雨上がりの約束

マッシー 短編小説家

文字の大きさ
1 / 1

雨上がりの約束

しおりを挟む
灰色の雲が低く垂れ込めた午後、私は最寄り駅から家へ向かう途中だった。傘を差しているのに、強い風でスニーカーが濡れ、歩くたびに気持ち悪い音がする。こんな日くらい、遠回りせずに最短ルートを選べばよかったと後悔しながらも、いつもの通り道を歩いていた。

道沿いの小さな公園を通り過ぎようとしたとき、ベンチに座る一人の男性が目に入った。濡れた髪からぽたぽたと水滴が垂れ、薄いシャツの袖口がべったりと貼りついている。こんな雨の中、なぜ外にいるのだろう。気になったが、赤の他人に声をかける勇気もなく、そのまま通り過ぎようとした。

「傘、持ってないんですか?」
足が止まった。私が発した言葉だった。意識するより先に声が出ていた。

男は少し驚いた表情を見せたが、すぐに小さく笑みを浮かべた。「いや、持ってたんだけど、壊れちゃって。まあ、雨が嫌いじゃないから、いいかなって」

そんな返事を期待していなかった私は戸惑った。「それでも風邪ひきますよ」と言いながら、彼に自分の傘を差し出した。

「君は?」彼が眉をひそめる。

「私の家、もうすぐだから平気です」と答えたけれど、それは本当の理由ではなかった。なぜだろう、放っておけない気がしたのだ。

彼はしばらく私を見つめていたが、やがて「ありがとう」と呟き、傘を受け取った。そして、「お礼に、またどこかで会ったら何か奢らせて」と笑った。

私はそのまま振り返らずに家へ向かった。後ろから聞こえた「ありがとう」が、耳に何度も残った。

それから一週間後、雨上がりの同じ公園で、彼と再び出会った。

「やっぱり君だったね」傘を持った彼が笑顔で近づいてきた。

運命なんて信じたことはなかったけれど、この瞬間だけは違った。雨が止み、雲間から覗く夕日が、彼の背中に光の輪を作っていた。

その日、私たちはゆっくりと名前を交換し、歩き始めた。これが、二人の物語の始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

真実の愛の祝福

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。 だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。 それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。 カクヨム、小説家になろうにも掲載。 筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...