君たちが贈る明日へ

天野 星

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第二章 覚めない夜に

3-3

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「お母さん、これなんだけど」

 外出した理由を掲げる。

「もしかして、それを買いに出掛けたの?」
「うん」

 リビングのソファでテレビを見ていた父親の顔が歪んでいく。

「いつか、こんな服を着て外出してみたいって思ってたから」
「お前がか?」
「…………」

 何も言えなかった。僕を睨み付ける父親の視線に耐えられなかった。

「その、だから、あの……」

 言葉の変わりに手にしたそれを父親の眼前に差し出すと、大きな溜息を吐いたあとに「これを……」と呟いてから、ベストをまじまじと見始めた。一度も僕と視線を合わさなかった父親の心境が理解できてしまうことが悲しい。
 僕だって、その服を着てカラオケに行ってみたい。真昼の太陽を見上げて、その目映さに目を細めてみたい。
 どの願いも何一つとして、声にすることすら許されない自分が赦せない。黙り込む僕を〝可哀想〟だと思ったのだろうか。

「わかったわ……好きにしなさい。後はこちらでどうにかするから」

 母親が仲裁役を買って出てくれた。

「ありがとう」

 母親に頭を下げると、伸ばされた腕が寸でのところで止まった気配がした。どれだけ欲しても与えられることのない温もり。決して触れられないという現実に寂しが募る。気づかぬふりをしていた感情を振り払うように勢いよく顔を上げると。

「部屋に行くね」

 上手く笑えているだろうか。潤んでいく目を知られたくなくて、返事も待たずにリビングから逃げ出した。

「は――」

 溜息とも取れぬ短い音が零れ落ちる。暗い思考に支配される前に慌ててインターネットを開いた。
 六月二十三日に更新された日記には、少しだけ主治医と本音を話せるようになったこと、友人と会ったことが記載されていた。僕の心が届いていたなら嬉しい。
 カイトの前向きな発言に沈んだ気持ちが浮上していくのが分かる。暗い両親の音をかき消すように文字を打っていくと、連なる一文字の音が美しい旋律へと変わっていった。

『主治医に思ってることが話せたんですね。よかったです。これから少しずつ信頼関係を築いていったらいいと思いますよ。焦らず、ゆっくりとでいいので、ここに書いてあることを話せるようになってください』

 微かに見えた希望の兆しに明るい未来への展望と、直に来るであろう終焉への鐘が鳴り始めた。
 それからのカイトの日記には、たびたび明るい話題が出てくるようになった。暗い内容もあるが、以前に比べると格段に減っている。コメントする側としても、今がチャンスとばかりにポジティブな言葉を伝え続けた。

『最近の調子はどうですか?』
『去年よりはいいかな。ユウトは元気? そういえば、普段は何をしてるの?』

 他愛もない世間話に、僕のことを知ろうとする発言が増えだした。匿名だからこそ話せることもあると遠回しに答えると、あっさりと引き下がってくれた。
 梅雨前線消失とともに迎える真夏の太陽の如く、カイトにも明るく輝いてほしいと願いながら、窓の隙間から見える、薄くなり始めた黒い雲を眺めた。
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