぃ。軍師長ぉ、わからず屋の彼氏みたいなこと言わないでぇ。ロマンチックじゃないぃ」
ロマンチック……お前それは無理と言うものだよみかんちゃん、と風さえも通りすぎる那覇の夜。ネオン看板賑々しく、若者の溢れた国際通りから外れた夜道でも、まだ地熱に似た熱気が纏わりつく。みかんはぶうたれて、戦争一色の婢呼眼に平和を満喫してもらいたいのにと心はのたうつ。
「お前は何故、私にロマンを求める。私は戦争にすらロマンを感じないが、戦争の結果得られる世界にはロマンを求める。お前のロマンはそば屋にあるのか」
「軍師長ぉ、男みたいなことを言わないでぇ。男の作る歴史ってバカみたいよぉ。戦争繰り返して人類淘汰しあって、双方ともに絶大な損害を被るのよぉ。復興が大変よぉ」
「その復興がロマンだ。私は六法を制定する。全世界にあの六法全書を敷く。そして平和を実現し、ドラゴルーンには支配的立場から退いてもらおう。ここで私一人が平和を味わってもそれで終われば来た意味がない。お前の世界に来たことには必ず意味がある。サザンダーレア王国だけでなく、全世界に平和をもたらす最後の戦争。聖戦だ。みかん……」
婢呼眼は立ち止まった。みかんの目に風景の揺るぎない形が戻る。
「約束しよう。戦争を繰り返さないと……明日の昼から開戦だ。それを最後の戦争にする」
「軍師長ぉ……胸キュンしちゃったぁ……」
みかんは婢呼眼をハグした。骨女はみかんの胸にすっぽり入る。
「みかん……お前の胸はゴワゴワしているな……」
きゃあああああああああああぁぁぁティッシュ入れて来ちゃったああぁ。肩パットが無かったからああああぁ。何でぇ何であたしったら軍師長をハグしちゃったのおおおおぉぉぉ。しかもしかもしかもぉやっぱり戦争するって宣言してんじゃないよぉぉ。阻止したいのに何処に胸キュンしてんだよぉぉぉ戦争はんたああああいぃぃぃ……
ブルー・タニアンとてあの星星を造れる訳ではない。人間と同じ地上に生を受けた一生物だ。長きに渡って世界の頂点に君臨してきた知恵と力と慈愛は、支配者の持つべき徳であり、人間には備わっていない。星を造れずとも、ブルー・タニアンの一族は生まれながらの徳高き存在だった。
「ブルー・タニアン殿……斎姫様は如何されますか」
ライザックが傅く。
「ラーポは本当にダンジョンを壊せると思うか。ラーポは火口から飛び出してまだ帰って来ない。悩んでいるらしい」
「ラーポの悩みにお心当たりがございますか」
「有るとも。ダンジョンが崩壊するときにラーポも死ぬかもしれないのだからな。婢呼眼は残忍な女だ。まだ年端もいかぬ者に命を賭けさせるとは……」
「ラーポは……実は、リンジャンゲルハルト帝国に……」
「何故だ」
「友達ができたようです。其のリンジャンゲルハルト帝国との開戦を前に、ラーポも立場を決めなくてはならないのかもしれません」
「友の為に婢呼眼を裏切るのか、異世界人の選択が楽しみだ」
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薄暗いダンジョンの岩戸の前に、シュタイナーと十五人の美形の兵士がいた。隠れての行軍は、不可侵条約に違反するものだが、シュタイナーはどうしてもブルー・タニアンに会っておきたかった。
思えば、ブルー・タニアンは愛する斎姫を奪った相手だ。ブルー・タニアンが所望したのではない。婢呼眼軍師長の策だが、斎姫はブルー・タニアンの生け贄にされた。まだ九才だった。シュタイナーは十四才で、大人への階段に足を掛けていた頃、一度だけ唇にそっと触れただけの初恋は、五年経った今でも胸を熱く焦がす。
「お前達は此処で待て」
「お一人で行かれるのですか 」
幼なじみのシャンタンが前に出た。岩戸の中まで付いていくぞと金髪碧眼に書かれている。
「ふ……そういう眼で睨むな。一人で行きたいのだ」
「何故です。何かあれば我々は……」
「お前を連れて行くと俺様はリンジャンゲルハルト帝国の神事部次官シュタイナー・タンジャリンの顔になり、一人なら無謀な若造シュタイナーという個人的な顔になる。大分立場が変わるだろう」
「仰せの通り……」
「だから一人で行きたいのだ。お前達は此処で待て。これを……」
シュタイナーはシャンタンの手に剣を預けた。
「何故帯刀されないので……」
「敬意だ。俺様はブルー・タニアンの援護を要請しに行くのだ。帯刀してどうする」
「もし、丸腰で何かあれば……」
「シャンタン、丸腰で敵意のないことを示すのだ。俺様が戻らなかった場合は、ブルー・タニアンは敵側だと思え」
全員に緊張が走る。十五人の中には家庭のある者もいる。五年前までのドラゴルーンとの戦いは熾烈を極めた。ドラゴルーンが低空飛行するだけで、皆が倒れ息絶えた。スメタナの魔女がドラゴルーンの腕をぶった斬ったという話は既に伝説となり、気概に燃える若者も生まれたが、しかし、やはりドラゴルーンを敵には回したくない。
「心配ない。ドラゴルーンは丸腰の者を襲わない」
シュタイナーは岩戸に向かった。薄暗いダンジョンの岩戸は一際暗い。魔獣が口を開けて待ち構えているような、先の見えない暗さだ。
「お気を付けて……」
シャンタン以下一同、傅いたままの姿勢で頭を下げた。
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魔の海テリンエレーズの海溝の裂け目に、アリカサロメの美しい吸盤華やかな腕が八本、点滅しながら踊っている。
明日から戦いが始まるのか……楽しみだ。可愛いエスメラルダを攻撃する者は皆、此の海に引き込んでやろう。
エスメラルダ、私の娘。皆の娘。海の娘。海に愛された娘。可愛い娘。エスメラルダ。赤ちゃんのような小さな手で私の触手を握った娘。初めて、手を握られたのだ。小さな手で……可愛い小さな手で。命を感じた。尊い命……尊い娘……私の可愛いエスメラルダ。
お前の為なら全ての船を此のテリンエレーズに沈めてみせる。愛する娘が喜ぶのなら、其れが私の喜び。お前を守る。
アリカサロメは深海の寝床に浮遊しながらエスメラルダを思った。唄が生まれる。海では時々、アリカサロメとピアバランの子守唄が聞こえる。人魚達もコーラスに加わる。天使の讃美歌のように美しい歌声に引き込まれて、船が沈むテリンエレーズは魔の海。今夜も一隻の軍艦がテリンエレーズに近づく。
さぁ、おいで……リンジャンゲルハルトの男たち。此の大蛸アリカサロメが喰ってやろうではないか。エスメラルダに敵する者たち……今宵は青い軍艦か……
***
「軍師長様ぁ、そんなものをどうするのですか」
店仕舞い間近の単車販売店で、そう若くもない店主を相手に眼を輝かせていろいろ尋ねた黒マントの蝙蝠女は、ヘルメットを百個予約購入した。
「勿論被るに決まっている」
「バイクはぁ……」
「バイクも100台くらいは欲しい処だが、予約はできるか」
店主が驚く。
「百台、ですか……前金なら。しかし、免許は有りますか」
「ない。私は此の世の者ではない」
店主は絶句した。
「は………」
大女が慌てる。
「冗談ですよぉ、冗談ってばぁ、もう。軍師長、バイクは無理みたいですよぉ。ねぇ、社長さん」
「いや、無理ということはないけどね。スポーツ用のトライアルバイクなら、公道を走らなければいいのだから」
「あらっ、じゃあ其れを見せてぇ。軍師長ぉ、奥の方ですって」
大女にマントの袖口を掴まれて引っ張られ、よろよろと骨女も店の奥に進んだ。
軍師長って軍人かぁ……ヨロヨロして軍人には見えないけどなぁ……筋肉無さげだしなぁ……
「ピンナギムン……」
店主の口から生まれ島の方言が洩れた。
「人魚の言葉がわかるのか……」
蝙蝠骨女が反応した。
「アスガドゥマズムヌニャアラン」
店主は目を瞠ってから笑った。
「姉さんも宮古島さいがね」
「いや、私はサザンダーレア王国の者だ」
「あははは……姉さん面白いねぇ。わかった。うちの娘もゾンビの真似するんだ。ハロウィンでね。今回だけ特売してあげるよ。うちのエンデューロマシンは改造ものだから他所では買えない。どうだ此れは。どんな凸凹道でも安定してスピードが出せる。ジャンプ力もある。着地がブレない。素早く回転する。長時間耐久性も保証する。言うこと無しだ」
「此れを百台欲しい。明日の午前中には」
「おっとっと、百台は無理。改造に時間がかかる。改造してない奴でも此のタイプは優れものだけど、百台を明日の昼までには」
「何台出せる」
「十二台かなぁ……トライアルバイクは三十台」
「わかった。全部買い取る。取っておけ」
黒マントの腰の辺りから膨らんだ小袋が引っ張り出され、其れを手渡された店主が開けてみて驚く。黄金色に輝く綺麗な金貨。ずっしりと重い。
「ほ、本物ぉ……じゃないよね……冗談」
「レートで一個二百万相当の金貨が二十五枚、五千万か」
「うわ。お姉さん、そんなにかからないですよ。本物なら此れはちょっとまずい。山々欲しいがうちは正直正札商売だ。安売りはしても高値はつけない。手付金で七枚、もらっておきます。でも、詐欺じゃないかなぁ、本物かなぁ。ピンナギムン」
「バカスキムンサイガ」
あははと笑って、店主は手近なトライアルバイクに売約済みの赤いシールを貼り始めた。
「では、軍師長殿、明日の昼前には全てご用意してお待ちしております」
シールを手に言ってみる。
「頼むぞ」
黒マントの蝙蝠女は慣れた口調で応え、マントを翻して店を出た。
黒マントの蝙蝠骨女は軍師長……あのピンクの大女はなんだろう。化粧してるけど、喉仏があったみたいな……デラックスリンゴみたいなものか……
近い。キャデラックみかんという名前すら、もう既に読者も覚えていない死語に近いものなのだが、ひたすら近い。優れた感性のバイク屋店主である。
何処かから「ぎゃあはあはあはあはあぁぁぁ……」という烏の戦闘コーラスにも似た笑い声が聞こえてきた。
店主は急いで店を閉め、宝石店に駆け込んだ。金貨が本物であることを知って、店主は狂ったように笑う。
「見てろぉ、リンジャンゲルハルトめぇ」
「軍師長、軍師長ぉ、此処は異世界なんですよぉ。もう戦争から離れて楽しみましょぉぉ」
「無理。私は戦争に生きて世界を変える」
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「戦争では何も変わりませんよぉ。暫く平和に似た時代が過ぎてまた戦争が続くだけですってばぁ。戦争で解決できる問題なんてありません。武力で押さえつけた問題は後から噴出するものです。軍師長ぉ、目を覚ましてぇ」
十メートル一秒でそよ風のように風景をやり過ごす。
「みかん、腹が空いた。何か食おう。あのコンビニに行こう」
「コンビニ飯ですかぁ。そば屋とかはどうです。沖縄そばは観光客に絶大な人気があるんですよ。ソーキそばとか」
「宇宙人も食ったか」
婢呼眼はちょっとした冗談のつもりで言ったが、みかんは大真面目に答えた。
「多分。沖縄に来たら必ず食べると思います。それとゴーヤーチャンプルも」
婢呼眼はふっと笑ったが、やはりいつもの痙攣りに似た表情だった。
「ゴーヤー弁当。修道女の間でバカ流行りしてた。懐かしいな。コンビニに行こう」
「違うぅ、レストランにぃ。そば屋でもいいからぁ。コンビニじゃない処にぃ。軍師長ぉ、わからず屋の彼氏みたいなこと言わないでぇ。ロマンチックじゃないぃ」
ロマンチック……お前それは無理と言うものだよみかんちゃん、と風さえも通りすぎる那覇の夜。ネオン看板賑々しく、若者の溢れた国際通りから外れた夜道でも、まだ地熱に似た熱気が纏わりつく。みかんはぶうたれて、戦争一色の婢呼眼に平和を満喫してもらいたいのにと心はのたうつ。
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「軍師長ぉ、男みたいなことを言わないでぇ。男の作る歴史ってバカみたいよぉ。戦争繰り返して人類淘汰しあって、双方ともに絶大な損害を被るのよぉ。復興が大変よぉ」
「その復興がロマンだ。私は六法を制定する。全世界にあの六法全書を敷く。そして平和を実現し、ドラゴルーンには支配的立場から退いてもらおう。ここで私一人が平和を味わってもそれで終われば来た意味がない。お前の世界に来たことには必ず意味がある。サザンダーレア王国だけでなく、全世界に平和をもたらす最後の戦争。聖戦だ。みかん……」
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「軍師長ぉ……胸キュンしちゃったぁ……」
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「みかん……お前の胸はゴワゴワしているな……」
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