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第二話/逃亡者、早見 蓮
第八話/交戦
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蓮は地面に膝をつく。
アリスが涙を流してこちらを見つめているが、尽くす手はない、そう思ってしまった。 アリスは男に腹を蹴り上げられて二メートルほど飛んで、そのまま壁に頭蓋が衝突、四肢を切断された痛みに耐えかねてか、呻き声をあげると意識を失う。
一歩、一歩、着実に男が蓮に近づいてくる。
アリスの四肢を切断され、自分も殺されようとしているというのに何もできない。 こんな危機的状況下で蓮の心を支配したのは自責の念と、諦観だった。
「どうせ死に行く者だ、教えてやろう」
その言葉で、蓮の意識が内から外━━眼前の男へと向く。
「冥土の土産に聞いておけ。 お前のアパートで飼われていた悪魔達を殺したのは我々、公安警察から編成されたハンター【公安ハンター】の第二課の人間達だ。 俺は第一課の葛木 善二。 お前を片付けに来た」
悪魔達を殺したのは━━そこで蓮の中で燻っていた憎しみの炎が、決して消火できない復讐者の黒い炎が激しく燃え上がった。
「覚悟しろ、早見 蓮━━━━」
言って、葛木は腰に装備した帯刀している刀の柄に手を添え、駆け出す。
「覚悟すんのはてめえの方だ! ぶっ殺す! クソ野郎!」
家族も同然のリタ、エナ、アサヒの三人を殺され、相棒のアリスも死に至るのは時間の問題……こんな目に合わせられて、黙って殺されてやるか! 怒りで歯を食いしばり、額に血管が浮き上がる。
蓮は勝算もないままに駆け出した。
葛木が柄を握り締め、刀を鞘から抜き取る動作を取る。
綺麗に磨かれた刀身が妖しく、異質に光っている。 おそらくはアビス産の武器だろう、それもグレードの高い。 蓮はその刀の放つ光の異質さ、そして生命力で武装した悪魔の四肢を綺麗に切断した凄まじい切れ味から推測する。
しかし、その刀が抜かれる前に蓮は猪の如く突進━━直撃した葛木は肺から息を吐き尽くす。 そのまま勢いを殺しきれず、後ろに飛ばされる。
「クッ……悪魔よりも頭のイカれた人間の方が恐ろしいな」
葛木は唾液で濡れた口元を手の甲で拭うとそう言って刀を抜き取り、構える━━と、四方向に剣を振るった。
蓮はその動作を見て、一つの確信に近いものを持つ。 これは、あの刀の性質(スキル)で、あの動作はおそらく斬撃を蓄積させているもの。
アリスの四肢を一薙で切断したのも、この性質によるものだろう。
葛木は蓮との距離を詰めることはせず、その場で抜刀━━斜めに空気を裂く。
それを目視した蓮は自分の推測を信じて、その場にしゃがみこむ。
と、激しい破砕音と粉塵を立てて蓮の後ろが崩れ落ちる。 やはり、自分の推測は正しかった。 蓮は心臓がバクバク言うのを抑えて立ち上がる。
怒りでつい先ほどまで我を忘れていたが、今になって緊張感を覚え、頬に冷や汗が伝う。 冷静さを取り戻し、紙一重で斬撃を躱せたのは、奇跡に等しかったからだ。
体制を整えるとほぼ同時に葛木が蓮に切りかかる。
蓮は黒艶の刀で鍔迫り合いに持ち込む━━しかし、蓮の膂力はやはり平均的な成人男性と比べても劣るもの、公安ハンターという編成組織の人間と比べたら遥かに劣るだろう。 すぐに押されはじめ、刀を握る手が震え出す。
もう、限界だ。
葛木の神経が鍔迫り合いに全集中していることを信じて、蓮は脚蹴で葛木の脚を振り払って、体制を崩させ、隙を作り後退━━━━充分に距離を取る。
成功だ。 蓮は不敵な笑みを浮かべる。
葛木は空中に向かって刀を振るい、斬撃を蓄積しながら蓮との距離を詰めていく。 その斬撃の数、数十を超える。
次の一撃は避けられない、確実に致命撃となるだろう。
蓮の頭の中で無数の「どうする?」という考えがパンクしそうなくらいに増殖していく。 焦燥に呑まれそうになりながらも、いや焦燥に呑まれた末か━━蓮は葛木に向かって、黒艶の刀を逆手に握り締め、投擲した。
日本刀は案の定、狙いを誤ち標的の葛木を外れる形となった。 しかし、葛木は避ける動作を取り、宙に浮く形となる。
刹那、蓮の頭に電撃の如く思考が走り抜ける。 思いつくや否や、僅かな可能性に賭け、性質持ちの脇差を鞘から抜き取ると逆手に構えた。 バチと音を立てて電撃が刀身に走る。
「━━━━紫電…………一閃!!」
床に着地した葛木は両手首から少量の出血。 当然のように不思議に思ったが、先頭では一秒の油断が命取り……とどめを刺さんと蓮に向かって駆ける。
が、あと一歩というところで刀を取り落としてしまう。 まるで、手の筋組織が硬化してしまったように、一ミリも動かない。 理解のできない事象に、思わず葛木は追撃を逡巡する。
そう、蓮は葛木が刀に斬撃を蓄積させていたように、同じ性質の脇差に予め、ソロで戦う時に役に立つだろうとアリスの電撃を蓄積させていたのだった。 その電撃をどういった理屈か、体に流し、目にも止まらぬ速度の剣技「紫電一閃」によって葛木の両手の神経を切断した。
が、それに対して蓮はタイミングを見逃さなかった。 一瞬で葛木との距離を詰めて脇差の柄でがら空きになった腹部を勢いよく殴打。
葛木の肺から空気が一ミリ足りとも残さずに吐き出され、思考が停止する。
間髪入れずに蓮は葛木の後方に回り込み、後頭部にかかと落としを喰らわせる。
葛木はグッと声を漏らすと、力が抜けて地面に倒れ込む。
まだ殺しはしない、気絶させただけだ。 それにもし仮に殺すとしても、三人を殺した公安ハンター第二課の奴らだ。 そう言い聞かせて蓮は自制心を保ち、気を失っているアリスの元に駆ける。
「……間に合えッ」
アリスの頭を膝に運んで、頬を叩いて意識を取り戻させる。
「お兄……さん」
痛みからか、アリスの目尻には涙が溜まり、歯を食いしばっている。
「もう少しだけ、待ってくれ」
蓮は深緑色のリュックサックの小ポケットから、真紅色の液体が入ったパックを取り出し、白いキャップを外し、それをアリスの口元に運んだ。 これの中身は凝固しない薬剤を混ぜた血液パックだ。
悪魔使いの他にも悪魔の生態を研究する機関や、人身の売買を行う組織が存在し、アビスの外で悪魔を生存させる必要があるため、ハンターショップの隅に置かれていることが稀にある。
主にこれを必要とするのは公的機関で、おまけに公的機関は病院から輸血パックを買っているので、一般層には需要が低く、値段は高かったが、蓮はアリスが致命傷を受けるのを想定して、グレーのハンターショップで偶然、見つけた時に金に糸目を付けずに三つ買っておいたのであった。
「ほら、これを飲め」
アリスは震える唇をなんとか開いて血液を摂取するが━━一向に斬られた四肢が接合される様子はない。
蓮の額に汗が流れる。 時間が経過すれば、公安ハンターの凶手がまたやってくるかもしれない。 また、アリスの四肢は二度とくっつかないのだろうか? という焦燥もあった。
血液パックが半分ほど空いたところで、胴体と四肢の切断面から筋組織が穴から出てくるミミズのように這い出てきた。 接合が始まる。
蓮は額に汗をかきながら、慎重にアリスの四肢を切断面の近くに置く。 そうしてまた、血液を摂取させる。
青ざめていた顔に生気が出てきて、胴体と四肢から伸びた筋組織が時間をかけて接合される。 ほどなくして、血液パックは空になる。
それから一分ほどしてゆっくりと四肢と胴体は接合され、皮膚も絵の具で塗り潰すように癒着し肉を隠していき、事なきを得る。 蓮は安心し切って額の汗を袖で拭う。
「よかった……俺はお前まで失ったら、なにをどうしたらいいのか……」
蓮はアリスを抱き締めるが、違和感を覚える。 まるで重い人形を抱いているようだ、と。
「お兄さん……」
アリスは申し訳なさそうか顔を浮かべながら語り出した。 四肢は接合したが感覚がないこと、上手く動かせないこと。
蓮の頭に不安が過ぎるが、すぐにそれはいらない心配だと気付く。 以前にもエナが手首を切断され、接合したことがあるのだが、接合から三日もすればすっかり元に戻っていたからだ。
「大丈夫だ、すぐに動かせるようになるよ。 それまでは俺がお前を背負って歩く」
蓮が自分のリュックサックを腹側に回し、空いた背中でアリスを背負い、彼女のリュックサックを左手に掛けた。
「お兄さん……好きです」
アリスは顔を赤らめながらそう言った。 蓮も思わず赤面してしまう。 その後、その告白を半ば本気に受け入れている自分がいることを知ると、我ながらロリコンが過ぎるな、と蓮は苦笑する。
『まだ、やることがあったな』
蓮は脇差を逆手に構え、気を失っている葛木に近付く。 葛木を叩き起して、情報を聞き出さなければならないだろう。
葛木までの距離が三メートルを切る。
━━━━その刹那、葛木の頭がスイカが割れるかの如く、音を立てて破裂した。 頭部を循環していた血液や脳が吹き飛び、蓮の右頬を、石材の壁を、水性ペンでぐちゃぐちゃに書き殴ったように紅く染める。
襲撃だ! 蓮は脇差に残された電力を先程と同じように身体に流し、紫電一閃の要領で窓ガラスを破って外に出て、脇目も振らずに光の如き速度で移動。 屋根という屋根を飛び移り、少しでも後藤邸から離れる。 大型デパートの屋上に立った辺りで電力が切れたのか、人間の走行速度に戻った。
蓮はデパート屋上の会場の物陰に隠れるとアリスを地面に寝かせ、XD拳銃を周りに照準して追撃を警戒する。
五分ほど経過━━追撃の気配はない。 しかし、まだ安心はできないだろう。 組織は何かしらの位置情報デバイスを用いて蓮を追跡しているかもしれない。 それに、蓮は射撃は耐久、集中力との勝負だとも聞いていた。
蓮の頭が病気めいた妄想でいっぱいになる。
十五分が経過━━XD拳銃をリュックサックに乱暴に詰め込むと、血に濡れた服を一分にも満たない時間で着替えた。 辺りに人がいないのが幸いだった。
蓮は動けないアリスの服も着替えさせてやると、辺りを睨め回し、思い切って走ると、室内に繋がるドアのノブを捻り、デパートの内部に入る。
あまりに脇目も振らずに急いでいたので、階段をどうやって降りてきたか、定かではない。
「はぁ……敗者はなんの躊躇いもなく消す……か、まったく改めて恐ろしい奴らを敵に回したもんだ」
トイレ前の休憩所にアリスを座らせると、蓮は嘆息をつく。
「緊張したら喉乾いたな、なんか買ってくるよ。 何がいい?」
蓮は少しでも明るく努めようと、アリスに先程の凄惨な現場を忘れさせようと新しい話題を出す。
「オレンジジュース……炭酸のやつでお願いします……」
また、アリスも明るく努めようとしていたが、明らかに彼女の顔は曇っていた。
蓮にとってもあの惨状は到底、忘れられるものではなかったのだが。 いつ、殺されるか。 そんなことを考えていると気が気ではなかった。
蓮は力が抜けたように椅子に座っているアリスの頭を撫でてやると、正面の自動販売機まで歩いていって、五百円玉を後ろポケットの中の黒革の財布から取り出して、柑橘系の炭酸飲料と濃い緑茶を購入。 アリスのところに戻ってキャップを開けてやって、ゆっくりと飲ませてやる。
そうすると、アリスは少し安心したようで強ばった表情を崩してくれた。 蓮はそれを素直に嬉しく思うが、今夜、寝泊まりをする場所すら確かでないことを考えると、やはり簡単には明るい気持ちになれなかった。
目黒区のアビスが頭を過ぎるが、目黒区のアビスは既に攻略済み、消滅している。クソっ!
蓮はアリスに焦燥を悟られないように、少しでも冷静な思考を取り戻すために、冷たい緑茶を口に含み飲み込んだ。 この緑茶は普段から愛飲しているのだが、心做しかいつもよりも苦く感じる。
しかし、五臓六腑に冷たい水分が染み込むと、やはり少し気持ちが楽になった。
暗殺や凍死の心配はもちろんあるが、当面は宿探しに尽力だな、と気合いを入れる。
第二章「逃亡者、早見 蓮」 完
アリスが涙を流してこちらを見つめているが、尽くす手はない、そう思ってしまった。 アリスは男に腹を蹴り上げられて二メートルほど飛んで、そのまま壁に頭蓋が衝突、四肢を切断された痛みに耐えかねてか、呻き声をあげると意識を失う。
一歩、一歩、着実に男が蓮に近づいてくる。
アリスの四肢を切断され、自分も殺されようとしているというのに何もできない。 こんな危機的状況下で蓮の心を支配したのは自責の念と、諦観だった。
「どうせ死に行く者だ、教えてやろう」
その言葉で、蓮の意識が内から外━━眼前の男へと向く。
「冥土の土産に聞いておけ。 お前のアパートで飼われていた悪魔達を殺したのは我々、公安警察から編成されたハンター【公安ハンター】の第二課の人間達だ。 俺は第一課の葛木 善二。 お前を片付けに来た」
悪魔達を殺したのは━━そこで蓮の中で燻っていた憎しみの炎が、決して消火できない復讐者の黒い炎が激しく燃え上がった。
「覚悟しろ、早見 蓮━━━━」
言って、葛木は腰に装備した帯刀している刀の柄に手を添え、駆け出す。
「覚悟すんのはてめえの方だ! ぶっ殺す! クソ野郎!」
家族も同然のリタ、エナ、アサヒの三人を殺され、相棒のアリスも死に至るのは時間の問題……こんな目に合わせられて、黙って殺されてやるか! 怒りで歯を食いしばり、額に血管が浮き上がる。
蓮は勝算もないままに駆け出した。
葛木が柄を握り締め、刀を鞘から抜き取る動作を取る。
綺麗に磨かれた刀身が妖しく、異質に光っている。 おそらくはアビス産の武器だろう、それもグレードの高い。 蓮はその刀の放つ光の異質さ、そして生命力で武装した悪魔の四肢を綺麗に切断した凄まじい切れ味から推測する。
しかし、その刀が抜かれる前に蓮は猪の如く突進━━直撃した葛木は肺から息を吐き尽くす。 そのまま勢いを殺しきれず、後ろに飛ばされる。
「クッ……悪魔よりも頭のイカれた人間の方が恐ろしいな」
葛木は唾液で濡れた口元を手の甲で拭うとそう言って刀を抜き取り、構える━━と、四方向に剣を振るった。
蓮はその動作を見て、一つの確信に近いものを持つ。 これは、あの刀の性質(スキル)で、あの動作はおそらく斬撃を蓄積させているもの。
アリスの四肢を一薙で切断したのも、この性質によるものだろう。
葛木は蓮との距離を詰めることはせず、その場で抜刀━━斜めに空気を裂く。
それを目視した蓮は自分の推測を信じて、その場にしゃがみこむ。
と、激しい破砕音と粉塵を立てて蓮の後ろが崩れ落ちる。 やはり、自分の推測は正しかった。 蓮は心臓がバクバク言うのを抑えて立ち上がる。
怒りでつい先ほどまで我を忘れていたが、今になって緊張感を覚え、頬に冷や汗が伝う。 冷静さを取り戻し、紙一重で斬撃を躱せたのは、奇跡に等しかったからだ。
体制を整えるとほぼ同時に葛木が蓮に切りかかる。
蓮は黒艶の刀で鍔迫り合いに持ち込む━━しかし、蓮の膂力はやはり平均的な成人男性と比べても劣るもの、公安ハンターという編成組織の人間と比べたら遥かに劣るだろう。 すぐに押されはじめ、刀を握る手が震え出す。
もう、限界だ。
葛木の神経が鍔迫り合いに全集中していることを信じて、蓮は脚蹴で葛木の脚を振り払って、体制を崩させ、隙を作り後退━━━━充分に距離を取る。
成功だ。 蓮は不敵な笑みを浮かべる。
葛木は空中に向かって刀を振るい、斬撃を蓄積しながら蓮との距離を詰めていく。 その斬撃の数、数十を超える。
次の一撃は避けられない、確実に致命撃となるだろう。
蓮の頭の中で無数の「どうする?」という考えがパンクしそうなくらいに増殖していく。 焦燥に呑まれそうになりながらも、いや焦燥に呑まれた末か━━蓮は葛木に向かって、黒艶の刀を逆手に握り締め、投擲した。
日本刀は案の定、狙いを誤ち標的の葛木を外れる形となった。 しかし、葛木は避ける動作を取り、宙に浮く形となる。
刹那、蓮の頭に電撃の如く思考が走り抜ける。 思いつくや否や、僅かな可能性に賭け、性質持ちの脇差を鞘から抜き取ると逆手に構えた。 バチと音を立てて電撃が刀身に走る。
「━━━━紫電…………一閃!!」
床に着地した葛木は両手首から少量の出血。 当然のように不思議に思ったが、先頭では一秒の油断が命取り……とどめを刺さんと蓮に向かって駆ける。
が、あと一歩というところで刀を取り落としてしまう。 まるで、手の筋組織が硬化してしまったように、一ミリも動かない。 理解のできない事象に、思わず葛木は追撃を逡巡する。
そう、蓮は葛木が刀に斬撃を蓄積させていたように、同じ性質の脇差に予め、ソロで戦う時に役に立つだろうとアリスの電撃を蓄積させていたのだった。 その電撃をどういった理屈か、体に流し、目にも止まらぬ速度の剣技「紫電一閃」によって葛木の両手の神経を切断した。
が、それに対して蓮はタイミングを見逃さなかった。 一瞬で葛木との距離を詰めて脇差の柄でがら空きになった腹部を勢いよく殴打。
葛木の肺から空気が一ミリ足りとも残さずに吐き出され、思考が停止する。
間髪入れずに蓮は葛木の後方に回り込み、後頭部にかかと落としを喰らわせる。
葛木はグッと声を漏らすと、力が抜けて地面に倒れ込む。
まだ殺しはしない、気絶させただけだ。 それにもし仮に殺すとしても、三人を殺した公安ハンター第二課の奴らだ。 そう言い聞かせて蓮は自制心を保ち、気を失っているアリスの元に駆ける。
「……間に合えッ」
アリスの頭を膝に運んで、頬を叩いて意識を取り戻させる。
「お兄……さん」
痛みからか、アリスの目尻には涙が溜まり、歯を食いしばっている。
「もう少しだけ、待ってくれ」
蓮は深緑色のリュックサックの小ポケットから、真紅色の液体が入ったパックを取り出し、白いキャップを外し、それをアリスの口元に運んだ。 これの中身は凝固しない薬剤を混ぜた血液パックだ。
悪魔使いの他にも悪魔の生態を研究する機関や、人身の売買を行う組織が存在し、アビスの外で悪魔を生存させる必要があるため、ハンターショップの隅に置かれていることが稀にある。
主にこれを必要とするのは公的機関で、おまけに公的機関は病院から輸血パックを買っているので、一般層には需要が低く、値段は高かったが、蓮はアリスが致命傷を受けるのを想定して、グレーのハンターショップで偶然、見つけた時に金に糸目を付けずに三つ買っておいたのであった。
「ほら、これを飲め」
アリスは震える唇をなんとか開いて血液を摂取するが━━一向に斬られた四肢が接合される様子はない。
蓮の額に汗が流れる。 時間が経過すれば、公安ハンターの凶手がまたやってくるかもしれない。 また、アリスの四肢は二度とくっつかないのだろうか? という焦燥もあった。
血液パックが半分ほど空いたところで、胴体と四肢の切断面から筋組織が穴から出てくるミミズのように這い出てきた。 接合が始まる。
蓮は額に汗をかきながら、慎重にアリスの四肢を切断面の近くに置く。 そうしてまた、血液を摂取させる。
青ざめていた顔に生気が出てきて、胴体と四肢から伸びた筋組織が時間をかけて接合される。 ほどなくして、血液パックは空になる。
それから一分ほどしてゆっくりと四肢と胴体は接合され、皮膚も絵の具で塗り潰すように癒着し肉を隠していき、事なきを得る。 蓮は安心し切って額の汗を袖で拭う。
「よかった……俺はお前まで失ったら、なにをどうしたらいいのか……」
蓮はアリスを抱き締めるが、違和感を覚える。 まるで重い人形を抱いているようだ、と。
「お兄さん……」
アリスは申し訳なさそうか顔を浮かべながら語り出した。 四肢は接合したが感覚がないこと、上手く動かせないこと。
蓮の頭に不安が過ぎるが、すぐにそれはいらない心配だと気付く。 以前にもエナが手首を切断され、接合したことがあるのだが、接合から三日もすればすっかり元に戻っていたからだ。
「大丈夫だ、すぐに動かせるようになるよ。 それまでは俺がお前を背負って歩く」
蓮が自分のリュックサックを腹側に回し、空いた背中でアリスを背負い、彼女のリュックサックを左手に掛けた。
「お兄さん……好きです」
アリスは顔を赤らめながらそう言った。 蓮も思わず赤面してしまう。 その後、その告白を半ば本気に受け入れている自分がいることを知ると、我ながらロリコンが過ぎるな、と蓮は苦笑する。
『まだ、やることがあったな』
蓮は脇差を逆手に構え、気を失っている葛木に近付く。 葛木を叩き起して、情報を聞き出さなければならないだろう。
葛木までの距離が三メートルを切る。
━━━━その刹那、葛木の頭がスイカが割れるかの如く、音を立てて破裂した。 頭部を循環していた血液や脳が吹き飛び、蓮の右頬を、石材の壁を、水性ペンでぐちゃぐちゃに書き殴ったように紅く染める。
襲撃だ! 蓮は脇差に残された電力を先程と同じように身体に流し、紫電一閃の要領で窓ガラスを破って外に出て、脇目も振らずに光の如き速度で移動。 屋根という屋根を飛び移り、少しでも後藤邸から離れる。 大型デパートの屋上に立った辺りで電力が切れたのか、人間の走行速度に戻った。
蓮はデパート屋上の会場の物陰に隠れるとアリスを地面に寝かせ、XD拳銃を周りに照準して追撃を警戒する。
五分ほど経過━━追撃の気配はない。 しかし、まだ安心はできないだろう。 組織は何かしらの位置情報デバイスを用いて蓮を追跡しているかもしれない。 それに、蓮は射撃は耐久、集中力との勝負だとも聞いていた。
蓮の頭が病気めいた妄想でいっぱいになる。
十五分が経過━━XD拳銃をリュックサックに乱暴に詰め込むと、血に濡れた服を一分にも満たない時間で着替えた。 辺りに人がいないのが幸いだった。
蓮は動けないアリスの服も着替えさせてやると、辺りを睨め回し、思い切って走ると、室内に繋がるドアのノブを捻り、デパートの内部に入る。
あまりに脇目も振らずに急いでいたので、階段をどうやって降りてきたか、定かではない。
「はぁ……敗者はなんの躊躇いもなく消す……か、まったく改めて恐ろしい奴らを敵に回したもんだ」
トイレ前の休憩所にアリスを座らせると、蓮は嘆息をつく。
「緊張したら喉乾いたな、なんか買ってくるよ。 何がいい?」
蓮は少しでも明るく努めようと、アリスに先程の凄惨な現場を忘れさせようと新しい話題を出す。
「オレンジジュース……炭酸のやつでお願いします……」
また、アリスも明るく努めようとしていたが、明らかに彼女の顔は曇っていた。
蓮にとってもあの惨状は到底、忘れられるものではなかったのだが。 いつ、殺されるか。 そんなことを考えていると気が気ではなかった。
蓮は力が抜けたように椅子に座っているアリスの頭を撫でてやると、正面の自動販売機まで歩いていって、五百円玉を後ろポケットの中の黒革の財布から取り出して、柑橘系の炭酸飲料と濃い緑茶を購入。 アリスのところに戻ってキャップを開けてやって、ゆっくりと飲ませてやる。
そうすると、アリスは少し安心したようで強ばった表情を崩してくれた。 蓮はそれを素直に嬉しく思うが、今夜、寝泊まりをする場所すら確かでないことを考えると、やはり簡単には明るい気持ちになれなかった。
目黒区のアビスが頭を過ぎるが、目黒区のアビスは既に攻略済み、消滅している。クソっ!
蓮はアリスに焦燥を悟られないように、少しでも冷静な思考を取り戻すために、冷たい緑茶を口に含み飲み込んだ。 この緑茶は普段から愛飲しているのだが、心做しかいつもよりも苦く感じる。
しかし、五臓六腑に冷たい水分が染み込むと、やはり少し気持ちが楽になった。
暗殺や凍死の心配はもちろんあるが、当面は宿探しに尽力だな、と気合いを入れる。
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途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。
その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。
そして、世界存亡の危機。
全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した……
※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。
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