1 / 3
歌姫? リュート
しおりを挟む
酒場にハスキーで妖艶な歌声が響く。ピアノに乗せて奏でられるメロディを、ある者は酒の肴にし、ある者は存分に堪能するように耳を傾ける。そしてまたある者は、その声に魅せられていた。
歌声の主はバイトという立場ながら、この店の看板歌手である。長い金髪を纏いながら、感情をこめて歌いあげるそのさまは、見る者を虜にする魅力があった。端正とも言える容姿も手伝い、初めてその様子を見た流れの客が口笛を鳴らすのも当然のことと思えた。
しかし、当人はそんなことに頓着せず、ただ歌うことだけに集中しているようだった。
歌い終わり、壇上を離れカウンターへ向かおうとする……そのときに、酔っ払った男の無骨な手がお尻をぺろんと撫でるのも良くあることだったのかもしれない。
「姉ちゃん、気にいたっぜ。これから相手してくれよ」
そんな男に対し、歌姫は冷たい目を向け続ける。そしておもむろに
自分のロングスカートの裾をつかんだ。少しずつさらけ出されていく足に、男の口角があがる。と、ほぼ同時に──
左の足を軸に素早く回転し、右回し蹴りが放たれていた。 酔客は反応すらできずに横腹を撃ち抜かれる。
「おぉう……」
呻き声とともに、そのまま崩れ落ちるように倒れこんだ。
「お客さんこの店はセクハラ厳禁でね。それに──」
”彼”、歌姫リュートが剥ぐように自分の頭からウィッグを取った。金糸のような髪の束が肩までさらりと落ちた。
「俺は、男だ」
吐き捨ているようにそう言った。が、悶絶し続けている男の耳には届いていないよう見える。そんな男を見てハッとしたリュートはカウンターの店長へ視線を送る。
「また……やりすぎた……?」
リュートのそんな口の動きに、店長はグラスを拭きながらコクンと頷いた。リュートは溜息をつくと、再びウィッグをかぶる。
リュートがバイトとして働いているこの酒場は町の外れにあった。そもそもリュートが生まれ育った村と、この町とでは深い森を越えなくてはならないほど離れている。そんな場所でリュートが働いている理由はひとつ。そこに──
音楽があったからだ。音楽好きな店主の方針らしく、ピアノが置かれていて夜になるとよく弾き語りが行われていた。客もそれ目当てでやってくる者も多かった。
村の噂伝いでそんな酒場の存在を知ったとき、すぐに爺さんに頼み込んでバイトの許可をもらった。厳しい爺さんだったが、熱意をもって頼み込んだのだ。
仕事内容は給仕と簡単な掃除くらいで給料も安かったが、それでも十分だった。
リュートは自分の歌を誰かに聴いてもらいたかったのだ。それにここで少しずつでも稼げばいつかはギターを買う予算くらい作れるかもしれない。
その思いもあってのことだった。
バイトを始めて三年が経がち、今では店の一番の歌姫と呼ばれるようになっている。
歌姫──という呼称にひっかかりはあるが、リュートとしてはそれで満足していた。そもそも女性としてじゃないとステージに上がらせてもらえないのだからしょうがない。店仕舞いが終わり、片づけをしてたところマスターに話しかけられる。
「どうだい? 帰る前に一杯やってかないかい?」
「いやいやマスター俺、まだ未成ね……」
とまで言いかけて口をつぐんだ。いや、”この世界”では俺の歳はもう──成年なのだ。未だにたまに頭の中で混乱を起こしてしまう。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「よしきた!」
リュートはカウンターの端っこに座って注文する。
「エールでお願いしていいですか」
マスターは笑顔のまま、慣れた手つきで泡を作りながらジョッキに注ぐ。リュートはそれを受け取り、一気に喉へ流し込んだ。
「ぷはぁー! やっぱり仕事終わりのエールは最高ですね!!」
「いい飲みっぷりだねぇ。見ててこっちも喉が渇いちゃうよ」
「あはは」
リュートは照れ隠しするように頭を掻く
「そういえば最近、ここらに盗賊団が出るらしいねぇ。村に帰るときは気をつけるんだよ」
──あ。きた。今日がその日か。目が泳いだが、それを悟られないよう冷静を装いながら会話を続ける。
「そう……なんですか?」
「ああ。なんでも山賊まがいのことしてる連中みたいでね」
「っていうことは盗みというより、旅人とか商人を襲うってことですか?」
「そうさ。あとは人売りなんてまでする奴らって噂だ」
「物騒な世の中になったもんですね」
「まったくだよ」
マスターが背中を向けたタイミングでリュートはため息をついた。
「はぁ……」
──今夜、その盗賊団の標的は、
(まさに俺なんだよなぁ……)
ここで彼の不思議な思考の種明かしをしよう。
彼──リュートは前世の記憶を持っていた。ギターに憧れて、必死に練習したた記憶。バンドマンとして歌っていた記憶。そして── 死んだ時の記憶。
彼はある日、トラックに轢かれて命を落としてしまった。原因はペットが逃げてしまった女性が道路に急に飛び出して……それをとっさにかばってしまったからだ。
普通ならそこで終わるはずだった。しかし、その後のことは彼にとっては予想外だった。
気づいたときには赤ん坊になっており、前世の名前と同じ音で発するリュートと名付けられていた。そして、十三歳というこの世界の成人を迎えた瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。それでまるで、他人となった夢を見ていたような感覚。惚けながら鏡の前に立つと、目の前の姿に違和感を抱かずにはいられなかった。金髪翠眼の美少年──それがこの世界でのリュートだった。
全てを受け止めたリュートは思考する。まずはこの世界を知ることが第一だ。文化レベルなどは元の世界とはまるで違うことはすでに理解している。所謂、西洋ファンタジー風の世界のようで、魔法の存在すらあるようだがこの村でそれを使いこなせるものはいない。リュートの今の立場が拾われっ子で、酒場と宿を経営している初老の夫婦に
育てられていることも理解している。その時点でリュートに浮かぶ既視感。
(あれ……? これって……)
よくライブに来てくれていた娘にオススメと言われプレイしていたゲーム……その設定に酷似していることにようやく気づく。
(まさか、ゲームの世界に転生しちまったのか!?)
最近よくそういうのが流行っている気がしていたが、現実にそんなことがあり得るのか。あったとして、自分はどのような行動を取ればいいのか。答えの出ない問いを何度も繰り返す。だが、事実として受け入れていくしかない。途中までしかそのゲームを進めていないという懸念もあったが、展開を知っているというアドバンテージは大きい。自分の今の年齢を考えれば、ゲームのスタートまで何年かの猶予があるはずだ。その間にやれることをやる。リュートはそう決意していた。
まぁ、ひとつ一番大きな不安事項は──
そのゲームは本来、女の子が主役の乙女ゲーだということだ。
歌声の主はバイトという立場ながら、この店の看板歌手である。長い金髪を纏いながら、感情をこめて歌いあげるそのさまは、見る者を虜にする魅力があった。端正とも言える容姿も手伝い、初めてその様子を見た流れの客が口笛を鳴らすのも当然のことと思えた。
しかし、当人はそんなことに頓着せず、ただ歌うことだけに集中しているようだった。
歌い終わり、壇上を離れカウンターへ向かおうとする……そのときに、酔っ払った男の無骨な手がお尻をぺろんと撫でるのも良くあることだったのかもしれない。
「姉ちゃん、気にいたっぜ。これから相手してくれよ」
そんな男に対し、歌姫は冷たい目を向け続ける。そしておもむろに
自分のロングスカートの裾をつかんだ。少しずつさらけ出されていく足に、男の口角があがる。と、ほぼ同時に──
左の足を軸に素早く回転し、右回し蹴りが放たれていた。 酔客は反応すらできずに横腹を撃ち抜かれる。
「おぉう……」
呻き声とともに、そのまま崩れ落ちるように倒れこんだ。
「お客さんこの店はセクハラ厳禁でね。それに──」
”彼”、歌姫リュートが剥ぐように自分の頭からウィッグを取った。金糸のような髪の束が肩までさらりと落ちた。
「俺は、男だ」
吐き捨ているようにそう言った。が、悶絶し続けている男の耳には届いていないよう見える。そんな男を見てハッとしたリュートはカウンターの店長へ視線を送る。
「また……やりすぎた……?」
リュートのそんな口の動きに、店長はグラスを拭きながらコクンと頷いた。リュートは溜息をつくと、再びウィッグをかぶる。
リュートがバイトとして働いているこの酒場は町の外れにあった。そもそもリュートが生まれ育った村と、この町とでは深い森を越えなくてはならないほど離れている。そんな場所でリュートが働いている理由はひとつ。そこに──
音楽があったからだ。音楽好きな店主の方針らしく、ピアノが置かれていて夜になるとよく弾き語りが行われていた。客もそれ目当てでやってくる者も多かった。
村の噂伝いでそんな酒場の存在を知ったとき、すぐに爺さんに頼み込んでバイトの許可をもらった。厳しい爺さんだったが、熱意をもって頼み込んだのだ。
仕事内容は給仕と簡単な掃除くらいで給料も安かったが、それでも十分だった。
リュートは自分の歌を誰かに聴いてもらいたかったのだ。それにここで少しずつでも稼げばいつかはギターを買う予算くらい作れるかもしれない。
その思いもあってのことだった。
バイトを始めて三年が経がち、今では店の一番の歌姫と呼ばれるようになっている。
歌姫──という呼称にひっかかりはあるが、リュートとしてはそれで満足していた。そもそも女性としてじゃないとステージに上がらせてもらえないのだからしょうがない。店仕舞いが終わり、片づけをしてたところマスターに話しかけられる。
「どうだい? 帰る前に一杯やってかないかい?」
「いやいやマスター俺、まだ未成ね……」
とまで言いかけて口をつぐんだ。いや、”この世界”では俺の歳はもう──成年なのだ。未だにたまに頭の中で混乱を起こしてしまう。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「よしきた!」
リュートはカウンターの端っこに座って注文する。
「エールでお願いしていいですか」
マスターは笑顔のまま、慣れた手つきで泡を作りながらジョッキに注ぐ。リュートはそれを受け取り、一気に喉へ流し込んだ。
「ぷはぁー! やっぱり仕事終わりのエールは最高ですね!!」
「いい飲みっぷりだねぇ。見ててこっちも喉が渇いちゃうよ」
「あはは」
リュートは照れ隠しするように頭を掻く
「そういえば最近、ここらに盗賊団が出るらしいねぇ。村に帰るときは気をつけるんだよ」
──あ。きた。今日がその日か。目が泳いだが、それを悟られないよう冷静を装いながら会話を続ける。
「そう……なんですか?」
「ああ。なんでも山賊まがいのことしてる連中みたいでね」
「っていうことは盗みというより、旅人とか商人を襲うってことですか?」
「そうさ。あとは人売りなんてまでする奴らって噂だ」
「物騒な世の中になったもんですね」
「まったくだよ」
マスターが背中を向けたタイミングでリュートはため息をついた。
「はぁ……」
──今夜、その盗賊団の標的は、
(まさに俺なんだよなぁ……)
ここで彼の不思議な思考の種明かしをしよう。
彼──リュートは前世の記憶を持っていた。ギターに憧れて、必死に練習したた記憶。バンドマンとして歌っていた記憶。そして── 死んだ時の記憶。
彼はある日、トラックに轢かれて命を落としてしまった。原因はペットが逃げてしまった女性が道路に急に飛び出して……それをとっさにかばってしまったからだ。
普通ならそこで終わるはずだった。しかし、その後のことは彼にとっては予想外だった。
気づいたときには赤ん坊になっており、前世の名前と同じ音で発するリュートと名付けられていた。そして、十三歳というこの世界の成人を迎えた瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。それでまるで、他人となった夢を見ていたような感覚。惚けながら鏡の前に立つと、目の前の姿に違和感を抱かずにはいられなかった。金髪翠眼の美少年──それがこの世界でのリュートだった。
全てを受け止めたリュートは思考する。まずはこの世界を知ることが第一だ。文化レベルなどは元の世界とはまるで違うことはすでに理解している。所謂、西洋ファンタジー風の世界のようで、魔法の存在すらあるようだがこの村でそれを使いこなせるものはいない。リュートの今の立場が拾われっ子で、酒場と宿を経営している初老の夫婦に
育てられていることも理解している。その時点でリュートに浮かぶ既視感。
(あれ……? これって……)
よくライブに来てくれていた娘にオススメと言われプレイしていたゲーム……その設定に酷似していることにようやく気づく。
(まさか、ゲームの世界に転生しちまったのか!?)
最近よくそういうのが流行っている気がしていたが、現実にそんなことがあり得るのか。あったとして、自分はどのような行動を取ればいいのか。答えの出ない問いを何度も繰り返す。だが、事実として受け入れていくしかない。途中までしかそのゲームを進めていないという懸念もあったが、展開を知っているというアドバンテージは大きい。自分の今の年齢を考えれば、ゲームのスタートまで何年かの猶予があるはずだ。その間にやれることをやる。リュートはそう決意していた。
まぁ、ひとつ一番大きな不安事項は──
そのゲームは本来、女の子が主役の乙女ゲーだということだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる