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第6章 溶ける氷

七話 五年の歳月が過ぎた日の事

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暗く、光が射す事も無い地下回廊。


ただ其処にいるだけの存在。


あれからどれ位の時が流れた事だろうか。


父上や母上は此処に来る事は無かった。


ただ誰かが定期的に食事を運んでくるだけ。


衛生も何も無い。


此処はずっと寒かった。


暖かい所へ行きたかった。


外の世界を見て見たかった。


僕はーー


何時まで此処に居ればいいんだろう?


目を閉じても開けても、暗闇だけが広がる世界。


生きてるのか死んでるのかも分からなくなる。


どうか、此処から出してください。


ーーこの世に生まれ落ちてから、五年の歳月が過ぎた日の事。


「ユキ……」


暗い闇の地下回廊の中、それでもユキは白銀に輝いていた。


黒と白の対比は、更にその存在を際立たせる。


此処は干渉出来ない世界。


アミはただ眺める事しか出来ない。


ユキの瞳。それはアミが見てきた感情の無い、深く吸い込まれそうな銀色の瞳。


昔も今も、その瞳には虚無だけが広がっている。


特異点として。


この世に存在してはならない存在として。


誰からも愛される事無く、ただ生きているだけ。


「ごめんね……」


触れたくても触れられない、この形の無い世界がもどかしかった。


************


ーー暫くして、誰かの足音が暗闇の奥から聞こえてきた。


一人の男の子が僕を見ている。


僕より少しだけ幼い、黒い髪の男の子。


髪の色や目の色は違うけど、雰囲気ですぐに理解出来た。


この子は僕の弟だ。


僕には弟がいたんだね。


弟は僕のように、存在してはいけない存在じゃない。


良かった……。


僕の代わりに、父上と母上の愛情を一身に受ける事が出来る。


次期当主として、立派に一族を引っ張っていけるだろう。


少し羨ましかったけど、これで安心した。


弟には僕の分まで幸せになって欲しい。


父上と母上、そして一族の事をよろしく頼むね?


弟は不思議そうな目で僕を見つめていた。


弟がいる事を知った日の事。


何も無かった自分に安心出来た日の事ーー


『シュリ様! ここに来てはなりません!』


誰かが声を荒げながら此処に入って来た。


“シュリ”


僕の弟はシュリって名前なんだね。


僕には名前は付けて貰えなかったけど。


次期当主に相応しい名前だね。


『あれは……僕の兄上?』


『シュリ様に兄は存在しません! 金輪際此処に入ってきてはなりません』


一人の男が弟を抱き抱えて連れて行く。


あまり弟に乱暴しないで欲しいなぁ。


でも、もう此処に来ちゃ駄目だよシュリ。


君は次期当主なんだから。


存在してはいけない兄が居てはいけないのだからーー
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