69 / 198
第2部.アドニア〜リムウル 第3章
1.少年
しおりを挟む
「歌わないの?」
声をかけられ、少年は顔を上げた。
年の頃は15、6。やせ細った体に不釣り合いなほど大きな竪琴を構えたその少年は、もう小一時間も前から、なかなかに達者な手つきで次から次へと曲を弾いていた。
彼が座っている広場の石畳の上には、裏返しに置かれた帽子が一つ。
どうやら吟遊詩人かその見習いらしいのだが、一向に歌おうとしない彼を、声の主はいぶかしんだようだった。
少年はしかめっつらをして相手を見返した。
あと半時もすれば暮れ落ちてしまうだろう夕日が逆光となり、フードを被った男の顔は良く見えない。
しかし若々しい声と、すらりとしたシルエットから、20そこそこの青年と思われた。
「風邪、引いちまって……」
少年は喉を指さしてみせた。なるほどひどい声だ。
“おかげで、商売あがったり”という意味だろう、次に、帽子を指さして肩をすくめてみせる。
人々から投げ入れてもらえるはずの硬貨は、ほとんど入っていなかった。
声をかけてきた男の、形の良い唇がニッコリ微笑んだ。
「それなら、ぼくに歌わせてくれないかな? 報酬は山分けってことで、どう?」
そう言うと、彼は最近街でよく聞く流行歌のワンフレーズを一節、歌ってみせた。
“おっ……これは、なかなか……”
少年は目を見張った。
“いい声してる。いけるんじゃないか?”
一つうなずくと、竪琴を構え直し、その曲を弾き出す。
ゆったりとしたテンポの、淡くほろ苦い恋の歌だった。
男は始めは調子を試すように少し小声で、それからだんだん声を張っていった。
少年が思った通り、美しい歌声だった。
彼の甘い声は伸びやかによく通り、特に高音には、澄み渡る空の彼方に突き抜けていくような、爽やかな透明感があった。
たちまち二人の周りに人垣ができはじめる。
やがて一曲終わるたびに拍手喝采が湧き、熱狂した人々が硬貨を雨のように落とし始めた。
日が沈むと、薄闇のベールが一枚、また一枚と落ちてくるように、次第に闇が濃くなっていく。
辺りがすっかり暗くなってしまっても、広場に集まった人の数は増えこそすれ、減ることはなかった。
夕食へと家路につく人が人垣から抜けるそばから、新しく足を止めて聞き惚れる人がいるからだ。
しかし周りの家々に明かりがともっても、広場の中心に明かりはなく、かなり暗かった。
すると気を利かせた誰かが、どこからか、かがり火を調達してきた。
とたんに、男は明かりから顔を隠すようにフードを深く引き下ろすと、人々に向かって優雅に一礼して見せた。
まるで宮廷楽士かと見まがうような洗練された身のこなしだった。
「なんだい、もう終わりかい?」
惜しむ声が上がる中、 男は少年をうながして彼を立たせると、少年と共に、もう一度礼をした。
「すみません、今夜は少し体調が悪いので。またごひいきに」
そう言う男の周りに、めざとく彼の美貌を見て取った女達が、群がるように寄っていく。
それを横目に、少年は集まった硬貨を素早くかき集めた。
“すっげえ! 半時で、これだけの稼ぎ……往年のお師匠様だって、こうはいかなかったんじゃないか?!”
彼が硬貨を集め終わる頃合いを見計らい、男は少年の元へと、女達から逃げるようにやってきた。
そして少年の耳元に顔を寄せ、ささやいた。
「すまないが……ここから連れ出してくれないかな」
見ると男の瞳が、困ったように笑っている。
「誰にも邪魔されずに食事ができるような店があったら、案内を頼むよ。今日の興行成績に二人で祝杯をあげるっていうのはどうだろう?」
少年にはむろん、否やはなかった。
声をかけられ、少年は顔を上げた。
年の頃は15、6。やせ細った体に不釣り合いなほど大きな竪琴を構えたその少年は、もう小一時間も前から、なかなかに達者な手つきで次から次へと曲を弾いていた。
彼が座っている広場の石畳の上には、裏返しに置かれた帽子が一つ。
どうやら吟遊詩人かその見習いらしいのだが、一向に歌おうとしない彼を、声の主はいぶかしんだようだった。
少年はしかめっつらをして相手を見返した。
あと半時もすれば暮れ落ちてしまうだろう夕日が逆光となり、フードを被った男の顔は良く見えない。
しかし若々しい声と、すらりとしたシルエットから、20そこそこの青年と思われた。
「風邪、引いちまって……」
少年は喉を指さしてみせた。なるほどひどい声だ。
“おかげで、商売あがったり”という意味だろう、次に、帽子を指さして肩をすくめてみせる。
人々から投げ入れてもらえるはずの硬貨は、ほとんど入っていなかった。
声をかけてきた男の、形の良い唇がニッコリ微笑んだ。
「それなら、ぼくに歌わせてくれないかな? 報酬は山分けってことで、どう?」
そう言うと、彼は最近街でよく聞く流行歌のワンフレーズを一節、歌ってみせた。
“おっ……これは、なかなか……”
少年は目を見張った。
“いい声してる。いけるんじゃないか?”
一つうなずくと、竪琴を構え直し、その曲を弾き出す。
ゆったりとしたテンポの、淡くほろ苦い恋の歌だった。
男は始めは調子を試すように少し小声で、それからだんだん声を張っていった。
少年が思った通り、美しい歌声だった。
彼の甘い声は伸びやかによく通り、特に高音には、澄み渡る空の彼方に突き抜けていくような、爽やかな透明感があった。
たちまち二人の周りに人垣ができはじめる。
やがて一曲終わるたびに拍手喝采が湧き、熱狂した人々が硬貨を雨のように落とし始めた。
日が沈むと、薄闇のベールが一枚、また一枚と落ちてくるように、次第に闇が濃くなっていく。
辺りがすっかり暗くなってしまっても、広場に集まった人の数は増えこそすれ、減ることはなかった。
夕食へと家路につく人が人垣から抜けるそばから、新しく足を止めて聞き惚れる人がいるからだ。
しかし周りの家々に明かりがともっても、広場の中心に明かりはなく、かなり暗かった。
すると気を利かせた誰かが、どこからか、かがり火を調達してきた。
とたんに、男は明かりから顔を隠すようにフードを深く引き下ろすと、人々に向かって優雅に一礼して見せた。
まるで宮廷楽士かと見まがうような洗練された身のこなしだった。
「なんだい、もう終わりかい?」
惜しむ声が上がる中、 男は少年をうながして彼を立たせると、少年と共に、もう一度礼をした。
「すみません、今夜は少し体調が悪いので。またごひいきに」
そう言う男の周りに、めざとく彼の美貌を見て取った女達が、群がるように寄っていく。
それを横目に、少年は集まった硬貨を素早くかき集めた。
“すっげえ! 半時で、これだけの稼ぎ……往年のお師匠様だって、こうはいかなかったんじゃないか?!”
彼が硬貨を集め終わる頃合いを見計らい、男は少年の元へと、女達から逃げるようにやってきた。
そして少年の耳元に顔を寄せ、ささやいた。
「すまないが……ここから連れ出してくれないかな」
見ると男の瞳が、困ったように笑っている。
「誰にも邪魔されずに食事ができるような店があったら、案内を頼むよ。今日の興行成績に二人で祝杯をあげるっていうのはどうだろう?」
少年にはむろん、否やはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
二百年の眠り姫は、五人の薔薇騎士と龍に溺愛される
七海美桜
恋愛
旧タイトル:五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる