婚約破棄の悪役令嬢、気まぐれ悪魔に魅入られる。

あおだるま

文字の大きさ
2 / 6

2.父、ルシウス・ウルペース

しおりを挟む
「もう一度だけ訊こう、ヘレナ」

 我が父ルシウス・ウルペースは自らの書斎の椅子に肘をつき、目の前に立つ私を見る。

「お前は学園での罪に対する一切を認め、それに対する罰を受け入れる。それでいいのだな」
「いかにも。最も負けた私にそれを望むほどの権利があれば、のお話ですが」

 私の返答に父上は深くため息を吐き、左手で顔を覆う。その姿は常の毅然とした姿よりも少し小さく見えた。

「お前は変わらんな。物心ついた時から常にそうだ。ついぞその口から、聞き苦しい言葉を耳にした覚えがない」
「あら、それはお父様の教育の賜物だと思いますわ。幼少の時分から貴方が私に求めたことはいつだってシンプルでした。強くあれ、美しくあれ、尊くあれ。そして、何よりも――」「――誰にも負けるな」

 ニヤリと父上の口が歪む。恐らく私も同じような表情をしていただろう。この人は、私とよく似ている。いや私がこの人に似ているのか。
 ならば問いへの解は決まっているはずだ。

「私は最後の最も大切な教えを守れませんでした。惨めに、無様に、為すすべなく平民に負けた。ならばそれ以外くらいは、しがみつかせてくださるのが情けというものではありませんか?」

 私の答えに、今度こそ父上は声を出して笑う。

「ふ、はは。なるほど道理だ。どれも私が確かにお前に説いた教えであり、お前はそれを守れなかった。だがね、ヘレナ。これは言っていなかったかな」

 父上の左手がだらりと垂れ、椅子の手すりがギシリと嫌な音を立てた。

「お前が私を冷徹な父親だと思おうと、周りが私を『氷の公爵』などと呼ぼうと――私は確かにお前の父親だ」
「はい」
「そしてお前は、私がユリアと共に蝶よ花よと育てた、ウルペース家の長女だ。他のボンクラ兄弟とは違う」

 常にない父上の激情を躱す為、私はひらひらと手を振ってみせる。

「まあひどい。お兄様方が聞いたら、お父様とて明日の陽を拝めないかもしれませんわね」
「男なぞ勝手に育ち、いつまでも勝手をしたがるものだ。つまらんことこの上ない」

 父上は私に向けていた視線をおもむろに外し、何処か私の後ろを見る。

「可愛い娘を一人の平民に憐れまれ、婚約相手に責められ、貴族どものさらし者にされる」

 椅子の悲鳴が大きくなった。

「私は――己れは。それを笑って受け入れられるほど大人でも、冷血でもなかったらしい。相手が王家だろうが不世出の天才だろうが、己れには関係ない。腹が立って腹が立って、気が狂いそうだ。そして」

 私が返す言葉はない。まだ話には続きがある。私はそれを確信していた。
 ベキ、という音と共に父上の椅子の手すりが砕けた。

「己れはそんな出来の悪い娘も、どうやら許せそうにない」

 ああ、可哀そうに。私は声を震わせる父上を前に、心底同情する。この男は我が子可愛さに心を動かしているわけではない。我が子の痛みに自分も胸を痛め、髪を逆立てているわけではない。理想通りにいかない玩具に駄々をこね、腹を立てている。

 この男は父親になって尚、人形遊びがしたいだけなのだ。

「お前には二つ選択肢がある」

 もう父上は私の方すら見ない。何事もなかったかのように冷静さを取り戻し、眼鏡をかけて手元の資料に目を落とす。

「一つ。お前が言うようにすべての罪を認め、罰を受け入れる。とはいえ腐ってもここはウルペース家だ。エミリア嬢への殺人も未遂だったし、あらゆる姦計にも確たる証拠はない。果ては退学か例外的に修道女見習いか、そんなところだろう」

 まあそうだろう。私は実際にエミリアヘ害を及ぼしたわけではない。証拠などあるはずもない。

「二つ。全ての罪を否認し、己を無実だと言い張る。勝てば無罪となり、王家との関係も多少滞るが継続できる。
ただしそれに敗れた時は相応の傷をお前が、ひいてはウルペース家が負うことになる。生涯修道女か、ウルペース家の爵位降格か。これはエミリア嬢の今後にも左右されるだろう。彼女がカニス様とより懇意になれば、相対的にお前への罰も大きなものとなる。いくらエミリア嬢が良いと言っても、身内に仇成す可能性のある者をあの王子が許すことはあるまい。最悪――処刑も考えられる」

 父上は白髪交じりの黒髪を靡かせる。

「好きに選べ。選択の結果は私にも御しきれるものではないが、今ならば選ぶ自由はお前にある。ただし」

 父上は資料から顔を上げ、目を細める。

「私が愛していたのは、優秀で美しく負けることがなかった娘だということを、ゆめゆめ忘れるな」
「お父様こそ、優秀で美しく負けることがなかった娘がいたと、忘れないでくださいまし」

 乾いた笑いが二つ、書斎に響いた。

「全くできすぎた娘だよ、お前は」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

真実の愛に婚約破棄を叫ぶ王太子より更に凄い事を言い出した真実の愛の相手

ラララキヲ
ファンタジー
 卒業式が終わると突然王太子が婚約破棄を叫んだ。  反論する婚約者の侯爵令嬢。  そんな侯爵令嬢から王太子を守ろうと、自分が悪いと言い出す王太子の真実の愛のお相手の男爵令嬢は、さらにとんでもない事を口にする。 そこへ……… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...