江戸の薬喰い

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軍鶏

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 見世の奥、調理場の方からじゅうじゅうという音が響き始めた。
それと同時に醤油の焼ける、焦げる匂いが煙と共に見世の中に充満する。
隣の者、前の席の者と話をしていた者たちが一斉に静まりかえる。

「ほわぁ。良い匂いだねぇ」

鬼灯は巨体を席から乗り出させながら鼻をひくひくとさせる。
ぱちぱちと薪の爆ぜる音が見世の中に響く。
ぱたぱたという音がしだすと同時に見世の中に野性的な、暴力的な匂いが充満し、その場を支配する。

ごくり 

ごくり

ぐびり

 どこからともなく嚥下の音が響きだす。
腹から巨大な音を鳴らす者、顎を伝う唾液を拭う者、それぞれに薬の出来上がるのを今か今かと待っている。
気が急いている者は席から立ちあがり調理場を覗き込もうとしていた。

しばらくすると店主が調理場から出てきた。

「ほい、上がったよ。
軍鶏の炭火醤油焼きだ。大皿で出すから一人一串ずつ小皿に取ってくんな」

大皿の上に串に刺された薬が円状に置かれている。
見世で待っていた者たちが我先にと大皿へと群がってゆく。

「一人一串だからな! 人数分しかないからな!」

 店主は念を押すとすぐに調理場へと戻っていった。

「佐治の旦那、行かないのかい」

客が大皿に群がっている中、まだ動こうとしない佐治に鬼灯は声をかける。
当然鬼灯はすでに片足は土間の上だ。

「慌てても仕方がねえさ。
どうせ人数分しか無いんだ。
まあ、行くがな」

 そう言うと佐治もゆっくりと立ち上がり土間へと降りた。
鬼灯と佐治が大皿へと向かうと、すでに食べ終えて呆けている者、口に頬張る者、そして食べ足りないのか大皿に残っている串を見つめる者とそれぞれだ。

「言っとくけど私の物を喰った奴は容赦しないからね」

 大皿に近づく鬼灯の言葉と殺気に、残った串を見ていた者たちが慌てて道を開け、自らの席へと戻ってゆく。
鬼灯と佐治は一人一串ずつ軍鶏の串焼きを取るとその場では喰わず自分たちの席へと戻る。

「さぁて、喰うか」

 鬼灯はまだ熱く、若干焦げた匂いをさせる軍鶏にかぶりついた。

じゅわりと肉汁が口の中に広がる。
そしてすぐに醤油の苦み。
次に甘味。
豊かな弾力。
そしてまた、肉汁。

ひと噛み、ひと噛み。

肉汁。
苦み。
甘味。
弾力。
肉汁。

噛むたびに襲い掛かる味と食感の暴力。

「はぁ……、なくなっちまったい」

 鬼灯は溜息をついた。
ゆっくりと視線を上げると満面の笑みを浮かべ、咀嚼を繰り返す佐治の顔。
やがてその満面の笑みは落胆の表情へと変わる。

二人は目を合わせると同時に溜息をついた。


「さあ、軍鶏の塩焼き、上がったよ!」

店主の声に二人は慌てて席を立った。
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