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第1章 邂逅

八話 処断

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「何!?」


「えっ!?」


「それじゃあ一体……」



――何者?



周りが少年の拒否の構えにざわつき始めた。


ごもっともだろう。ではこの少年は何者なのか。


「なるほど人違いか……。お主は四死刀のユキヤでは無いと? ではこの刀は何処で何故? そしてお主の名は?」


長老は痛い処を突いてきた。全てを示す状況は揃っている。


この少年がユキヤという名である事を知っているのは、この場ではアミだけだ。


それでも彼女は疑問に思う。


四死刀が台頭したのは、現在から約七年も前の事。


目の前のこの少年は、どう見ても十か其処ら。


仮に鯖を読んでいたとしても、元服にすら達していないだろう。


やはり無理がある。今もそうだが、刀を振るえる年頃だとは、とても考えられない。


「……何故答えぬ?」


黙して語らぬ少年へ痺れを切らした様に、長老は再度問い掛けていた。


周りの者達は既に殺気立っている。今にも爆発しそうだ。


「……仮にあったとしても、アナタ方に答える義理すら有りませんね」


あくまで訳は語らないと、その少年の空気の読めない淡々とした応えに、遂に周りが切れた。


「長老! これ以上の審議は不要!」


「掟に従い、外敵であるこの者は処断すべきです!」


もはや止まらない。一斉の“殺せ”コールが響き渡る。


“殺せ”


“殺せ殺せ”


“殺せ殺せ殺せ殺せ”


“殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ”





“――どうしてここまで? 皆どうかしてる!”


暴動寸前の喧騒の中、アミはただ一人立ち竦んでいる。


彼女に、この暴動を止める術は無い。


確かに此処での掟は絶対だった。


三年前のあの時から。


“絶対不可侵の定め”


どんな些細な事でも“アレ”だけは漏れてはいけない。守り抜かなければならない。


その為に、殺したくなくても殺さねばならない時もあった。


これは此処だけの問題では無い。


この国全体の命運を左右する程の。


「長老!」


「ご決断を!」


「情けは不要!」


周りは既にこの少年を殺す事だけに、全ての焦点が定まっている。


彼が何者か等、もはや関係無い。


それでも尚この喧騒の中、この少年は異常な迄に落ち着いて見えた。


正座したまま動かないのは、ひりつく怒気を一身に受ける恐怖によるものではなく、一切の感情の乱れも無い平常心。


そう。それはまるで他人事。


『私を殺す? ふ……ふふふ』


その微笑は余裕の顕れなのか?


彼は可笑しくて堪らなかった。この陳腐な茶番劇に。


ただ瞳は笑っておらず、口許だけが歪んでいる。


少年が呟いた小さなその微笑は、その場の喧騒に掻き消され、誰の耳にも止まる事は無かった。
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