MIRAI~美少年な王子様は愛されて当然なんです~『改訂版』

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富岡オリバー

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2022年12月30日
Sクラスのレッスンスタジオからほど近い場所に、オリバーエンターテイメントの自社ビルはある。
6階建てのビルの5階にある一室には、神崎悟の自室が設けられ、彼はそこで今日中に片付けたい仕事を一人黙々とこなしていた。
時計の針は22時を回り、既に殆どの社員は社を後にしている為、聞こえてくる音はエアコンの機械音のみ。
そんな静寂に包まれた中、カツカツと革靴がフロアタイルを鳴らす音が微かに悟の耳に届いてくる。
すると彼は軽いため息を1つ吐き、おもむろにパソコンのキーボードから手を離し、直に来るであろう来訪者を迎える心構えをした。
そしてふと脳裏に過ぎったのは10年前の記憶。
そういえば、あの時も自分はこうやってここで夜遅くまで仕事をしていた時だったとなと、悟は今度は大きなため息を吐きながら当時の事を思い出した。



2013年1月4日
オリバーエンターテインメントの自社ビル。
神崎悟の部屋をノックもせず、ガチャりと雑な音を鳴らしながら大きく扉を開けたのは、細身の長身にスラリと伸びた手足はモデル顔負けのスタイルで、彫りの深い顔立ちは50代半ば、初老と呼ばれる年だがそうとは思えない程若々しいオリバーエンターテインメント会長、富岡オリバーだった。

「ちょっとどういうことっ?!僕は一切何も聞いてないよっ!未來ちゃんをstudentsに入れるなんてっ」

開口一番、既に興奮MAXの状態で現れた独特な口調が印象深いオリバーの顔は不機嫌に歪められていて、悟は深いため息を大きく吐くと、椅子から腰を上げた。
そして部屋中央に置かれた対のソファーの片側へオリバーに座る様促しながら、自分もゆっくりとその向かいに腰を下ろした。

「会長、それは確かに言ってはいませんが、しかしstudentsスタートがうちの決まり。それを何故わざわざ報告しなければならないんです?」

努めて穏やかな声色で、オリバーの機嫌を逆撫でしないよう悟は言葉を選びながら彼と向き合った。

「なっ、何故って当たり前でしょっ?!他の子はそれでいいかもしれないけど、あの子は特別っ!既に十分顔が売れてる即戦力になる子を、何でstudentsになんか入れなければならないのっ?!あの子を使いたいっていう局や監督はごまんといるんだからねっ!」

しかしそう簡単に聞き分けてくれるオリバーではない。
さらにオリバーの意見も最もだと悟もまた思う。

「そうでしょうね。そんな事解ってますよ。だから誰もメディアに出さないとは言ってないじゃないですか。現にstudentsだってドラマやバラエティーに出してますし、あの子にもドラマには出て貰おうと考えてますよ」

ブランクがあるとはいえ、未来はオリバーの言うように即戦力になる。
現に未来が入所した噂をどこかで嗅ぎつけたプロデューサー達から、何件も直々に仕事のオファーが舞い込む程だ。

「っ、だったらっ、別にstudentsに入れなくたってそのままデビューさせればいいじゃないっ」

悟も最初はそのつもりだった。
寧ろ今のオリバー同様、それ以外の考えは毛頭なかったともいえる。しかし

「会長。会長の仰るデビューとは俳優デビューの事ですか?それならとっくの昔にあの子はしていますよ。あの子に演技の才能があるのは周知の事実ですし、復帰して高く評価されたって誰も何も驚かない。だって天才子役なんですからね」

この台詞と同じような事を悟に言ってきたのは未来だった。
まだ12歳の少年が、大手事務所の社長である自分に向かって堂々とそう啖呵を切ってきた。
僕は天才だから、俳優として評価されるのは当たり前なんですと。

「っ、それはそうかもしれないけどっ。だったら何?お前はあの子に何を求めてるの?まさか歌でも歌わそうってんじゃ」
「いけませんか?」

そう自分の台詞に被せる様に言ってのけた悟に、オリバーは一瞬言葉を詰まらせる。
が、すぐさま堰を切ったように反論した。

「っ!!いけないに決まってるでしょっ?!馬鹿じゃないっ?何考えてるのっ?!そんな安っぽい子タレみたいな売り出し絶対やめてっ!間違ってるっ。誰がどう考えたってあの子に相応しくないでしょっ!?」

顔を真っ赤にさせて、そうまくし立てる彼からは、やかんのお湯が煮えたぎったシューシューという効果音が今にも聞こえてきそうだ。
そしてこのオリバーの意見も最もで、悟もそれに何の異議を感じなかった。
明彦から未来の事を紹介され、彼に会いに行った時までは。

加藤未来という少年は悟の想像とはかけ離れた、とても高飛車な子供だった。
彼は自分をアーティストとして活動させないのなら入所はしないと、そうはっきり条件を提示してきた。
なんとかして入りたい、入れるなら何でもすると、芸能界を目指す子らが喉から手が出る程欲しい少ない枠だが、そこに自分が入るのは未来にとっては当たり前なのだろう。
寧ろ入ってやるから好きにさせろと言うほどの高姿勢に、流石に悟も面食らいはしたが、しかしそれと同時に、いやそれ以上に強く興味を惹かれてしまった。
あぁ、だから彼は大勢の人の記憶に残れたのだと。

「それは今デビューさせたらそうなるでしょうね。お遊戯レベルのダンスや歌じゃ、せいぜい売れて1・2曲。一発やのチープな子タレに成り下がってしまう。だからstudentsにしたんじゃないですか。まだまだ歌は聞けたもんじゃないですが、しかし中々ダンスセンスはいいんです。何でもアメリカで習っていた様で」

「ちょっと待ってっ。だからってそんな、少しかじってるくらいで、Aクラスならまだしも、Sクラスはダンスと歌のエリート集団がコンセプトでしょっ!?」

つらつらと話しを進めていく悟に、オリバーの頭が中々着いていかない。
彼とこんなにも真っ向から意見もが合わなかった事はあっただろうか。いや、ない。
悟とは長い付き合いになるが、実に優秀で合理的で、何より自分の意見を彼はいつだって尊重してくれていた。それなのに

「そうですよ。だから今デビューはさせられないんです。だけどあの子を俳優とだけする気は毛頭ありませんから。これは本人の強い意思でもありますのでね」

全くもって譲歩する気のない悟の頑なな姿勢に、次第に押されていくのはオリバーの方。

「は?本人の、意思?」
「はい。それとうちに入ってくれた条件なんで」
「条件…?」

なんの話しだかさっぱりオリバーには分からない。
が、分かるのはただ1つだけ。

「えぇ。なので会長、折角あの子の為に仕事を色々見繕ってくれていたようですが、当分はレッスン優先で、仕事も吟味したいと思ってますので取り敢えず、あの子に宛がう予定だった仕事は全部白紙に戻しておいて下さいね?」

今回初めて自分の意見は通らないという事。
これ程までに折れない悟を説き伏せる術がオリバーにはなかった。
だけど自分が思い描いた華やかな未来のデビューは、当分おくれないというその事実と、懇意にしているプロデューサーや監督とのお約束事を全て破棄しなければならない現状に、オリバーの赤かった顔は次第に青ざめていく。
そして静かなオフィス内に響き渡った。
いや~~~っ!!!!
という、彼の悲痛な叫び声が。



2022年12月30日

「で?また僕に内緒で君は大事な事を決めたのね?しかも僕がフランスに行ってるタイミングを狙って!」

ムスッと口を尖らせているのは、60代半ばのおじいちゃん。
だが白地にグレーストライプの細身のスーツをバッチリ着こなし、10年前と、なんなら20年前からほぼ変わらぬ華やかな容姿のオリバーに、悟は苦笑いと共にすみませんととりあえずの謝罪を口にした。

「ま、いーけどね。休業なら。うちを辞めるってわけじゃないんでしょ?」
「え、あぁ。それは無いですが…」

悟はてっきりあの時の如く、嘆き文句を言われる覚悟でいたのだが、あっさりと休業を認めるオリバーに拍子抜け、ぽかんと柄にもなく口を開いた。

「なら良かった。1年間くらい休ませてあげても僕はいいと思ってるのよ。むしろ前々からそうしたらって思ってたくらい。だってあの子、この10年ずっと仕事尽くしだったじゃない?」
「まぁ、確かにそうですが…」

タレントは生もの。
売れる時に売れるだけ売らせるという方針を常々持っているオリバーの発言とは思えない内容に、悟は訝しむ様な目線で彼を見た。
だって未来は今一番勢いに乗っている時だ。
今の彼ならば世界を舞台に活動しても成功するかもしれないと思える程で、そんな時期の休業、オリバーなら絶対に反対すると悟は思っていた。
なのに1年も休業してもいいなんて、一体どんな裏があるのかと思ってしまう。

「ってかあの子、今どこにいるの?」
「え、あぁ、実家に帰るって言っていましたが」
「実家?なら暇してるって事よね?」

暇してるかどうかは知らないが、仕事をしている訳ではないのは確かだ。
だが何故か弾む声色で瞳を煌めかせ、そんな事を聞いてくるオリバーに、悟は怪訝に眉を顰めた。

「…何を企んでるんですか?」
「何ってそんなの決まってるじゃない。せっかくあの子が休んでるんだから、遊びに連れてってやらないと。こんな機会中々ないし、海外とか一緒に行ってこようかしら」

あの子どこに行きたいかしら?と、まるで恋人とのデートの計画を楽しむ乙女の様にそれはそれは楽しそうに話すオリバーに、あぁそういう事かと、悟はため息混じりに納得した。
オリバーの大のお気に入り、愛してやまない未来を大手を振って誘えるまさにチャンス。
今まではオリバーなりに忙しい未来に遠慮していたのかもしれないが、今ならその必要もない。
だって休業中だから。
ヨーロッパがいいかしら?それともニューヨーク?迷うわぁーと、うきうきが止まりそうもないオリバーに、悟は再び大きなため息を吐いてから彼に呼びかけた。

「会長。気持ちは分かりますが、暫くはそっとしといてやってください。未来から連絡があるまで、会長から連絡とかしないでやって下さい。いいですか?分かりましたか?」

きっと何か未来は考えている。
いや、考えたいのだろう。
それがなんなのか、仕事の事なのかプライベートな事なのか、それは悟には分からないが、ともかく未来はきっとゆっくりとした時間を必要としているに違いない。
にもかかわらず、オリバーがあっちへこっちへと連れ回したんじゃ、なんの為の休業か分からなくなる。
それは避けなければと、悟はオリバーに念を押すように何度もそう言い聞かせたのだが

「なんでよ!いいじゃない!僕は今までずっと我慢してきたのよ?酷いわ!悟君のケチっ」

幼い子供みたいにヤダヤダとじたんだを踏むオリバーに、悟は絶対ダメです、許しませんと、頑なににオリバーを拒んだが、彼はいやぁーっと更に癇癪を起こす始末で。
未来の休業を説得するあの手この手は考えていた悟だったが、未来を遊びに誘わないと約束させる手立てを考え無ければならなかったなんて、オリバー富岡、やはり一筋縄ではいかない人だなと、悟はげんなりと思った。
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