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2.父、ルシウス・ウルペース
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「もう一度だけ訊こう、ヘレナ」
我が父ルシウス・ウルペースは自らの書斎の椅子に肘をつき、目の前に立つ私を見る。
「お前は学園での罪に対する一切を認め、それに対する罰を受け入れる。それでいいのだな」
「いかにも。最も負けた私にそれを望むほどの権利があれば、のお話ですが」
私の返答に父上は深くため息を吐き、左手で顔を覆う。その姿は常の毅然とした姿よりも少し小さく見えた。
「お前は変わらんな。物心ついた時から常にそうだ。ついぞその口から、聞き苦しい言葉を耳にした覚えがない」
「あら、それはお父様の教育の賜物だと思いますわ。幼少の時分から貴方が私に求めたことはいつだってシンプルでした。強くあれ、美しくあれ、尊くあれ。そして、何よりも――」「――誰にも負けるな」
ニヤリと父上の口が歪む。恐らく私も同じような表情をしていただろう。この人は、私とよく似ている。いや私がこの人に似ているのか。
ならば問いへの解は決まっているはずだ。
「私は最後の最も大切な教えを守れませんでした。惨めに、無様に、為すすべなく平民に負けた。ならばそれ以外くらいは、しがみつかせてくださるのが情けというものではありませんか?」
私の答えに、今度こそ父上は声を出して笑う。
「ふ、はは。なるほど道理だ。どれも私が確かにお前に説いた教えであり、お前はそれを守れなかった。だがね、ヘレナ。これは言っていなかったかな」
父上の左手がだらりと垂れ、椅子の手すりがギシリと嫌な音を立てた。
「お前が私を冷徹な父親だと思おうと、周りが私を『氷の公爵』などと呼ぼうと――私は確かにお前の父親だ」
「はい」
「そしてお前は、私がユリアと共に蝶よ花よと育てた、ウルペース家の長女だ。他のボンクラ兄弟とは違う」
常にない父上の激情を躱す為、私はひらひらと手を振ってみせる。
「まあひどい。お兄様方が聞いたら、お父様とて明日の陽を拝めないかもしれませんわね」
「男なぞ勝手に育ち、いつまでも勝手をしたがるものだ。つまらんことこの上ない」
父上は私に向けていた視線をおもむろに外し、何処か私の後ろを見る。
「可愛い娘を一人の平民に憐れまれ、婚約相手に責められ、貴族どものさらし者にされる」
椅子の悲鳴が大きくなった。
「私は――己れは。それを笑って受け入れられるほど大人でも、冷血でもなかったらしい。相手が王家だろうが不世出の天才だろうが、己れには関係ない。腹が立って腹が立って、気が狂いそうだ。そして」
私が返す言葉はない。まだ話には続きがある。私はそれを確信していた。
ベキ、という音と共に父上の椅子の手すりが砕けた。
「己れはそんな出来の悪い娘も、どうやら許せそうにない」
ああ、可哀そうに。私は声を震わせる父上を前に、心底同情する。この男は我が子可愛さに心を動かしているわけではない。我が子の痛みに自分も胸を痛め、髪を逆立てているわけではない。理想通りにいかない玩具に駄々をこね、腹を立てている。
この男は父親になって尚、人形遊びがしたいだけなのだ。
「お前には二つ選択肢がある」
もう父上は私の方すら見ない。何事もなかったかのように冷静さを取り戻し、眼鏡をかけて手元の資料に目を落とす。
「一つ。お前が言うようにすべての罪を認め、罰を受け入れる。とはいえ腐ってもここはウルペース家だ。エミリア嬢への殺人も未遂だったし、あらゆる姦計にも確たる証拠はない。果ては退学か例外的に修道女見習いか、そんなところだろう」
まあそうだろう。私は実際にエミリアヘ害を及ぼしたわけではない。証拠などあるはずもない。
「二つ。全ての罪を否認し、己を無実だと言い張る。勝てば無罪となり、王家との関係も多少滞るが継続できる。
ただしそれに敗れた時は相応の傷をお前が、ひいてはウルペース家が負うことになる。生涯修道女か、ウルペース家の爵位降格か。これはエミリア嬢の今後にも左右されるだろう。彼女がカニス様とより懇意になれば、相対的にお前への罰も大きなものとなる。いくらエミリア嬢が良いと言っても、身内に仇成す可能性のある者をあの王子が許すことはあるまい。最悪――処刑も考えられる」
父上は白髪交じりの黒髪を靡かせる。
「好きに選べ。選択の結果は私にも御しきれるものではないが、今ならば選ぶ自由はお前にある。ただし」
父上は資料から顔を上げ、目を細める。
「私が愛していたのは、優秀で美しく負けることがなかった娘だということを、ゆめゆめ忘れるな」
「お父様こそ、優秀で美しく負けることがなかった娘がいたと、忘れないでくださいまし」
乾いた笑いが二つ、書斎に響いた。
「全くできすぎた娘だよ、お前は」
我が父ルシウス・ウルペースは自らの書斎の椅子に肘をつき、目の前に立つ私を見る。
「お前は学園での罪に対する一切を認め、それに対する罰を受け入れる。それでいいのだな」
「いかにも。最も負けた私にそれを望むほどの権利があれば、のお話ですが」
私の返答に父上は深くため息を吐き、左手で顔を覆う。その姿は常の毅然とした姿よりも少し小さく見えた。
「お前は変わらんな。物心ついた時から常にそうだ。ついぞその口から、聞き苦しい言葉を耳にした覚えがない」
「あら、それはお父様の教育の賜物だと思いますわ。幼少の時分から貴方が私に求めたことはいつだってシンプルでした。強くあれ、美しくあれ、尊くあれ。そして、何よりも――」「――誰にも負けるな」
ニヤリと父上の口が歪む。恐らく私も同じような表情をしていただろう。この人は、私とよく似ている。いや私がこの人に似ているのか。
ならば問いへの解は決まっているはずだ。
「私は最後の最も大切な教えを守れませんでした。惨めに、無様に、為すすべなく平民に負けた。ならばそれ以外くらいは、しがみつかせてくださるのが情けというものではありませんか?」
私の答えに、今度こそ父上は声を出して笑う。
「ふ、はは。なるほど道理だ。どれも私が確かにお前に説いた教えであり、お前はそれを守れなかった。だがね、ヘレナ。これは言っていなかったかな」
父上の左手がだらりと垂れ、椅子の手すりがギシリと嫌な音を立てた。
「お前が私を冷徹な父親だと思おうと、周りが私を『氷の公爵』などと呼ぼうと――私は確かにお前の父親だ」
「はい」
「そしてお前は、私がユリアと共に蝶よ花よと育てた、ウルペース家の長女だ。他のボンクラ兄弟とは違う」
常にない父上の激情を躱す為、私はひらひらと手を振ってみせる。
「まあひどい。お兄様方が聞いたら、お父様とて明日の陽を拝めないかもしれませんわね」
「男なぞ勝手に育ち、いつまでも勝手をしたがるものだ。つまらんことこの上ない」
父上は私に向けていた視線をおもむろに外し、何処か私の後ろを見る。
「可愛い娘を一人の平民に憐れまれ、婚約相手に責められ、貴族どものさらし者にされる」
椅子の悲鳴が大きくなった。
「私は――己れは。それを笑って受け入れられるほど大人でも、冷血でもなかったらしい。相手が王家だろうが不世出の天才だろうが、己れには関係ない。腹が立って腹が立って、気が狂いそうだ。そして」
私が返す言葉はない。まだ話には続きがある。私はそれを確信していた。
ベキ、という音と共に父上の椅子の手すりが砕けた。
「己れはそんな出来の悪い娘も、どうやら許せそうにない」
ああ、可哀そうに。私は声を震わせる父上を前に、心底同情する。この男は我が子可愛さに心を動かしているわけではない。我が子の痛みに自分も胸を痛め、髪を逆立てているわけではない。理想通りにいかない玩具に駄々をこね、腹を立てている。
この男は父親になって尚、人形遊びがしたいだけなのだ。
「お前には二つ選択肢がある」
もう父上は私の方すら見ない。何事もなかったかのように冷静さを取り戻し、眼鏡をかけて手元の資料に目を落とす。
「一つ。お前が言うようにすべての罪を認め、罰を受け入れる。とはいえ腐ってもここはウルペース家だ。エミリア嬢への殺人も未遂だったし、あらゆる姦計にも確たる証拠はない。果ては退学か例外的に修道女見習いか、そんなところだろう」
まあそうだろう。私は実際にエミリアヘ害を及ぼしたわけではない。証拠などあるはずもない。
「二つ。全ての罪を否認し、己を無実だと言い張る。勝てば無罪となり、王家との関係も多少滞るが継続できる。
ただしそれに敗れた時は相応の傷をお前が、ひいてはウルペース家が負うことになる。生涯修道女か、ウルペース家の爵位降格か。これはエミリア嬢の今後にも左右されるだろう。彼女がカニス様とより懇意になれば、相対的にお前への罰も大きなものとなる。いくらエミリア嬢が良いと言っても、身内に仇成す可能性のある者をあの王子が許すことはあるまい。最悪――処刑も考えられる」
父上は白髪交じりの黒髪を靡かせる。
「好きに選べ。選択の結果は私にも御しきれるものではないが、今ならば選ぶ自由はお前にある。ただし」
父上は資料から顔を上げ、目を細める。
「私が愛していたのは、優秀で美しく負けることがなかった娘だということを、ゆめゆめ忘れるな」
「お父様こそ、優秀で美しく負けることがなかった娘がいたと、忘れないでくださいまし」
乾いた笑いが二つ、書斎に響いた。
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