薄明宮の奪還

ria

文字の大きさ
6 / 198
第1部.アドニア 第1章

2.孤独

しおりを挟む
大広間は人でいっぱいだった。
着飾った貴婦人や諸公が、飲み物のグラスを手に、思い思いに集まって雑談に興じている。

その光景が、開け放たれた大扉の向こうに見えると、アイリーンは思わず立ち止まった。
気後れを感じ、やっぱり帰ってしまおうかと迷う。

と、突然誰かが後ろから、アイリーンの腕をグイとつかんだ。
アイリーンは驚いて飛び上がった。

「これはこれは!!」
異母兄の、レスターだった。

すらりとした長身に宮廷楽師のような衣装をまとった彼は、いつもながら素晴らしく華やかに見えた。

優美で、整った顔立ち。
雪白の肌に白っぽい金髪。
そしてちょっと珍しい色合いの、鮮やかなブルーグリーンの瞳。

その瞳が、まるで面白いおもちゃを見つけたとでもいうように、楽しげな光を浮かべている。

「親愛なる我が妹姫ではないか。せっかく来たんだ、こんな所につっ立ってないで、中に入ればいいだろう」

有無を言わさず彼女の肩を抱き、入り口へ向かって歩き出す。

「第二王子レスター様、第三王女アイリーン様、ご来場!」

貴人の到着を告げる小姓の声に、人々はさっと振り向いた。
驚きと好奇の目が一斉に集まってくる。

レスターは気にもとめず、親しげに顔を寄せてささやいた。
「どうした風の吹きまわしだい? 自分の誕生日祝いの席にさえ、仮病を使って出てこなかった君が?」

「仮病だなんて……」
図星を差され、アイリーンは顔を赤らめた。

子供の頃から特に苦手だったこの兄に、よりによって一番最初に出会ってしまうとは……。

「まあいいさ、おかげで連中の間の抜けた顔がたっぷり拝める」

レスターはクスッと笑った。
「ごらんよ、いくら目を見開いても、節穴には変わりないのにね」

レスターはその容姿と辛口の話術、そして天性の美声と楽器を操る才能のおかげで、こういう席では注目の的だ。

その彼が、めったに姿を見せないアイリーンを連れて歩いているのだから、人々がじろじろ見るのも無理からぬことだった。

しかしそれは、見るに値する、目の保養になるような眺めであった。

レスターだけではない。
この場の多くの者は、アイリーンが小さくおとなしい、目立たない子供であった頃しか知らなかった。

しかし先月16歳になった彼女は、その美しさ国内に並ぶものなしと詠われた彼女の母の面影を映し、やがて花開くであろう匂い立つような美貌の兆しを漂わせていた。

柔らかなウェーブを描いて腰まで流れ落ちる、日の光を紡いだような金の髪。
長いまつげに縁取られた、光の加減で青にも紫にも見える大きな瞳。
瑞々しい果実のような、小さな紅いくちびる。

可愛らしい耳たぶや、まだ幼さの名残を残す頬に、ほんのり散った桜色の血色が、透き通るような肌の白さを際立たせている。

人々は驚きと感嘆の声を口々に洩らし、ひそひそささやきあった。

けれどアイリーンは、自分がそのように見られていることなど知る由もない。
人の注目を集めることは苦痛でしかなかった。

彼女は早くも後悔し、できることなら回れ右して、自分の部屋に逃げて帰りたくなっていた。

しかしもう遅すぎた。 
人々が下がって道を開けたので、アドニア王とその二人の妃、そして異母兄弟のうちの二人の姿が見えた。

王は嬉しそうにニコニコし、二人を迎えようと待っていた。
「アイリーン、よく来たね。珍しいこともあるものだ」

「全くですね、父上。天変地異の前触れかも知れませんよ」
笑いながらレスターが言う。

「遅かったじゃないの、レスター」
第二王女のエディスが、早く離れろと言わんばかりにアイリーンを睨んだ。

第一王妃ヴィクトリアと、その息子の第一王子カイウスは、アイリーンには一瞥もくれようとしない。

「レスター、またそんな恰好をして。お客様も見えると言っておいたのに……」
レスターの母、第二王妃イリアナが美しい眉をひそめてたしなめた。

他国からの客人を招いた宴の席では、王家の男子は略式の礼装をするのがこの国のしきたりである。

それに比べて、ゆったりとドレープをとった裾長の白の胴着に、金の縁飾りを施した緑の長マント姿のレスターは、いかにもどこかの吟遊詩人か楽師といった風情だった。

彼は悪びれた様子もなく、にっこり笑って言った。
「似合いませんか?」
「レスター!!」

第一王妃とはかなり身分に差があるため、何事も控えめで物静かなイリアナが声を荒らげるのは、昔から、このように一人息子の奔放な性格に手を焼く時と決まっていた。

温厚なアドニア王が声をかける。
「まあ、よいではないか、宴の席だ。さあ二人とも、お客人にご挨拶しなさい」







食事が終ると、人々は音楽やダンスを楽しむために次の広間へと移って行った。

アイリーンは早々に自分の部屋に帰るつもりだった。ところが、
「逃げようったって、そうはいかない」

レスターが、再びアイリーンの腕をつかんで彼女を驚かせた。

「めったにない機会だ。今夜はぜひダンスの相手をしてもらわなくてはね」

「お兄様、悪ふざけはよして」

「ふざけてなどいないさ。さあ!!」

アイリーンは広間の中央で踊っている人々の真ん中に連れ出されてしまった。

しかたなく、レスターの巧みなリードに合わせて、踊り出す。

“どうして、放っておいてくれないのかしら……。ダンスの相手になら、不自由しないでしょうに……”

広間のあちこちから、熱い視線が二人を見つめているのを感じる。
その視線に胸を焼かれて、息が詰まりそうだった。

「そんなに下ばかり向いてちゃ、いつまでたっても上手くならないよ。こっちをお向き、ほら」

レスターはアイリーンのあごをつまんで仰向かせた。
アイリーンは頬を染め、顔をそむけた。

ただ恥ずかしいのか、腹立たしいのか、自分でもよくわからない。

レスターは笑って言った。
「いかにも迷惑そうだね。ぼくはあまのじゃくだから、そんな顔されるともっと苛めたくなるな」
「………!!」

いきなり頬にキスされて、アイリーンは真っ赤になって身を引いた。
レスターは彼女の腕をつかんで引き戻す。

「放して、お兄様……!!」
「いやだね。まだ曲は終わってないよ」

必死になって逃げようとするアイリーンを、レスターはクスクス笑いながら抱き締めた。

「レスター! 何してるのよ?!」
怒ったようなエディスの声がし、レスターはゆっくりと視線を移してそちらを見た。

「めったに顔を見せない妹と、親睦を深めている最中だ。邪魔しないでほしいな」

「やめなさいよ、みっともない。そんなことより、竪琴を弾いてくれるって言ったでしょう? みんな待ってるのよ」

女性達の華やかなドレスが集まって、まるで色とりどりの花が咲いたように見える辺りに、レスターはチラリと目をやった。

彼女たちは、互いにおしゃべりをするふりをしながらこちらをうかがっている。

「ふふん。一つ年下の妹とはいえ、天下の第一王妃様の生んだ王女様には、ぼくも逆らえない。正に適役というわけだ」

「何よ! 皮肉ばっかり言って!」
「怒るなよ。じゃあ、アイリーン。続きはまた今度ね」

ようやくレスターの腕から解放され、アイリーンは後も見ずに駆け去った。
その後ろ姿に、レスターが笑いを含んだ声で呼びかける。

「一曲目は君にささげるよ。聴いていってくれないのかい?」



いつもそうだった。

レスターには目の敵のようにいじめられ、エディスには露骨に嫌な顔をされる。

ヴィクトリアとカイウス親子は、冷たい、見下すような目で見るばかりで、口もきいてくれない。

イリアナとローゼリアは丁寧に接してくれたが、単なる儀礼的なもので、アイリーンにはほとんど関心がないようだった。

もちろん父は優しかった。けれど、国務で常に忙しい。

物心ついた時には、すでに母は亡く、アイリーンはいつも不安だった。

自分の足が地についていないような、不安定な思い。
アイリーンには、生まれ育ったこの城の中にさえ、自分がしっかりと立っていられる場所が見つからないのだった。


“こうなるとわかっていたのに……”
アイリーンは苦い後悔の味を噛みしめた。

“ああ、満月まで……あと何日? ティレル、あなたに会いたいわ……”
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

二百年の眠り姫は、五人の薔薇騎士と龍に溺愛される

七海美桜
恋愛
旧タイトル:五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです! フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...