薄明宮の奪還

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第4部.リムウル~エンドルーア 第1章

4.救い手

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一瞬、ユリシウスが躊躇する気配を感じ、ギメリックは素早く口を挟んだ。

「ただの幻術だ。実際はせいぜい100騎ほどの少数部隊、数だけならこちらが勝っている。退路を開くより、敵の中枢を打つことが先決だろう」


しかし当然ながら、将軍たちの興奮と焦りはおさまらない。


「何を根拠にそのようなことをっ!」

「王子、敵の罠とも限りません、ご用心なされませ!」


どこにでも、頭の固い奴はいるものだ。
緊迫した戦況の中で、敵か味方かもわからぬ者を相手にしているのだから、それも仕方が無い。

そう思ったギメリックは、黙って行動に出た。百聞は一見にしかずだ。

口の中で低く呪文をつぶやくと、たちまち数人のギメリックが現れ、その場を取り囲む。


「あっ……?!」

皆、一様に驚いて、本物と全く同じに見える偽物のギメリックたちをキョロキョロと見比べた。

「なんと……」

ユリシウスもしばし言葉を失った。そしてギメリックに向き直り、つぶやくように言う。

「もしや、貴公は……」

常人の彼らには暗くて瞳の色までわからないだろうが、黒髪と今の術によって自分の正体を悟られたかと、ギメリックは身構えた。

ここにいる自分が、彼らが敵の総大将と考えているエンドルーアの皇太子と知れれば……この場は増々紛糾し、交渉どころではなくなるだろう。


しかしユリシウスの発した言葉はギメリックの予想外だった。

「……六つ子? いや、七つ子か?」

緊張感が一瞬にして崩れ去り、ギメリックは不覚にもコケそうになった。


将軍たちも思いは同じだったようで、一見、真剣そうに偽のギメリックの数を数え直しているユリシウスに向かって、呆れ顔で口々に言う。


「王子……」

「おたわむれを」

「……ああ、すまない。ほんの冗談だ」


ユリシウスはゆったりとした動作で兜を取り、にこやかな笑みを浮かべたその顔を外気に晒した。

歳は確か24、5のはずだが、それよりいくぶん若く見える。

柔らかそうな淡褐色の髪と青い瞳をした、柔和な顔立ちの、なかなかの美男子だ。


兜を脱いだ主人に危険が及んではと、控えていた従者がたちまち彼とギメリックの間に割って入り、二人の距離を離そうとする。

と、ユリシウスは従者からギメリックの剣を取り上げ、ギメリックに差し出して言った。


「数々の無礼をお許しください。あなたはどうやら、我々を救うために出向いて来てくださったようですね」


そこまで理解してもらったなら話は早い方がいい。そう考えたギメリックは術を解き、単刀直入に切り出した。


「ハッキリ言わせてもらうがこのままでは軍は全滅だ。幻術を操る者を打たない限り勝ち目はない。そのために精鋭を20騎……いや10騎でいい、俺に従わせてくれないか?」

「わかりました。この中から、あなたが使えそうだと思う者を好きなだけお連れください」

「王子……!!」

「こやつこそ幻術をあやつる張本人では……?」

即答したユリシウスに、異議を唱えようとする者もいた。ユリシウスが彼らを抑えようと口を開きかけたとき。

ふいに、異様な気配が襲って来た。

そして、この場を遠巻きにしていた護衛兵たちの間から悲鳴が上がる。

彼らが口々に叫んで指差す先に、大きな黒い塊が見えた。


“来たな!! まずは幻獣で様子見か……”


ギメリックがそちらへ向かって行く間にも、蠢く触手に絡めとられた兵士たちが次々に、絶叫しながら空中高く持ち上げられていく。

ギメリックが呪文を叫んだ。

彼の手から白熱の光球が幻獣に向かって飛んで行く。

しかしその光球はどこからか飛来した赤い光球とぶつかって激しく火花を散らし、消滅した。

と見るや、すかさずギメリックは次の光球を両手から続けざまに放つ。

一つは幻獣に命中し、幻獣はもがき苦しんだ。

幻獣が空中で放り投げた兵士たちを、ギメリックは魔力で受け止めて無事地面に降ろした。

その間にも、ギメリックが放ったもう一つの光球は少し離れた木立の影に飛んで行く。

「ぎゃぁっ……!!」

ドサリと音を立てて木立の影から男が倒れると同時に、のたうち回っていた幻獣の姿も溶けるように消えてしまった。


騒ぎの間、剣を構えながらも為す術のなかった将軍たちは一言もなく立ち尽くしている。

かろうじてショックから立ち直ったユリシウスがギメリックに声をかけた。

「……あれが敵の大将……幻術を操る者、ですか?」

「違う、魔物を使う単なる一兵卒だ。元締めは別で、もっと手強い。……しかも8人」

ユリシウスは少しひるんだ様子で早口に言った。

「そのような者たちが相手では我が精鋭と言えどあなたの助けになるかどうか……」

「術による攻撃は俺が防ごう。相手にして欲しいのは、魔力保持者についている常人の護衛だ」

「……」

さすがにためらう様子のユリシウスをその場に残し、ギメリックは踵を返した。

“もう一刻も無駄には出来ない。たとえ一人でも、乗り込んで行くしかない”


馬に飛び乗って去ろうとするギメリックを見て、ユリシウスは意を決したようにうなずいた。

将軍たちに向かって叫ぶ。


「総大将の名において、責任は全て私が取ろう!! さぁ、手柄を立てたい者は彼に続け!!」

たちまち3人の若者が前に進み出た。

そして順にユリシウスに一礼すると馬に飛び乗り、ギメリックの後に続いて北へと走り去って行く。


彼らの姿を見送るユリシウスに、彼の従者が言った。

「なぜ行かせたのです? 敵の罠かも知れないのに」

「放っておいても不利な我々に、どうしてわざわざ罠などしかける必要があるのだ。私はあの方を我らの救い手と信じる。それに、彼の切羽詰まったあの様子……とても演技とは思えない」

「……あなたはお人が良すぎる」


ユリシウスは微かに自嘲の混じった笑顔を見せ、少々声を潜めながらも明るく言った。

「そのおかげで生き延びて来られたのだから、それは褒め言葉と受け取って良いのだろうな?」

従者も声を潜めたが、その語気はむしろ強まり、瞳には真剣さが現れていた。

「ここは宮中ではありません、戦場ですよ!!」

「だから何もかも疑ってかかれと?」

「たとえあの男が真に我らの味方であったとしても、彼に付き従った者のうち一人でも還らぬ者があれば、あなたがその責をとがめられることになる」

「やれやれ。心配してくれるのはありがたいが……」

ユリシウスはぐるりと遠く四方を見渡し、自らが率いて来た軍勢が、圧倒的多数と見える敵にひるみながらもようやく本来の秩序を取り戻しつつある姿を眺めた。

「……見ろ。一人二人どころの話ではない。まだ本軍と合流もしないうちのこの失態、私はついさっきまで、父や兄に死んでお詫びするしかないと思っていたのだ。多少のとがめなど何ほどのことか……」


再びギメリックたちが走り去った方向に目を向けると、ユリシウスは微かに眉をひそめて言った。

「全ては無事戦いを終えてこそ……。さぁ、我らは我らに出来ることをしよう。そして彼らの武運を祈ろうではないか。私の勘が言っている、この戦いの行方は……いや、我が国、そして大陸全土の命運は、今や彼らの肩にかかっているとね」
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