薄明宮の奪還

ria

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第3部.リムウル 第3章

29.葛藤

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アイリーンは涙を拭いて半身を起こし、ギメリックに向き合った。

首からペンダントを外し、彼に差し出す。

「……ごめんなさい。これ、返すわ。これはあなたのもの……あなたが生きるために必要なもの」

ギメリックは一瞬、驚いて目を見張った。そして薄く笑みを浮かべ、揶揄するように言った。

「なぜだ? ティレルに会えなくなってもいいのか」

またもこみ上げてきた涙を懸命にこらえて、アイリーンはパッとうつむいた。

“泣いてはいけない……この人の前で、私には泣く資格なんてない……”

ギメリックが味わってきた辛苦に比べれば、自分がティレルを失う胸の痛みなど……きっと取るに足りないことなのだ……。


アイリーンが涙をこらえているのを見て、ギメリックの口調が少し優しくなる。

「俺にはもう、その石から力を引き出すことはできない。

 だから受け取っても意味がない。石の主はお前だ、アイリーン……」

無言で肩を震わせる彼女を、ギメリックは困った様子で眺め、とうとう立ち上がってきてベッドに腰掛けた。

ためらいながらそっと手を伸ばし、そして、彼女を引き寄せる。

旅の間に何度もそうしたように、細い体を、強く抱きしめた。


彼女が泣いている理由は、ティレルにもう会えないと言われたことを思い出したからだろうと、ギメリックは思った。

「……ティレルのことはあきらめろ。俺にはそれ以上、言えることはない。せめてもの忠告だ」

どうして自分はこんなにも、彼女の涙に弱いのか……。

この世界に存在する全てのものに対し、もはや何の望みも執着も、ないはずの身だった。

それなのに……アイリーンの華奢な肩が、悲しみに震えているのを見るのは耐えられない。

何が何でも、慰めてやりたくなる……。


“俺の過ちの後始末を、お前が引き受ける羽目になったことは、すまないと思う……

 だがそれは俺が選んだことではない。

 運命を受け入れ、この村の住人たちやエンドルーアの者たちのために薄明宮を取り戻してくれ。

 お前の魔力は強い。魔力の鍛錬を充分に積みさえすれば、難しいことではないはずだ。

 エンドルーア王としての役目を果たすことも、それほどの負担にはならないだろう……”


ギメリックの父エムリストの魔力は、強いものではなかった。

日々魔物の封印を新たにする儀式は、彼の魔力と体力を確実に蝕んでいたのだ。

歴代のエンドルーア王の中には、早死にをした者が少なくない。

無用な争いを避けるための掟(おきて)が、魔力の強弱にかかわらず年長者に家督を継がせることを強いていたからだ。


そこまで考えて突然、ギメリックの頭に雷に打たれたかのような衝撃とともに、ある認識が訪れた。

アイリーンがエンドルーアの王になる。

その次に王になるのは彼女の子供だ。

しかし、その子供を身ごもるために、彼女は魔力を失うことになる。

その時もしも王家の人間が、彼女の他に一人も生き残っていなければ……少なく見積もっても17年、子供の魔力が成熟するまでの間、石の主が不在となってしまう……。


“これはいったい……何の茶番だ、ヴァイオレット……!!”

今、石の主となり得るほど神々の血を色濃く受け継いでいるのは、クレイヴとティレルを除けばアイリーンと自分だけ。

つまり……魔物の封印を守るというエンドルーア王家の宿命を、全うな手段で果たすために……自分は生き続けなければならない。

「ク……ハハッ……」

ギメリックの歪んだ唇から、思わず笑いが漏れる。

“何と言うことだ……俺は好きな時に死ぬことすら、許されていないのか……”


それだけではない。

アイリーンが誰か他の男と結婚し子供を産み育てる、その過程を見守りながら生きるか、そうでなければ自分が彼女の夫となりエンドルーアの王となるしか、道はないのだ……。

“なれるものか! 今さら……ヴァイオレットにその資格なしと判断された俺が王になど……!! 第一、エンドルーアの民がそれを許すはずがない……”


「ギメリック……?」

彼の様子がおかしいことに気付いて、アイリーンが顔を上げる。

涙に濡れた青い瞳に見つめられ、ギメリックの葛藤は極限まで振れ切った。

“無理だ……! 俺にはどちらも、……耐えられない!!”

突然立ち上がり、小屋から出て行こうとする彼に、アイリーンはうろたえた。

「待って……!!」

ギメリックは振り向かない。足早に部屋を横切り、ドアに手をかける。

“行ってしまう……今度こそ、彼は帰ってこない……!!”
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