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第八章 本物だから叶わない
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「ただいま」
「おかえりなさい絵美。疲れたでしょ? 少し休む?」
「絵美、お前の好きなシュークリーム買ってきたぞ」
嬉しそうに箱を掲げる父に理不尽な怒りが湧いた。
「いらない」
「食欲がないのか? せっかくお前の好きなものを買ってきたんだが残念だな」
「…………」
病院食の私のことを気に掛けてくれたのだろう。わざわざ買いに行ってくれたことに感謝の言葉をと思うのに、私の体がそれらを拒否している。口を開けば酷いことを言ってしまうから唾と一緒にお礼すらも飲み込んだ。
「なら、母さんと二人で食べようか。なあ、母さん?」
「お父さん。子どもみたいなことを言わないで食後に食べたらいいでしょ。ごめんね、絵美。お父さん、あなたが帰ってくるのを楽しみにしていたの。わかってあげて?」
「……うるさい……」
「ん? 何か言ったか?」
「うるさいって言ったの。そんなもの食べたらまた太るでしょ!」
「絵美、何かあったの?」
心配した母が顔を覗き込んできた。
「何もないってば! それはいらない。ご飯もいらないから」
どうしていつもこうなってしまうの?
心の悲鳴が思ってもいない雑言となって溢れてくる。
「いったい何があったんだ? 昨日まではそんなこと言ってなかっただろう。シュークリーム楽しみにしてるって言ってたのに急にどうしたんだ」
ごめんなさい。この一言がどうして言えないの?
「何もないって言ってるでしょ。お父さんには関係ない。もう黙ってて!」
肩に掛けていた鞄を父に投げつける。自分への怒りを家族に向けてしまった。罪悪感と幼い心と過去の呪縛が思考を支配する。そのあとは前と同じ。父と口論となって暴れた私を必死で両親が宥める。そして最後はご近所さんからの通報で警察官が駆けつける。
また、こいつかとうんざりしている男性警察官二人。不快感を隠そうともしない態度に、収まり始めていた怒りがぶり返して。激情に身を委ね、警察官の制止を無視して暴れ続けた結果。乗り慣れてしまった警察車両で病院へと送り返されることになった。
強制送還された私の外泊は、半日も経たずに終わった。病院に着く頃には比較的落ち着いていたので、閉鎖病棟ではなく開放病棟のままだったことだけが幸いだ。
両親は何度も「何があったの?」と優しく訊いてくれていけど、もう一度あの女の名前を口にすることすら気持ち悪くて何も言わなかった。
病棟を去って行く両親の寂しそうな背中に「ごめんね」と言うだけが精一杯だった。
「おかえりなさい絵美。疲れたでしょ? 少し休む?」
「絵美、お前の好きなシュークリーム買ってきたぞ」
嬉しそうに箱を掲げる父に理不尽な怒りが湧いた。
「いらない」
「食欲がないのか? せっかくお前の好きなものを買ってきたんだが残念だな」
「…………」
病院食の私のことを気に掛けてくれたのだろう。わざわざ買いに行ってくれたことに感謝の言葉をと思うのに、私の体がそれらを拒否している。口を開けば酷いことを言ってしまうから唾と一緒にお礼すらも飲み込んだ。
「なら、母さんと二人で食べようか。なあ、母さん?」
「お父さん。子どもみたいなことを言わないで食後に食べたらいいでしょ。ごめんね、絵美。お父さん、あなたが帰ってくるのを楽しみにしていたの。わかってあげて?」
「……うるさい……」
「ん? 何か言ったか?」
「うるさいって言ったの。そんなもの食べたらまた太るでしょ!」
「絵美、何かあったの?」
心配した母が顔を覗き込んできた。
「何もないってば! それはいらない。ご飯もいらないから」
どうしていつもこうなってしまうの?
心の悲鳴が思ってもいない雑言となって溢れてくる。
「いったい何があったんだ? 昨日まではそんなこと言ってなかっただろう。シュークリーム楽しみにしてるって言ってたのに急にどうしたんだ」
ごめんなさい。この一言がどうして言えないの?
「何もないって言ってるでしょ。お父さんには関係ない。もう黙ってて!」
肩に掛けていた鞄を父に投げつける。自分への怒りを家族に向けてしまった。罪悪感と幼い心と過去の呪縛が思考を支配する。そのあとは前と同じ。父と口論となって暴れた私を必死で両親が宥める。そして最後はご近所さんからの通報で警察官が駆けつける。
また、こいつかとうんざりしている男性警察官二人。不快感を隠そうともしない態度に、収まり始めていた怒りがぶり返して。激情に身を委ね、警察官の制止を無視して暴れ続けた結果。乗り慣れてしまった警察車両で病院へと送り返されることになった。
強制送還された私の外泊は、半日も経たずに終わった。病院に着く頃には比較的落ち着いていたので、閉鎖病棟ではなく開放病棟のままだったことだけが幸いだ。
両親は何度も「何があったの?」と優しく訊いてくれていけど、もう一度あの女の名前を口にすることすら気持ち悪くて何も言わなかった。
病棟を去って行く両親の寂しそうな背中に「ごめんね」と言うだけが精一杯だった。
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