薄明宮の奪還

ria

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第2部.アドニア〜リムウル 第2章

5.ティレルへの想い

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見渡す限りの、殺戮の跡だった。累々と死体が横たわっている。

剣や槍を突き立てられたまま事切れている男たち。
吊された幼い子供の亡骸のそばに、崩れ落ちるように倒れている女。

慈悲のカケラもない暴力の嵐が、この街を吹き荒れていったのだ。

街をぐるりと囲む胸壁の上に立ち、黒髪の男がその陰残な光景を眺め渡していた。
男は満足そうに笑っている。

風が運んでくる血生臭い匂いにさえ、男は楽しむように目を細めた。
その瞳は、獣のようなトパーズ色……。

その時、風に乗って、かすかな泣き声が聞こえた。子供の声だ。

男は首をめぐらせ、そちらを見た。
残忍そうな笑みが、赤い唇に浮かぶ。

男は胸壁から身軽に飛び降りた。
剣を抜き放ち、声の聞こえた方へと近づいていく……。

“やめろっ! ……やめろーっ!!”




アイリーンはハッとして、目を開けた。
“ティレル?……”

夢の中の恐ろしい光景が、彼女の心をかき乱し、息を上がらせていた。
ドキドキと激しく鼓動を打つ胸を押さえ、体を起こす。

彼女の隣にいたはずのエリアードが、戸口付近の壁に体を預けて床に座り、半身を起こしたまま眠っている。
アイリーンは首をかしげたが、起こさないようそっとベッドを降りた。

窓のそばに寄り、空を見上げる。
月齢24日の月は、半月からわずかに細い鎌形をして、空の中程にひっかかっていた。

あと5日もすれば新月だ。そしてそれから、約2週間でやっとまた満月になる……。

アイリーンは首にかけた、まがい物の"フレイヤの涙"を手に取った。

「魔力に目覚めた者にとって、金属は体に毒なのですよ」
エリアードがそう言って、器用に鎖を革ひもに付け替えてくれたものだ。

見た目はよく似ているが、それはやはり普通の紫水晶だった。
微細な魔力さえ、感じられない。

" やっぱり……これではダメよね……"と、ため息をつく。

この前の満月の夜は、牢の中だった。
一晩中起きて待っていたが、ティレルは現れなかった。

やはり石の力がなければ、彼に会うことはできないのだろう……。

“ティレル、あの夜あなたは会いに来てくれたの? いつものように。
 ペンダントがなかったから、見えなかっただけ?
 それとも私が牢に入れられていたから、見つけられなかった?”


アイリーンは夢の中で聞いた叫び声を、身震いと共に思い返した。
あの声は確かに、ティレルだった……と。

“あなたは今、ギメリックと戦っているの?
 それともあれは過去のこと? あるいは、未来の……?”

アイリーンには、生々しいあの夢が、ただの夢とは思えなかった。

恐ろしい……兄弟で殺し合うなんて……。
と、アイリーンは思ったが、王家の歴史の中では、何度もあったことだとは知っていた。

珍しいことではない。アドニアにも、そして隣国リムウルにも……。

しかしエンドルーアの歴史については、乳母が語ってくれた夢物語のようないにしえの伝説や伝承以外は、あまり知らなかった。

教育係の賢者様なら、聞けば教えてくれただろうに……もっと熱心に、聞いておけば良かった。

……自分は本当に子供だった。
ティレルとの安らぎの時間をのみ求め、他の何にも興味を持たないまま、夢うつつの中で日々を過ごしてきた……。

周囲の冷たさにかこつけ、あの日レスターに言われたとおり、何に対しても目をつむり、耳を塞ぎ……心を閉ざしてきたのだ。

それがどんなに子供っぽい、無益なことだったか、今となって思い知らされる気がした。

“ティレル……あなた今どうしてるの? どこにいるの?
 私のこと……思ってくれてる?
 せめて無事だと、私に知らせて……”


「やめてください!」
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