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序~最終章 生死流転

十一話 命の重さ

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「……師匠!  何呆けてるんですか?」


ユキのその一言で時が動き出す。


「ああ……少しばかり、昔の事を想い出していました」


それは、ほんの刹那の時間の回想だったのかもしれない。


「それにしても……」


かつての師は愛弟子を感慨深く眺める。


「大きくなりましたねぇ」


「……嫌味ですか?」


事実ユキは歳相応の体積しかない。当然と云えば当然だが、この年で人智を越えた身体能力をしている方が異常なのだが。


「ええ、嫌味です」


それに対し、かつての師は笑みを浮かべながら、きっぱりと言い放つ。


“こ、この人は……。相変わらず変わってない!”


生前と何一つ変わる事は無い師に、ユキは溜息を漏らすしかない。


「冗談はさておき、精神の方は以前とは比べものにならない位、大きくなったという事です」


「それはどうも……」


やはりこの人は疲れると、切実にユキは思うしかなかった。


「それはともかく、師匠が此処に居るという事は、私を迎えに来たという事ですね?」


“そう、覚悟は出来ている……。此処から先は黄泉への旅路。どの道、私に地獄以外への行き先は無いーー”


「何を寝呆けているんでしょうかね、この子は……。まだ生きている者が、あの世へ行ける訳無いでしょう?」


「はぁ!?」


これは意外な言葉だった。死んだから三途の川に居るのではないか? と、ユキは師の言葉の意味を理解出来ず、戸惑いを隠せない。


「まあ半分死にかけていますが、まだ生きています。あとは生きたいという気持ち。それに、アナタはまだ死ぬべきでは無いでしょう?」


「し、しかし……」


“今更後悔などしていない。それに私の役目はもう終わったのだから……”


「しかしもへちまもありません!」


言葉を濁し、死を漠然とながら受け入れているユキに、かつての師は叱咤する。


“……微妙に意味が違うような?”


それも明らかに間違っている意味でだ。


「全く不出来な弟子なんですから……。強さ的にも精神的にも成長したとはいえ、やはりまだまだ子供ですね」


「何だよそれ!? 褒めたりけなしたり訳分かんねぇよ!!」


師匠の毒舌振りに何時の間にかユキは、これ迄に聴いた事が無い口調になっていた。


現在でこそ、師の影響と名を受け継いだ事もあってか、歳に不相応な紳士的口調の彼だが、かつては父に反抗する子供その者の様な時期もあった。


これこそ彼の、本来在るべき姿なのかもしれない。


「まあ、聞きなさい馬鹿弟子。私達特異点は、その力によって闘う事だけ、そしてその中で死ぬ事だけを宿命付けられてきました。誰一人例外無く、誰にも理解される事無くね……」


だからこそ彼等は闘い続けた。生きている意味を。自らの存在意味を証明する為に。


「闘いの中で死んでいく。なら“俺”の最期はその通りじゃないか! 何もおかしい事は無いじゃん!?」


闘う事でしか生きられない存在。そう、おかしい事は何も無い。


何時の間にか、その冷静な口調だけではなく、一人称もかつてに自分に戻っていた。


「そうですね……アナタもまた例外無く闘い、多くの命をその手に掛けてきた。アナタのその小さな手は、その命の重さを知っている。だがアナタもまた一つの命で在る事を忘れてはならない。自分が思っている程、それは軽い物では無いんですよ」


師の言葉の意味が、彼には理解出来なかった。考えた事も無かった。


自分の命の重さ等。何時死んでもいいと思っていたから。


かつてアミと初めて出会った時、借りと称して簡単に命を差し出そうとしたのは冗談でもなく、紛れもない彼の本心だったのだ。
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