鬼子の嫁

白木 犀

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序章/prelude

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びゅうびゅうと冷たい風が命を持つ者の体温と命を奪う銀世界。 そこには、くっきりと除雪されたところにマンホールのような、十字架とその周りに五芒星や記号の刻印された、円形の分厚い鉄板があった。

そのマークは世界で最も大きな規模を誇る宗教団体「唯一神教」のもの。

数多の人が行き交う路地の裏。

砂漠の真ん中に聳立する古城の地下室。

都内に建設された大きな協会の宗教画の裏にある隠れ部屋など。 世界中の至る所にそれはあった。

それぞれ鉄板の下には、火の灯された蝋燭が等間隔で壁に設置された石造りの道が続き、その最奥には赤錆の浮かんだ鋼鉄のドアがある。
その中では、紺を基調とした修道服に身を包んだ四人の男女が、天井に掛けられた古ぼけたシャンデリアだけが部屋を照らしている、薄暗い円卓を囲んで話をしていた。

「極東の島で吸血鬼の活動らしきものが観測されたとのことだが、どうする? 『十傑(じゅっけつ)』を派遣するか?」

白髭を鼻と顎の下に蓄えた齢六十ほどの初老の男性が顎の下で手を組んで、三人に問いかける。

「十傑を送れば、間違いなく吸血鬼を仕留められることでしょう。 しかし、いくつかの目撃情報を照合すると、相手はあの『ヘイル=ローケスト』である可能性が非常に高いです。 十傑を送ったとしても、確実に我々の思うように事が進むとは限らない。 最悪の場合、規模の大きな『聖戦』になって我々の存在が世間に周知されるということになる。 それだけは避けたい」

銀縁の眼鏡をかけて、黄金色の頭髪をオールバックに固めた長身で肩幅の広い男はそう言うと、胸ポケットから赤と白を基調としたソフトパッケージからタバコを取り出し、あたかも不機嫌そうな顔色を浮かべながら口に咥えたタバコに火をつけた。

タバコの先端から昇る紫煙が室内の電灯に向かって昇り、空気に溶けていく。 それから一分ほど、空間を静寂が支配したあと。

「それは、そこに住む愛すべき信仰者たちを見殺しにするという見解ですか?」

ベールの下、ブロンドの髪を額の上で分けた、整った顔の女性が不敵な笑みを浮かべて言った。

「私は十傑と比べると格段に戦闘能力や魔力量、経験では劣りますが、ことひっそりと殺すことには定評のある駒を持っていましてね。 それを送るというのは、どうでしょうか」

駒という言葉を発すると同時、この場にいる全員の視線がその女性に集中し、空気が張り詰める。

「アメリア……あの駒は君に預けられているとはいえ、『特級禁忌指定』の存在だ。 ターゲットを仕留めるのに失敗して失う可能性、我々の目が届かない極東の島で自由にさせることで脱走のリスクが生じる可能性……リスクが大きすぎる。 上が許可を出すとは思えない」

初老の男性はアメリアと呼ばれた女性に訝しげな眼差しを向けると、苦言を呈した。
それを最後まで聞き終えると、アメリアはにやりと再び不敵な笑みを浮かべて、一枚の紙を円卓の中央に置く。

「これを見てください。 法権皇様とミスター天童のサインが記入された書類です。 ここに来る前に、英国本部に寄ってサインを頂いてきました」

皆の視線が書類の下部に記入された英文字の赤いサインに向くと、空気が凍りつく。

刹那━━だん、と円卓が強く叩かれる音。
ずっと押し黙っていた、筋骨隆々で黒い頭髪を短く切り揃えた強面の男がアメリアを睨みつける。

「アメリア! 率直に聞くぞ、お前は一体何を企んでいるんだ?」

アメリアは肩を竦めると、仕方ないという顔で語り出した。

「やはり、バレてしまいましたか。 どうやらジャパンには我々とは違う派閥で、違う法の魔術を扱い、それでいて魔を滅している体系があるらしく、個人的に気になったのです。 なので駒を使って吸血鬼退治のついでに、彼らを偵察、場合によっては牽制をしておこうかなという意図です」

言い終えると、にこにこと強面の男に笑顔で返す。

「……」

強面の男は再び押し黙るが、アメリアを睨め付ける鋭い眼光だけは変わらず向けている。 「お前の目的はそれだけではないだろう」とでも言うように。

「それでは、アレを処刑人として実戦投入することとする。 異議のある者はいないな?」

初老の男性が額の汗を忙しげにハンカチで拭ったあとに問うと、アメリア以外の二人はしぶしぶ首肯。
そうして、こほんと咳払いをすると、解散を告げ、会議は終了となる。

四人の男女が全部で十八つある出入口にそれぞれ向かっていく。

世界で最も大きな規模の宗教団体である唯一神教は、このように暗部で魔の者を滅する為に「処刑人」という人材を育成、派遣していた。 また、それを知る人間はかなり少数の人間に限られてくる。

そして唯一神教から処刑人が、魔を滅するべく日本に派遣されるのはこれが初めてのケースだった。

今、世界に小さな歪みが生まれ、その歪みが一つの街を飲み込むほどに大きくならんとしていた。
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