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第6章 溶ける氷

五話 九夜

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“ううん……ここは?”


目を醒ましたアミは辺りを見回した。


辺り一面は闇だった。


その奥に頑丈そうな扉が見える。


アミは直感で自分が、過去見の精霊の力を使ってしまった事に気付いた。


無意識?
それとも願望?


アミは扉の前まで行き、立ち止まる。


“ここから先は行ってはいけない気がする”


扉の前で立ち竦んでいると、頭の中で声が聴こえてきた。


『これはあの子の過去の心の扉。アミ、アナタには此処から先の事を知る覚悟は有りますか?』


“これは過去見の精霊の声!?”


精霊は頭の中でアミに問い掛けていた。


『今ならまだ戻れます。知らない方がいい事もある事を、忘れないでください……』


人の過去を覗き見る。それは決してしてはいけない事。


“でも私は……知るべきだと思った”


全てを知ったうえで、受け入れたいと思う。


アミが扉を開けると光が溢れ出す。


“以前に戻れないかも知れない。それでも私はーー”


アミはその光の向こうへと、足を踏み出したのだった。


“……此処は?”


光の先にあった場所は、夜の森であった。


そのすぐ先に灯がぽつぽつと見え、一つの集落がある。


アミはその灯を目印に歩を進めた。


決して過去の世界に来た訳では無い。


過去見の精霊の力は、過去にタイムスリップする事では無く、その者の過去を映像化する事。


此処は現実世界とは違い、ユキの過去が思念映像化された世界で在り、物質の無い世界。


3D映画を見ている、という表現が正しいだろう。


アミが集落に足を踏み入れる。


何処かの里だろうか?


アミの視線の先に、他とは違う大きな屋敷が有る。


『もう後戻りは出来ませんよ……』


アミが屋敷の前で立ちすくんでいると、頭の中で精霊の声が聞こえた。


“分かっている……”


アミは意を決して屋敷の中へ。


この先に有る真実の向こうへと。


※此処は九夜の里。将軍家が裏で無数に抱える、代々続く忍びの一族の一つーー”


アミの中で声が聞こえる。


聴覚では無く感覚で分かるのだ。


それはさながら映画の中で、ナレーションを聞いている感覚であるかの様に。


屋敷内の広間で、忍びと思われる多くの者達が鎮座していた。


その中心に一人の赤子を抱いた、美しい黒髪の女性。


この赤子の母親だろうか?


再び声が聞こえてくる。


“この赤子は九夜の里、一族当主の後継者としてこの世に生を受けた”


その赤子の髪は白銀に煌めき、生まれて間もないと思われたが、既に眼は開いていた。


吸い込まれそうな銀色の瞳。


アミは直感で理解した。


この赤子がユキである事に。
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