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四の罪状

先輩方のお力添え

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「やっぱコイツ呼んだのは失敗だよ琉月ちゃん!? 二人で行こうよ、コイツ放っといて」


時雨は止まらない。つまりは二人っきりで席を祝おうと言うのだ。本人も最初からそのつもりだったのだろうそれは、露骨な敵意剥き出しの顕れか。


「オイオイ幸人……。たまにはいいんじゃねえか? 羽目外したってよ」


幸人の左肩で囁くように諭すジュウベエとしては、このような機会、滅多に無いので望む所だった。何より幸人本人の為にも。


「お前は黙ってろ。俺にそんなの必要無い」


「はぁ……お前なぁ……」


だが頑なに拒否の構えを見せる幸人に、ジュウベエは呆れて溜め息しか出なかった。


「帰れ帰れ薄情者。さあ行こ琉月ちゃん」


追っ払うような手のジェスチャーを幸人へと向け、時雨は琉月に二人っきりを促す。


ある意味、彼にとっては願ってもない展開。


「行くって何処へです? これから始まるというのに……」


だが琉月は時雨の提案を一蹴、というより本意は別の所にある物言いだ。


「……はい?」


時雨は思ってもいなかった彼女の言葉の意味に、馬鹿みたいに目を丸くさせ固まってしまった。


「どういう意味だ?」


それは幸人も同様。それ以外何が有ると言うのか。


「確かに私はこの度、仲介部門統括として任命されましたが、そんな事を伝えに御二人を呼んだ訳ではないのですよ」


二人共その真意が分からず戸惑っている。特に時雨は余程意外で残念だったのだろう。哀しそうに項垂れるその表情は、今にも泣き出してしまいそうだ。


「じゃあ……一体?(俺の琉月ちゃんと二人っきり大作戦は)」


副音声が聞こえかねない程、時雨の断腸の思いで絞り出された疑問の声。


「そんな哀しそうな声をしないでください……。それに悪い話ではないですから」


琉月はそんな時雨の意図を汲み取るかのように諭し、そして今回彼等が此所に呼ばれた、その肝となる真意を語り始めた。


「時雨さん、雫さん、御二人方SS級エリミネーターとしてのみならず、二階堂 時人(にかいどう ときと)さん、如月 幸人さん二人、“個人”としてへ私からのお願いです」


琉月の発した言葉の意味に、暫しの沈黙が訪れる。


二人共、まだその真意を呑み込めないでいた。


それに反し――


“アイツ……時人って言うのか。うん、幸人と時人、これも似てるわ”


ジュウベエは全く別の事を考えていた。


時雨とは裏の名、コードネームなのだから幸人と同様、表の名が存在するのが当然。


ジュウベエはその類似なる共通点に、内心ほくそ笑んでいたのだ。


勿論時雨はおろか、幸人さえそれに気付いていないだろう。


琉月に対し、二人共固まっていたから。


「御二人方はSS級に認定されてから久しく、またそれに恥じぬ活躍をしてきたのもまた事実……」


事もなげに話始める琉月の物言いは、何処か勿体付けた感がある。


「……?」


「えっとぉ……それの何が?」


二人、特に時雨が言葉を詰まらせるのは当然――


「勿体振らず、さっさと説明したらどうなんだ?」


たが幸人は琉月のそれが癇に障ったのか、速やかな真意の説明の程を促していた。


「おまっ! 琉月ちゃんに何て口の聞き方を!」


時雨は即座に反応。こういう時だけ分かり易い事この上無い。


「まあまあ……。彼の言う事もごもっとも。回りくどくて済みません。簡潔に言いますと、御二人方がSS級へ昇級するにあたって、“先輩方”のお力添えが有った事を言いたかったのです」


「ああ成る程! 確かに……」


琉月のやはり何処か回りくどい気もするが、その物言いに時雨は納得の模様。


つまりSS級は“現在”こそ雫と時雨の二人、そしてまだ姿こそ現していないが、琉月の兄とされるその三名のみが、狂座の特等 SS級に位置している。


それは琉月の言葉の裏を取れば、狂座には彼等を指南した先輩にあたるSS級が、かつて存在していた事を意味していた。
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