9 / 9
牛の蒸し焼き-2
しおりを挟む
「なあ、大将。 これは一枚ずつ食べればいいのかぃ」
皿をじっと見つめ、今にも飛び掛からんとする猫のような鬼灯が箸を握っている。
「こらこら。ちゃんと自分の皿に取ってから食べろ。大体一人十切れはあるはずだ……」
言われるが早いか鬼灯は一気に十枚を掬うと手に持つ皿に盛る。
大体長さ三寸・幅一寸・厚み五分ほどなのでかなりの量になった。
「さあて、食べよっ」
鬼灯はまず、一切れ、薄切りの薬を摘まむ。
薄紅色の薬からはぽたりぽたりと血の混ざった汁が垂れる。
ゆっくりと口に近づいて行くそれを、周りの客たちが固唾を飲んで見守っていた。
むぐむぐむぐ
薄い唇がゆっくりと動く。
暫くして白い喉が波打つ。
細い切れ眼がこれでもかというくらい大きく見開かれた。
「うまっ!」
その言葉と共に鬼灯の箸が上下に移動する。
すぐに四切れ、五切れと口の中へと消えてゆく。
「……鬼灯、醤油と山葵もつけてみな。 ああ、山葵はに……、薬の上に乗っけてな」
鬼灯の食べる勢いを見ていた店主が呆れたような表情で声をかける。
口に運ぼうと箸で掴もうとしていた薬から標的が山葵へと変わる。
一つまみの山葵を薄紅色の薬の上へ乗せ、それを巻き込むように包む。
醤油をちょんちょん。
そして口へと運ぶ。
ぱくり
ゆっくりと動く唇。
今度は鋭利な細い目尻が垂れる。
そして蠢く白い喉。
「はぁ」
ほんのりと朱が差す頬。
鬼灯の食べる様子を見ていた他の客たちが一斉に席へ戻り薬を口へと運ぶ。
当然目の前の佐吉も一緒だ。
しん……となる見世の中。
皆が皆、夢中で食べる。
そんな中、鬼灯の目の前で薬を食していた佐吉が誰もやっていない行動に出た。
三枚重ね。
三枚の薬を重ね、その上に山葵。
軽く醤油を付け口へと運ぶ。
当然薄紅色の大量の汁が滴る。
そして大口を開けて一口。
ごっくん
「あんた、それ、美味い?」
ちらりちらりと視線は佐吉と自分の皿を交互に見ていた。
「うん? そうだなぁ、好みかな? 三枚は少し多いかな? 俺は二枚がちょうどいい。 一枚じゃあ物足りないんだよな」
そう言いながら佐吉は二枚を取り口へと運ぶ。
鬼灯はその様子を見ながら自分の皿をまじまじと見つめる。
(あと四枚。 一枚足りない……)
「な、なぁ佐吉……」
「嫌だ」
呼びかけられた佐吉は即答。
同時に皿を自分の近くに引き寄せ、身を前に乗り出した。
これは渡さないという意思表示のようだ。
「けち」
「うるせいやい」
そう言うが早いかひょいひょいと残りの薬を口の中へと運ぶ佐吉。
あっという間に佐吉の皿が空になる。
「ふぃ、美味かった。 おっ、鬼灯。 それ喰わねえんなら俺が貰うぜ」
にやりと笑いながら鬼灯の皿へと箸を動かす。
「やらん!」
四枚をがばりと掴み一気に口の中へと放り込むとこれでもかと咀嚼する。
「あら、これでも美味しいねぇ」
ごくりと飲み込んだ後、鬼灯は頬に手を当て笑みを浮かべた。
「……はぁ、こいつには乙女の恥じらいてものが無いのかねぇ」
佐吉の溜息に周りから笑いが起こる。
「五月蠅いやい。 店主次の薬は~っ」
顔を真っ赤にした鬼灯の声が見世の中へと響いた。
皿をじっと見つめ、今にも飛び掛からんとする猫のような鬼灯が箸を握っている。
「こらこら。ちゃんと自分の皿に取ってから食べろ。大体一人十切れはあるはずだ……」
言われるが早いか鬼灯は一気に十枚を掬うと手に持つ皿に盛る。
大体長さ三寸・幅一寸・厚み五分ほどなのでかなりの量になった。
「さあて、食べよっ」
鬼灯はまず、一切れ、薄切りの薬を摘まむ。
薄紅色の薬からはぽたりぽたりと血の混ざった汁が垂れる。
ゆっくりと口に近づいて行くそれを、周りの客たちが固唾を飲んで見守っていた。
むぐむぐむぐ
薄い唇がゆっくりと動く。
暫くして白い喉が波打つ。
細い切れ眼がこれでもかというくらい大きく見開かれた。
「うまっ!」
その言葉と共に鬼灯の箸が上下に移動する。
すぐに四切れ、五切れと口の中へと消えてゆく。
「……鬼灯、醤油と山葵もつけてみな。 ああ、山葵はに……、薬の上に乗っけてな」
鬼灯の食べる勢いを見ていた店主が呆れたような表情で声をかける。
口に運ぼうと箸で掴もうとしていた薬から標的が山葵へと変わる。
一つまみの山葵を薄紅色の薬の上へ乗せ、それを巻き込むように包む。
醤油をちょんちょん。
そして口へと運ぶ。
ぱくり
ゆっくりと動く唇。
今度は鋭利な細い目尻が垂れる。
そして蠢く白い喉。
「はぁ」
ほんのりと朱が差す頬。
鬼灯の食べる様子を見ていた他の客たちが一斉に席へ戻り薬を口へと運ぶ。
当然目の前の佐吉も一緒だ。
しん……となる見世の中。
皆が皆、夢中で食べる。
そんな中、鬼灯の目の前で薬を食していた佐吉が誰もやっていない行動に出た。
三枚重ね。
三枚の薬を重ね、その上に山葵。
軽く醤油を付け口へと運ぶ。
当然薄紅色の大量の汁が滴る。
そして大口を開けて一口。
ごっくん
「あんた、それ、美味い?」
ちらりちらりと視線は佐吉と自分の皿を交互に見ていた。
「うん? そうだなぁ、好みかな? 三枚は少し多いかな? 俺は二枚がちょうどいい。 一枚じゃあ物足りないんだよな」
そう言いながら佐吉は二枚を取り口へと運ぶ。
鬼灯はその様子を見ながら自分の皿をまじまじと見つめる。
(あと四枚。 一枚足りない……)
「な、なぁ佐吉……」
「嫌だ」
呼びかけられた佐吉は即答。
同時に皿を自分の近くに引き寄せ、身を前に乗り出した。
これは渡さないという意思表示のようだ。
「けち」
「うるせいやい」
そう言うが早いかひょいひょいと残りの薬を口の中へと運ぶ佐吉。
あっという間に佐吉の皿が空になる。
「ふぃ、美味かった。 おっ、鬼灯。 それ喰わねえんなら俺が貰うぜ」
にやりと笑いながら鬼灯の皿へと箸を動かす。
「やらん!」
四枚をがばりと掴み一気に口の中へと放り込むとこれでもかと咀嚼する。
「あら、これでも美味しいねぇ」
ごくりと飲み込んだ後、鬼灯は頬に手を当て笑みを浮かべた。
「……はぁ、こいつには乙女の恥じらいてものが無いのかねぇ」
佐吉の溜息に周りから笑いが起こる。
「五月蠅いやい。 店主次の薬は~っ」
顔を真っ赤にした鬼灯の声が見世の中へと響いた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる