薄明宮の奪還

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第4部.リムウル~エンドルーア 第1章

20.決戦-3

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物見台に登ったアイリーンは結界で防御を固めると、すぐに目を閉じて集中した。

“自分の中に力を呼び落とす……”

流れ落ちる水のイメージ。高いところから低いところへと……。

夜空に向かって手を広げ、アイリーンはそのイメージを受け入れた。
すると力は、アイリーンの体の隅々にまで流れ込んできた。

たちまち魔力の知覚が広がり、周りの状況が次々と心に入り込んで来る。
リムウル陣の中で暴れている数匹の幻獣に向かって、アイリーンは力を放った。
イメージの中で解き放たれた炎が、現実のものとなって幻獣を襲う。

全ての幻獣が消え去った後、残った魔力の気配はほんのわずかだった。
そのうちの一つに、アイリーンは強く引きつけられた。

“……ティレルだわ!! 間違いない……!!”

そう思ったとき、無意識に彼女はその場所へと跳躍していた。










デクテオンとユリシウスはテントの外で、戦況を見守っていた。

一時はかなりの数の敵兵がすぐ近くまで迫ってきていたが、二人の従者とデクテオンの護衛たち、そしてすぐに集まってきた近衛隊の活躍で蹴散らされ、今は第一騎馬隊とそれに従う歩兵たちがさらに周りを固めている。

今夜は新月なので暗くてよくは見えないのだが、かがり火と数カ所で燃えているテントの炎の明かりで、小高い丘の上に立つデクテオンのテントの場所からは、どうにか戦場の様子をうかがうことができた。

「……かなり、味方の兵が固まってきたようですね」

「うむ……」

不意を突かれたリムウル軍は苦戦している。
しかしデクテオンから指示を受けた将軍たちが、次第に兵をまとめ始めていた。
混戦を鎮め、組織的に戦闘を展開することができれば、数で勝るこちらの方が有利になるはずなのだ。

とは言え、敵の数は少ないどころか、むしろ味方より圧倒的に多いように見える。
経験者のユリシウスによれば魔力保持者の幻術によるものらしい。
そうと知らなければ、敵に援軍部隊が到着したのかと考えたところだったが……。

単に人影が見えるだけなら、ひるむ心さえ克服すれば害はないのだが、本物と偽物の区別が全くつかないのだから、襲って来られればとにかく応戦しなければならない。
兵士たちは、自分の剣が空を切って初めて幻覚だと悟るのだ。このままではいたずらに兵が疲弊するばかりだ。

「……どうにかならんのか」

とデクテオンがつぶやいたとき、突然、見えていた敵の数が急に減った。

「……? 何だ……?」

「これは……術が解けたのでしょう。我々が襲われた時もこうでした。ギメリックどのが敵の中枢に乗り込んで行った直後に、周り中囲まれていると思っていたものが、ほんの20騎ほどの小隊が四方にいただけとわかり……おかげで味方は力を取り戻しました」

「では彼が……?」

「さぁ、どうなのでしょう。アイリーン姫も魔力保持者なのですから、あるいは……」

ユリシウスはそう言いながら、陰になってよく見えないイスカのテントがある辺りをうかがった。

“彼女たちは無事だろうか……?”

イスカと近衛隊の精鋭を迎えにやったのだがまだ帰って来ない。

「あれは?!」

デクテオンの従者の叫び声に、ユリシウスは振り向いた。
そう遠くない場所に、ひときわ暗く闇が凝ったように見える大きな塊がある。
周りの兵たちが逃げ惑っているのを見て、レモールが叫んだ。

「例の化け物です、お逃げください!! 我々には太刀打ちできません!!」

その場にいた者たちが浮き足立つのを、ユリシウスの声が引き止めた。

「待て! 一匹だけとは限らない、むやみに動かない方がいい!!」

変に考えすぎないところが幸いするのか、こういう時のユリシウスの直感はよく当たる。
デクテオンはうなずいた。

「わかった、様子を見よう……」

近づいて来るようなら逃げなければならないと警戒するうち、その幻獣は次第に遠ざかって行った。

その間にも徐々にリムウル軍は秩序を取り戻し、デクテオンのテントを中心に味方の兵は完全に一つになった。
今や隊列が乱れている数カ所が幻獣の居場所だとハッキリわかる。

これまでは昼間、小競り合い程度の戦いを繰り返していただけで、化け物の存在も噂にしか過ぎなかった。
デクテオンは幻獣に対し、なす術もなくただ逃げ回る兵士たちを目の当たりにして、悔しげにつぶやいた。

「やはり……彼らの助けがない限り、勝ち目はないのか……」

「兄上、私も迎えに……」

ユリシウスがそう言いかけたとき、同時に数カ所から、一瞬空が明るくなるほどの大きな炎が上がった。

「化け物が……全部消滅しました!!」

デクテオンの従者が喜んで叫んだ。

「……」

ユリシウスはもう一度、イスカのテントの方を振り返った。

その時、落ち着いていた周りの兵士たちが突然、抜刀したかと思うと焦った様子で同士討ちを始めた。

「どうしたっ?!……おいっ?! しっかりしろ!!」

大声を上げても、効果はない。
正気を保っているのはデクテオンとユリシウス、そして彼らの従者の4人のみだった。

乱闘している兵士たちの間から、一人の男がゆっくりと歩み出てきて、彼らの前に立った。
それはギメリックの姿をした別人だった。トパーズの瞳を愉悦に細め、冷笑を浮かべる唇から、彼は言った。

「クククっ……無駄だ。皆、自滅させてやる。お前たちにも術をかけるのは容易いが……それではあまりにあっけなさすぎて面白くないからな」

「何だと……?!」

「このっ……!!」

従者たちが続けざまに斬りかかって行く。
と、男が突き出した手から見えない力が放たれ、従者たちの体が後ろに吹き飛んだ。
地面に叩き付けられ、彼らはうめきながら身じろぎをした。

男は楽しげに笑うと剣を抜き、身構えるデクテオンとユリシウスの前に進んできた。

「お前が総大将だな。先日見かけた時は見逃してやったが、覚悟するがいい。今日がお前の命日だ」

「おのれっ!!」

ひとこと叫んで、ユリシウスが斬りかかって行く。
フッと男の姿が消えたように見え、ユリシウスは衝撃を喰らって後ろに吹き飛ばされた。
テントの支柱に激しく背中を打ちつけ、その場にくずおれる。

「う……っ」

「お前の相手は後だ、そこでじっくり見物していろ」

「若君!!」

駆け寄ってきたレモールにユリシウスは叫んだ。

「馬鹿者っ!! 兄上を守れ!!」

キンッ……!!

澄んだ音を響かせ、デクテオンと男の剣がぶつかり合った。

「ありがたく思え……この私が剣で戦ってやっているのだ」

「何を……っ!!」

茶色の瞳が、トパーズの瞳を睨みつける。
起き上がったデクテオンの従者が後ろから、再び男に斬りかかった。
パッと身を翻した男の剣が、従者の体に突き刺さる。

「ぐっ……」

「!!」

血を吐いて倒れる彼を気遣う間もなく、デクテオンに男の剣が襲いかかった。

「兄上っっ!!」

激しく立ち回りながら、デクテオンと男は数回、剣を打ち合わせた。
レモールが加勢しようと走り寄っていく。ユリシウスも何とか立ち上がった。
しかしその時、男の剣がデクテオンの体をかすめ、デクテオンはよろめいた。

「……!!」

男の紅い唇が笑いを浮かべる。最後の一撃が繰り出され……振り下ろされようとした。

その刹那、辺りの空気にカッと閃光が走った。
皆、眩しさに目を閉じる。

次の瞬間、光り輝く人形(ひとがた)が何もなかった空間に出現していた。


「……お前が石の主か。面白い……女とはな……」

姿を現したアイリーンを見て、男は身構えながらつぶやいた。デクテオンが体勢を立て直し、彼から離れる。

「ティレル! 目を覚まして!! 私がわからないの?!」

「……」

彼女が攻撃して来ないと知って、男はじっとアイリーンを見つめた。
かと思うと、ギメリックの姿をしたその輪郭が崩れ出した。
少しだけ背が縮み、黒髪が白っぽく変化していく。

アイリーンは息をのんでその変化を見つめた。
やがて彼女の目の前に現れたのは、長い間、彼女がたった一人心を許していたティレルの姿だった。

新月の夜の微かな星明かりとかがり火の光を受けて、長い銀の髪が淡く輝やいている。
その美しさは初めて会ったあの時と変わらず、この世のものとも思えなかった。


しかし……いつも優しく微笑んでいた唇に、今浮かんでいるのは歪んだ冷笑。
そして最も彼女を打ちのめしたのは、暖かさの欠片もない、氷のような青い瞳。

デクテオンとユリシウス、そしてレモールは初めて見る姿変えの魔法に目を見張っている。
 
ククッと喉の奥で笑い、ティレルは言った。

「皮肉なものだ。味方には決して見せられないこの姿を、敵であるお前たちの前では自由に晒せるとは。
 あぁ、しかし……他人の姿をまとうのは疲れる、久しぶりに気分がいいぞ」

彼がゆったりと緩慢な動作で背を向けたのを見てアイリーンは思わず後を追おうと一歩踏み出した。

素早く振り向いたティレルが手を突き出す。光の球が放たれ、アイリーンに向かって一直線に飛んだ。
「あっ……!!」

一同が悲鳴を上げたその時、眩い金の光が彗星のように現れて、アイリーンに光の球がぶつかる直前でそれを遮った。
パッと火花のように光が散った後、そこにはギメリックの姿があった。
“このバカッ!! 油断するな!! 言ったはずだぞ、あれはお前のティレルではないと!!”

とっさに避けることも出来ず、攻撃をまともに喰らうと覚悟して目を閉じていたアイリーンは、心話で罵られ目を開いた。
そんな場合ではないとわかってはいたが目頭が熱くなるのをどうすることもできない。
目の前に立ちふさがったギメリックの背中に向かって、彼女は心話で叫んだ。

“彼を殺さないで!! 私が説得してみるから……”

“フン、殺したくても、今、俺の魔力は弱っていて奴を倒せるだけのパワーがない。お前がしっかりしないと皆、命を落とすことになるぞ”

“……”

アイリーンはうつむいて唇を噛んだ。

“だから油断するなと言うんだ。……説得は俺がやってみる”

“ギメリック……!! ありがとう……”

パッと顔を輝かせて再び彼の背中を見上げたアイリーンに、ギメリックの言葉はあくまで冷たかった。

“礼を言うのは早い、成功する確率はほとんどないと思え”
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