君たちが贈る明日へ

天野 星

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第三章 二重の世界

3-2

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 退院をした日から再開したさちこのブログには、相も変わらず多くのコメントが寄せられている。何の変哲もない日常を綴るだけのブログに、いったいどんな魅力があるのか。
 嘘で塗り固められた日々は、何故か多くの人の関心を集めた。そのことが何を意味しているのか私にはわからないが、もう一人の私、なりたかった私の象徴である幸子は、ネットという半透明な世界では人気者なのだ。
 書き込まれたコメントを一つ一つ読んでいく。綺麗な言葉も汚い言葉もすべて私のために綴られた言葉だけど、全員に返信をすることはできないから、いつもまとめてお礼をしている。
 今日も普段どおりに最後まで目を通していく予定だったが、見慣れないユーザー名からコメントが書かれているのを発見した。それは、退院した日のブログに載せた写真に対する感想だった。他のユーザーもコメントを書いてくれているが〝カイト〟と名乗る人物からの内容にひっかかりを感じた。その原因を掴みたくて、直接メッセージを送ることにした。

『はじめまして。私は『さちこの怠惰な毎日』の管理人をしている幸子です。9日に更新した写真にコメントをしてくれてありがとうございます』

 返信がきたのは翌日の昼過ぎだった。

『はじめまして。メッセージありがとうございます――』

 私が気になっていた事柄に関する回答は『ノー』だった。否定の言葉が返ってくることは承知済みだったが、実際に目にすると胸が痛んだ。
 本当は気づいて欲しかった――。
 毎日、毎日、嘘を積み重ねることで得られる安心感と充足感とは違う、情けなさと罪悪感。それらの自責からやっと解放されると思った。
 カイトというネームから浮かんだのは、病院で出会った戒斗だった。相手のブログを閲覧したが、過去まで遡る必要なんてなかった。お見舞いに来てくれたことや、通院日に再会したことが綴られていたからだ。
 戒斗だと確信したけれど、万が一にも別人だったらという恐怖心から、再びメッセージを送った。
 本当のことなど教えてはくれないだろう。ましてや私は幸子という偽名を使っているし、戒斗だって知人に知られたくないことだってあるはずだ。
 互いに気づいたとして、真実を話せる勇気なんてあるのか。
 カイトからの返事を見て、私の行動がいかに愚かだったのかを思い知った。

『人違いでしたか……突然不躾なことをお訊きしてすみませんでした。でも、この機会にメッセージのやりとりだけでもしませんか?』

 いつか真実を話すとき、その相手が戒斗だったらいいなと思った。
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