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第九章 遠き日の約束
遠き日の約束 第四節
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「邪魔をするな!――風塊!」
「ぐああああっ!」
ラナの怒りが込められた巨大な風の塊が彼女を阻もうとする敵兵を一瞬に吹き飛ばし、森の中を覆う霧もまた大きく吹き飛ばされては、周りの古木さえも強く揺れさせる。ラナは前方のオーデルに罵声を浴びせる。
「逃げるかオーデルッ!この卑しい犬めがっ!それしか能がないのかっ!」
オーデルは後ろのラナをちら見してはニヤリと笑う。
「実に勇ましいなラナ殿下っ!だが今回はあいにくと事情もあってなっ!」
その時、木々の影から突如黒い鎖が何本も飛び出してラナに絡み、彼女はそのまま馬上から地面へと引きずられてしまう。
「ぐあっ!」
踊る悪魔の模様が描かれた黒装束の兵士が鎖を掴んだまま姿を現れ、何名かの黒ローブ達もまた陰りから歩み出た。
「邪神教団かっ」
「いかにもっ、今回はオズワルドと彼奴らからラナ殿下の生け捕りを頼まれてな」
馬から下りたオーデルが悠々と彼らの横に並ぶ。
「本来なら私が直々相手すべきだが、オズワルドの顔を立てる必要もあるのでな。ここは大人しく我らについていただこう」
「ふざ…けるな…っ」
ラナが鎖に縛られながら立ち上がり、教団兵はさらに鎖を強く引張って動きを制限する。
「無駄な抵抗はおやめください、ラナ様。この鎖は魔法封じの鉄で作られてます。いかに巫女様といえどそう簡単には―――」
言いかけた教団兵がぎょっと瞠目する。ラナを繋ぎとめる鎖がビリビリと震え始め、ラナに触れる箇所が熱で赤く光っているからだ。
「この、私を…っ」
ラナの鎖に触れる体が眩く輝き、後ろ首の聖痕もまた彼女の闘志に呼応するがのように鳴り響いては太陽の如く輝く。彼女を拘束する鎖がドロドロと溶け始めた。
「し、信じられんっ、魔法封じの鎖を溶かすほどの魔力を放射するとはっ」
「なめるなあぁぁっ!」
「うおおぉぉっ!?」
ラナを中心にまるで太陽のような輝きとともに爆ぜ、鎖が吹き飛ばされては教団兵たちも思わず後ずさる。
「ほう。さすがラナ殿下。実に素晴らしい闘志だ」
拘束を破ったラナだが、その威勢とは裏腹に息は上がっており、足取りもおぼつかずにフラついてた。
「だが無理しすぎるのは宜しくありませんな。少し休まれた方がよかろう」
「オーデル…っ」
教団兵がラナを囲んではじりじりと彼女に迫り、ラナはエルドグラムを構えて迎え撃とうとする。
「ラナ様!」
敵兵と教団兵を切り倒しながら、レクスの騎馬が包囲を突破してラナ目がけて彼女を掴みあげようとする。
「レクス殿っ?」「ほら、手を――」
「ぬぅん!」
だがオーデルがすかさず隣の兵から槍を取り、レクスの馬めがけて全力で投げつけた。
「おわっ!?」「ヒィィン!」
槍は寸分狂わずにレクスの馬の喉を貫き、ラナは慌てて転び落ちるレクスを受け止めた。
「いつつっ、あ、ありがとラナ様」
「礼を言ってる場合かっ、何故前方まで―――」
「ラナ様が突っ走るからだよっ!」
慌てて立ち上がるレクスとラナは背合わせで剣を構える。
「周りをよく見て。今僕達は敵本隊のど真ん中で囲まれてるよっ。自軍がこっちまで攻め込むにはまだ距離があるから、霧がまた深くならないうちに後退すべきだ」
彼に言われてラナは改めて回りを見やる。確かに、教団兵以外にもオーデル軍の兵士達が更に自分達を囲み、今や二人は完全に包囲されてしまった。
「くっ」
「どうやら部下の方が状況を良く見ているようですな。だが逃げ切れると思わないことだ。そちらの軍勢がここに来る前に、先に貴様達を確保すればすむ―――」
『Bigyugyueeeee!』
「ぬぅ!?」「えっ!?」
両軍が交戦している後方から、ハーミットクラーケン変異体がさながら闘牛のように木々を薙ぎ倒しながらオーデルとラナ達のところへと突進してくる。その先端には触手でがんじがらめられたウィルフレッドがもがいていた。
「ぐあああぁぁっ!」
「危ない!」「うわあああっ!」
ラナが咄嗟にレクスをかばって横へと避け、教団兵やオーデルとその兵たちも慌てて避けていく。
『Gyuueee!』
突進するクラーケン変異体はウィルフレッド諸とも一回り大きい巨木へと突っ込み、森全体を揺らす衝撃と轟音が広がった。
「ウィルくん…!」
レクスの無事を確認したラナが、巨木に突っ込んだクラーケン変異体の、ギチギチと中のウィルフレッドを押し潰そうと寄せ集まってる触手の塊を見た。
「――ガアアアァァッ!」
『Bigiiiiii !』
激しい青の電光が爆ぜると触手が弾かれ、クラーケン変異体が後ずさる。倒れた巨木の中から魔人化したウィルフレッドがゆっくりと歩み出た。
『BIgyuuee !』
後退するクラーケン変異体は本能的に危険を察知して威嚇するように触手を振り回し、周りの木々を薙ぎ倒す。
「うわわっ!」
ラナとレクス、オーデル達は慌てて更にウィルフレッドとクラーケンから距離を取る。
「危ない!」「うおっとと!」
ラナが咄嗟にレクスの腕を掴んだ。レクスは危うく、すぐ傍の崖から怒涛に流れるトレヴァナ川へと落ちそうになっていたのだ。
「あ、ありがとラナ様、危なかったよ」
「礼は良い。それよりレクス殿の言うとおりだ。今すぐ自軍と合流しよう」
この時、ミーナやアラン達の声が遠方から近づいてくる。
「ラナ!レクス!」「ラナ様!」
クラーケンの突進により森の奥へできた道を利用し、連合軍がオーデル本陣の奥へと攻め込んできたのだ。
「まずいな。貴様ら、今すぐラナを確保しろっ!」
それを確認したオーデルは教団兵と兵士達を促し、自分も戦斧を持ってラナ達に迫る。レクスが軽く顔をしかめた。
「行こうラナ様。また囲まれたらまずいし、ウィルくんのサポートもしなきゃ」
「ええ」
『Bigyueee!』
荒々しく触手を振り回すクラーケンの威嚇をものともせず、ウィルフレッドは徐々に迫り、両手にナノマシンソードを生成してはクラーケンに向けて疾走した。
『Bigyiiiii!』
だがクラーケンの殻が突如変形し、幾つかの結晶の色彩を帯びた針が張り出す。危険を察したウィルフレッドが咄嗟に腕を上げてバリアを張る。
ピカァッ!
荒々しい電撃が針から迸り、ウィルフレッドへと打ち込まれる。
「ぐぅっ!」
バリアと電撃が衝突し、眩い閃光が森の霧をまるで雷雲のように光らせる。
『Bigyueeeee !』
それを見て変異体がさらに出力を上げ、電光がより一層激しく撃ち出される。それに呼応するかの如く空の雨雲まで雷鳴が轟き、天から雷が変異体を中心に森全体へと降り注ぎ始めた。
「ぎゃあああ!」「ぬおっ!」
電撃と雷は見境なく教団兵やオーデルの兵士達にも打ち込まれ、一瞬にして多くの黒こげの死体が作られていく。オーデルは間一髪かわしながら更に後退する。
ピシャアァッ!
そのうち一条が、駆け出そうとするラナとレクスのすぐ手前まで落ちた。
「あああっ!」「うわぁっ!」
地面が炸裂するほどの衝撃に二人は大きく仰け反り、痺れる電撃でラナが思わずエルドグラムを手放してしまい―――
片足を踏み外し、崖から落ちてしまう。
「ラナァッ!」
全てがスローモーションとなる中で叫んだレクスは、ラナを掴むよう身を崖から投げ出して手を伸ばす。
ガカアァァッ!
轟く雷鳴と奔る閃光の中、レクスの頭が強く揺さぶられる。空中で辛うじてその手を掴んだラナを抱き寄せて守り、二人共にトレヴァナ川の奔流へと落ちていった。
――――――
「ミーナ様!」「先生!」
「エリー!アイシャ!」
変異体の姿を確認したエリネとアイシャが戦場の後方からミーナ達のところに駆けつけた。
「ミーナ様っ、さっきの魔獣…っ」
「ハーミットクラーケンの変異体だ。ラナ達のこともある。急いで支援に向かわなければっ」
マティが周りの戦況を確認する。
「ここの指揮は私に任せて、みなさんはどうか魔獣が開けたその道から奥へ。アラン殿、六番隊以降の兵士を連れてそこから本陣まで攻め入ってください。奥さえ押さえればオーデル軍の脅威は殆どなくなるでしょう」
「了解したっ」
「うむ、我々もラナ達のところに行くぞ。アイシャ、エリー、カイ、ついてこい!」
「はい!」「ああっ!」
ミーナ達が先行して走ると、アランもまた兵士達を率いって中へと突撃する。
「かたじけないマティ殿っ!」
奥へと向かう中、先ほどのエイダーンのことを思い出し、ミーナとアランの胸にやるせない気持ちが積もっていく。
(エイダーン…遺体まで利用されてさぞ無念だったろうな…)
(陛下…っ、貴方の仇は必ず…っ、ラナ様…っ)
「見えました!ラナちゃんとレクス様です!」
アイシャが指差す先に、崖の縁に立ってるラナ達の姿が見えた。それと同時に雷鳴と雷光が周りの森に降り注ぐ。
ピシャアァァッ!
「きゃあ!」「危ねえ!」
エリネとアイシャ二人をかばうカイ、伏せるミーナ、そしてすぐ後ろで軍を率いるアラン達は、閃光の中でラナとレクスが崖から川へと落ちていくのが見えた。
「ラナちゃんっ!」「レクス様ぁ!」
ガカアァァッ!
雷は止むところか、寧ろ一層激しさを増して周りに降り注いでいく。
「ちきしょお!これじゃ身動きがとれねえ!」
「くっ、やはりあのクラーケンを先に片付けなければ…っ」
「ラナっ、レクスっ!」
クラーケン変異体の雷を凌ぐウィルフレッドもまた川へと落ちたラナ達を確認し、彼女達を助けるようバリアを一気に強めて前方の変異体へ強引に駆け出す。
『Bigyuee!』
急接近するウィルフレッドにクラーケンは電撃を収めてその毒々しい触手を振り回し、彼もバリアを解除して双剣で迎え撃つ。
「オオオッ!」
ウィルフレッドの剣が触手に斬り込み…先ほどのようにそのまま途中で止まってしまった。クラーケンが更に巻き付くよう触手を伸ばすと、彼は即座に剣を抜いて後退する。
「これは…っ」
剣を見ると、その上にはネバネバと虹色の粘液がべっとりついていて、徐々に剣を腐食させていた。
(さっき剣が貫けなかったのもこれが奴の体を覆ってるせいかっ。加えてあの電気攻撃、『エレクトロイール』の変異体だなっ。周りに兵士達がいる中でアスティルバスターは使えない。だとしたら…っ)
ウィルフレッドは両剣を交差して打ち滑らせる。腕と胸の結晶から電光が走る。
「コーティングッ!」
青き電光が粘液を蒸発させ、刃毀れていたナノマシンソードが再生される。
(接近戦だっ)
青き刃を纏った双剣を構え、ウィルフレッドは再びクラーケン変異体へと疾走する。
『Gyueee !』
危険を察知したクラーケン変異体の結晶が妖しく光ると、針から走る電撃が触手まで伝わり、電気を帯びた触手が怒涛の勢いでなぎ払いにくる。
「グオアァッ!」
ウィルフレッドの剣が青の軌跡を描いては触手と激突するっ。激しく打ち合う両者が雷の竜巻をなし、ぶつかるたびに眩い火花が散らされるっ。
「ぐっ!」
だが電撃を纏う触手とコーティングされた剣が切り結べば、重く鈍い抵抗が斬撃の勢いと輝きを大きく削いでいき、二撃目を繰り出そうとするも弱まった勢いで速度が追いつかない。
「ぐおお…っ!」
やがて打ち合いの勢いが負け、ウィルフレッドの体勢がよろめく。その隙に更なる触手の追撃が彼の体を巻き付けた。
『Bigiiiiiee !』「ガアアアッ!」
クラーケン変異体の針と結晶から夥しい雷撃がウィルフレッドを焦がそうと浴びせられる。ミーナとエリネ達が叫ぶ。
「ウィル!」「ウィルさん!」
「グッ…グアアァァッ!」『Bigiii !』
アスティルエネルギーを放出させて触手を弾き、更に叩き付かれる前に一気に後退するウィルフレッド。
(くそっ、粘液だけじゃないっ。奴の全身を纏う雷がこっちのエネルギーを削るし、体の強靭さが刃を更に通り難くしている。コーティングの出力をもっと上げないとっ)
『Bigiiiii !』
そう逡巡している隙を狙い、クラーケン変異体は先ほどのように高速突進してくる。
「させるかっ」
「――凍結獄!」
ウィルフレッドが迎撃しようとする直前、極大の冷気の塊が傍からクラーケン変異体へと直撃する。
『Gyueee !?』
冷気の塊が爆ぜては周りに細氷がキラキラと輝き、クラーケン変異体の殻とその体全体が氷つく。
「はぁ…っ、ウィルくん!これでその変異体の粘液の力は半減したはずですっ、今のうちに早くっ!」
全力で魔法を打ち出したせいで息が上がっているアイシャが叫ぶ。ウィルフレッドは雄叫びを上げ「結晶励起!」ブースト結晶を生成させてクラーケン変異体へと一気に疾走する。
「はぁっ!」
『Bigiiiii !』
身動きが鈍くなり、狼狽するクラーケン変異体はウィルフレッドに電撃と雷の集中砲火を浴びせる。ガカァンと殻の針から蛇の大群のように撃ち出される電撃や雷をブーストバリアで防ぎ、さらに触手の乱打を高出力コーティングされたナノマシンソードで次々と切り落としていく。巫女の全力でもあって、完全に凍るには至らずとも粘液と肉体の粘度や強靭さを削げるには十分だった。
「ルアアアァァァッ!」
双剣を槍のように前方へ合わせ、青き切っ先がクラーケン変異体の眉間へと今度こそ深々と刺さる。
『Bigyuuuiiiieee !』
狂ったように乱発されるクラーケンの雷電がウィルフレッドへと集中的に浴びせていき、周りの兵士達やミーナ達が慌てて下がる。
「危ないっ、後退しろ!」「ウィルっ」
「ぐおおおお…っ!」
クラーケンはぎこちない動きで鈍くなった触手を動かし、ウィルフレッドに巻きついては更に激しい電撃を流し込む。
『Bigiiiieee!』「ぐがぁっ!」
至近距離でバリアを張れないウィルフレッドに膨大な電流が際限なく流れて彼を苛む。
「ぐ、ぐああああっ!」
エネルギーラインが血液のようにウィルフレッドの全身を駆け巡って力を与え、激痛に耐えては刺さった剣でクラーケンの巨体をゆっくりと持ち上げ、そして雄々しく吼えたっ!
「カアアァッ!」
肩と膝、両腕のブースト結晶を通して双剣に一瞬全てのアスティルエネルギーを注ぎ、爆発的なエネルギーの刃がクラーケンの内部から殻ごとその体を貫き、天高く届いては戦場が震えたっ。
『Bigyaaaaaaa !』
エネルギーの衝撃で頭と内部が爆ぜたクラーケン変異体の電撃と触手の力が徐々に弱まり、やがてぐたりと重々しい音とともに倒れ込む。
『BgGiiieEEiii...』
断末魔の呻き声を発すると、動かなくなったクラーケン変異体の体が泡吹いては消えていった。
「ぐあっ!」
至近距離の電撃でダメージが蓄積したのか、変異体が消滅するとウィルフレッドはその場で元の姿へと戻り、膝を付いてしまった。エリネとカイが駆けつける。
「ウィルさん!」「兄貴!」
******
「…大丈夫ですか?まだ痛みます?」
「ああ、大分楽になったよ」
隣で座ってるエリネの治癒による集中治療を受けていたウィルフレッド。
周りでの戦闘はほぼ終了し、連合軍は敵残党の制圧と確保に入っていた。霧も依然と立ち込んでるが、先ほどの濃さはもはやない。だが勝利に浸かる余裕など一行にはなかった。
「それよりも早く、ラナとレクスを助けに行かなければ…うぅっ!」
無理に立ち上がろうとするウィルフレッドだが、体に力が入らずにふらついてしまう。
「あっ、まだ動いてはダメですよっ」
「いや、偵察であの変異体の存在を見つけられなかったのは俺の過失だ、だから俺が助けに―――」
「そう自分を責めるものでない」
回りが落ち着いたのを見てミーナ達が二人のところに集まる。
「ハーミットクラーケンは環境と一体化して身を潜めるのが得意でな。擬態中は生命活動も一時停止して、一流のエルフや魔法使いでも奴を見出すのに非常に手間がかかる。それが変異化したことである程度強化された可能性もあるから、おぬしに非はないと思うぞ」
「けど…」
「もう、ミーナ様もそう言ってますから静かにっ。でないと怒りますよ」
少しふっくら顔したエリネにウィルフレッドがバツ悪そうな顔を浮かべる。
「あ…わ、分かった、すまない」
「素直で宜しい、専属看護師の言葉はちゃんと聞いて下さいね」「キュキュッ」
ルルも同意するように頷き、エリネは杖をかざして魔法をかけ続けた。
「みなさん、オーデル軍の制圧は殆ど終わりましたが、肝心のオーデル本人がいないようです」
残党を制圧したマティがアランやアイシャ達に報告する。
「となると、やはりオーデルめは教団の奴らとともにラナ達を追いに行ったに違いありません」
「でしたら早く救助に向かわないとっ」
マティ達全員が荒々しく流れるトレヴァナ川を見た。
「そうですね。アラン殿は引続きここの指揮を、私が一部小隊を率いて捜索に向かいます。霧の森での探索は私の方が向いてますので」
「我とアイシャもいこう。カイも手伝え」
「分かってるって、行こうアイシャ」「ええ」
「マティ殿…ラナ様をお願いします」
ラナが落としたエルドグラムをアランがマティに渡し、彼は力強く頷き返す。
「お任せくださいアラン殿」
「みんなすまない、二人を頼む」
「ああ、兄貴はゆっくり休んでくれ。エリーは怒ると結構怖いしな」
「もうお兄ちゃん、茶化さないの。それよりラナ様とレクス様の捜索、しっかりやってね」
「ああ、任せとけ」
「無駄話はここまでだ。行くぞ」
ミーナとアラン達が出発するのを見守るウィルフレッドとエリネ。
「今回治るの、なんだか時間かかりそうな感じですね。それだけ今回の変異体は手強かったのでしょうか」
「そうだな。実際あの電撃はかなり威力が強い。周りに被害が広がる前に倒せたのが僥倖だ」
「じゃあ今回はちゃんと労ってあげませんとね」
自分に微笑むエリネからの魔法の温かみを感じながら微笑み返しては、ウィルフレッドはかすかに震える自分の手を見つめた。
******
「うぅ…けほけほっ!」
流れる川の音を徐々に知覚し、寒気と痛みで目を覚ますラナ。
「私は…いったい」
頭がぼんやりとする中、目に最初に映ったのは未だ雨が小降りする霧の森と、自分が流れ着いた川岸、そして先ほどよりも緩やかになっている川だった。
「くっ」
ズキンと体が痛み、先ほどのクラーケン変異体が暴れた光景と、自分を助けようとしたレクスのことを思い出すと同時に、自分にかかってる重みを認識した。
「! レクス殿!」
自分の傍で寄りかかるように意識をなくしたレクスが倒れていた。
「レクス殿っ!無事かレク――」
彼を揺さぶり起こそうとする途端に、彼の鎧のあちこちが凹んでいる跡があり、破れた服の下にはいくつか打撲の傷跡もあることに気付く。先ほど川に落ちた時や激流の中でも彼が自分をかばった感覚がおぼろげにあったと思い出す。
(まさか、その体で私を担いで川岸まで泳いだの…っ?)
ラナは即座に治癒をかけるが、魔法の光が少しだけ光っては徐々に弱まっていた。
(そうだわ。さっき魔法封じの鎖を破るためにマナを殆ど放出して――)
彼女が歯軋りすると、懐から薬瓶を取り出し、補助として負傷箇所に塗ってまた魔法をかける。
(まったく、普段はおちゃらけな態度ばっかり取ってて、肝心な時に無理なんてするから)
幸い、あちこち打撲があるものの、頭など重要な部位には当たっておらず、大事には至っていない。
(…いえ、本当に無理してるのは私の方ね)
ラナは唇を噛み締めてレクスの頭を撫でた。
――――――
レクスと自分の応急処置を終え、彼を担ぎながらラナは森の奥へと移動していく。雨は依然として止まる様子はなく、川に落ちて濡れた体は森を覆う霧に相まって、より一層寒さを感じてかすかに震えていた。
(まずいわね、このままでは二人とも凍え死んでしまうわ)
自軍とはどれほど離れたのか定かではないが、あのオーデルのことだ、間違いなく真っ先に自分達を追っているのに違いない。今回は連合軍を打ち負かすのが目的でなく、自分の確保こそが彼にとっての勝利だから。
(追手から隠れるためにも、早く雨宿りできる場所を探さないと)
そう考えるのと同時に、やや薄れた霧の向こうに、大岩か大樹のようなシルエットが見えた。運良ければ動物が掘った洞窟ぐらい見つかるのかもしれないと、ラナは踏ん張って足を速める。ようやくシルエットに近づくと、ラナは急に足を止めた。
(なに、これ…)
それは大岩でも大樹でもなかった。そもそもこの世界のものですらないと、ラナは一目でそう直感できた。それはとてつもなく大きい、鉄の塊でできた何かの残骸だった。
【続く】
「ぐああああっ!」
ラナの怒りが込められた巨大な風の塊が彼女を阻もうとする敵兵を一瞬に吹き飛ばし、森の中を覆う霧もまた大きく吹き飛ばされては、周りの古木さえも強く揺れさせる。ラナは前方のオーデルに罵声を浴びせる。
「逃げるかオーデルッ!この卑しい犬めがっ!それしか能がないのかっ!」
オーデルは後ろのラナをちら見してはニヤリと笑う。
「実に勇ましいなラナ殿下っ!だが今回はあいにくと事情もあってなっ!」
その時、木々の影から突如黒い鎖が何本も飛び出してラナに絡み、彼女はそのまま馬上から地面へと引きずられてしまう。
「ぐあっ!」
踊る悪魔の模様が描かれた黒装束の兵士が鎖を掴んだまま姿を現れ、何名かの黒ローブ達もまた陰りから歩み出た。
「邪神教団かっ」
「いかにもっ、今回はオズワルドと彼奴らからラナ殿下の生け捕りを頼まれてな」
馬から下りたオーデルが悠々と彼らの横に並ぶ。
「本来なら私が直々相手すべきだが、オズワルドの顔を立てる必要もあるのでな。ここは大人しく我らについていただこう」
「ふざ…けるな…っ」
ラナが鎖に縛られながら立ち上がり、教団兵はさらに鎖を強く引張って動きを制限する。
「無駄な抵抗はおやめください、ラナ様。この鎖は魔法封じの鉄で作られてます。いかに巫女様といえどそう簡単には―――」
言いかけた教団兵がぎょっと瞠目する。ラナを繋ぎとめる鎖がビリビリと震え始め、ラナに触れる箇所が熱で赤く光っているからだ。
「この、私を…っ」
ラナの鎖に触れる体が眩く輝き、後ろ首の聖痕もまた彼女の闘志に呼応するがのように鳴り響いては太陽の如く輝く。彼女を拘束する鎖がドロドロと溶け始めた。
「し、信じられんっ、魔法封じの鎖を溶かすほどの魔力を放射するとはっ」
「なめるなあぁぁっ!」
「うおおぉぉっ!?」
ラナを中心にまるで太陽のような輝きとともに爆ぜ、鎖が吹き飛ばされては教団兵たちも思わず後ずさる。
「ほう。さすがラナ殿下。実に素晴らしい闘志だ」
拘束を破ったラナだが、その威勢とは裏腹に息は上がっており、足取りもおぼつかずにフラついてた。
「だが無理しすぎるのは宜しくありませんな。少し休まれた方がよかろう」
「オーデル…っ」
教団兵がラナを囲んではじりじりと彼女に迫り、ラナはエルドグラムを構えて迎え撃とうとする。
「ラナ様!」
敵兵と教団兵を切り倒しながら、レクスの騎馬が包囲を突破してラナ目がけて彼女を掴みあげようとする。
「レクス殿っ?」「ほら、手を――」
「ぬぅん!」
だがオーデルがすかさず隣の兵から槍を取り、レクスの馬めがけて全力で投げつけた。
「おわっ!?」「ヒィィン!」
槍は寸分狂わずにレクスの馬の喉を貫き、ラナは慌てて転び落ちるレクスを受け止めた。
「いつつっ、あ、ありがとラナ様」
「礼を言ってる場合かっ、何故前方まで―――」
「ラナ様が突っ走るからだよっ!」
慌てて立ち上がるレクスとラナは背合わせで剣を構える。
「周りをよく見て。今僕達は敵本隊のど真ん中で囲まれてるよっ。自軍がこっちまで攻め込むにはまだ距離があるから、霧がまた深くならないうちに後退すべきだ」
彼に言われてラナは改めて回りを見やる。確かに、教団兵以外にもオーデル軍の兵士達が更に自分達を囲み、今や二人は完全に包囲されてしまった。
「くっ」
「どうやら部下の方が状況を良く見ているようですな。だが逃げ切れると思わないことだ。そちらの軍勢がここに来る前に、先に貴様達を確保すればすむ―――」
『Bigyugyueeeee!』
「ぬぅ!?」「えっ!?」
両軍が交戦している後方から、ハーミットクラーケン変異体がさながら闘牛のように木々を薙ぎ倒しながらオーデルとラナ達のところへと突進してくる。その先端には触手でがんじがらめられたウィルフレッドがもがいていた。
「ぐあああぁぁっ!」
「危ない!」「うわあああっ!」
ラナが咄嗟にレクスをかばって横へと避け、教団兵やオーデルとその兵たちも慌てて避けていく。
『Gyuueee!』
突進するクラーケン変異体はウィルフレッド諸とも一回り大きい巨木へと突っ込み、森全体を揺らす衝撃と轟音が広がった。
「ウィルくん…!」
レクスの無事を確認したラナが、巨木に突っ込んだクラーケン変異体の、ギチギチと中のウィルフレッドを押し潰そうと寄せ集まってる触手の塊を見た。
「――ガアアアァァッ!」
『Bigiiiiii !』
激しい青の電光が爆ぜると触手が弾かれ、クラーケン変異体が後ずさる。倒れた巨木の中から魔人化したウィルフレッドがゆっくりと歩み出た。
『BIgyuuee !』
後退するクラーケン変異体は本能的に危険を察知して威嚇するように触手を振り回し、周りの木々を薙ぎ倒す。
「うわわっ!」
ラナとレクス、オーデル達は慌てて更にウィルフレッドとクラーケンから距離を取る。
「危ない!」「うおっとと!」
ラナが咄嗟にレクスの腕を掴んだ。レクスは危うく、すぐ傍の崖から怒涛に流れるトレヴァナ川へと落ちそうになっていたのだ。
「あ、ありがとラナ様、危なかったよ」
「礼は良い。それよりレクス殿の言うとおりだ。今すぐ自軍と合流しよう」
この時、ミーナやアラン達の声が遠方から近づいてくる。
「ラナ!レクス!」「ラナ様!」
クラーケンの突進により森の奥へできた道を利用し、連合軍がオーデル本陣の奥へと攻め込んできたのだ。
「まずいな。貴様ら、今すぐラナを確保しろっ!」
それを確認したオーデルは教団兵と兵士達を促し、自分も戦斧を持ってラナ達に迫る。レクスが軽く顔をしかめた。
「行こうラナ様。また囲まれたらまずいし、ウィルくんのサポートもしなきゃ」
「ええ」
『Bigyueee!』
荒々しく触手を振り回すクラーケンの威嚇をものともせず、ウィルフレッドは徐々に迫り、両手にナノマシンソードを生成してはクラーケンに向けて疾走した。
『Bigyiiiii!』
だがクラーケンの殻が突如変形し、幾つかの結晶の色彩を帯びた針が張り出す。危険を察したウィルフレッドが咄嗟に腕を上げてバリアを張る。
ピカァッ!
荒々しい電撃が針から迸り、ウィルフレッドへと打ち込まれる。
「ぐぅっ!」
バリアと電撃が衝突し、眩い閃光が森の霧をまるで雷雲のように光らせる。
『Bigyueeeee !』
それを見て変異体がさらに出力を上げ、電光がより一層激しく撃ち出される。それに呼応するかの如く空の雨雲まで雷鳴が轟き、天から雷が変異体を中心に森全体へと降り注ぎ始めた。
「ぎゃあああ!」「ぬおっ!」
電撃と雷は見境なく教団兵やオーデルの兵士達にも打ち込まれ、一瞬にして多くの黒こげの死体が作られていく。オーデルは間一髪かわしながら更に後退する。
ピシャアァッ!
そのうち一条が、駆け出そうとするラナとレクスのすぐ手前まで落ちた。
「あああっ!」「うわぁっ!」
地面が炸裂するほどの衝撃に二人は大きく仰け反り、痺れる電撃でラナが思わずエルドグラムを手放してしまい―――
片足を踏み外し、崖から落ちてしまう。
「ラナァッ!」
全てがスローモーションとなる中で叫んだレクスは、ラナを掴むよう身を崖から投げ出して手を伸ばす。
ガカアァァッ!
轟く雷鳴と奔る閃光の中、レクスの頭が強く揺さぶられる。空中で辛うじてその手を掴んだラナを抱き寄せて守り、二人共にトレヴァナ川の奔流へと落ちていった。
――――――
「ミーナ様!」「先生!」
「エリー!アイシャ!」
変異体の姿を確認したエリネとアイシャが戦場の後方からミーナ達のところに駆けつけた。
「ミーナ様っ、さっきの魔獣…っ」
「ハーミットクラーケンの変異体だ。ラナ達のこともある。急いで支援に向かわなければっ」
マティが周りの戦況を確認する。
「ここの指揮は私に任せて、みなさんはどうか魔獣が開けたその道から奥へ。アラン殿、六番隊以降の兵士を連れてそこから本陣まで攻め入ってください。奥さえ押さえればオーデル軍の脅威は殆どなくなるでしょう」
「了解したっ」
「うむ、我々もラナ達のところに行くぞ。アイシャ、エリー、カイ、ついてこい!」
「はい!」「ああっ!」
ミーナ達が先行して走ると、アランもまた兵士達を率いって中へと突撃する。
「かたじけないマティ殿っ!」
奥へと向かう中、先ほどのエイダーンのことを思い出し、ミーナとアランの胸にやるせない気持ちが積もっていく。
(エイダーン…遺体まで利用されてさぞ無念だったろうな…)
(陛下…っ、貴方の仇は必ず…っ、ラナ様…っ)
「見えました!ラナちゃんとレクス様です!」
アイシャが指差す先に、崖の縁に立ってるラナ達の姿が見えた。それと同時に雷鳴と雷光が周りの森に降り注ぐ。
ピシャアァァッ!
「きゃあ!」「危ねえ!」
エリネとアイシャ二人をかばうカイ、伏せるミーナ、そしてすぐ後ろで軍を率いるアラン達は、閃光の中でラナとレクスが崖から川へと落ちていくのが見えた。
「ラナちゃんっ!」「レクス様ぁ!」
ガカアァァッ!
雷は止むところか、寧ろ一層激しさを増して周りに降り注いでいく。
「ちきしょお!これじゃ身動きがとれねえ!」
「くっ、やはりあのクラーケンを先に片付けなければ…っ」
「ラナっ、レクスっ!」
クラーケン変異体の雷を凌ぐウィルフレッドもまた川へと落ちたラナ達を確認し、彼女達を助けるようバリアを一気に強めて前方の変異体へ強引に駆け出す。
『Bigyuee!』
急接近するウィルフレッドにクラーケンは電撃を収めてその毒々しい触手を振り回し、彼もバリアを解除して双剣で迎え撃つ。
「オオオッ!」
ウィルフレッドの剣が触手に斬り込み…先ほどのようにそのまま途中で止まってしまった。クラーケンが更に巻き付くよう触手を伸ばすと、彼は即座に剣を抜いて後退する。
「これは…っ」
剣を見ると、その上にはネバネバと虹色の粘液がべっとりついていて、徐々に剣を腐食させていた。
(さっき剣が貫けなかったのもこれが奴の体を覆ってるせいかっ。加えてあの電気攻撃、『エレクトロイール』の変異体だなっ。周りに兵士達がいる中でアスティルバスターは使えない。だとしたら…っ)
ウィルフレッドは両剣を交差して打ち滑らせる。腕と胸の結晶から電光が走る。
「コーティングッ!」
青き電光が粘液を蒸発させ、刃毀れていたナノマシンソードが再生される。
(接近戦だっ)
青き刃を纏った双剣を構え、ウィルフレッドは再びクラーケン変異体へと疾走する。
『Gyueee !』
危険を察知したクラーケン変異体の結晶が妖しく光ると、針から走る電撃が触手まで伝わり、電気を帯びた触手が怒涛の勢いでなぎ払いにくる。
「グオアァッ!」
ウィルフレッドの剣が青の軌跡を描いては触手と激突するっ。激しく打ち合う両者が雷の竜巻をなし、ぶつかるたびに眩い火花が散らされるっ。
「ぐっ!」
だが電撃を纏う触手とコーティングされた剣が切り結べば、重く鈍い抵抗が斬撃の勢いと輝きを大きく削いでいき、二撃目を繰り出そうとするも弱まった勢いで速度が追いつかない。
「ぐおお…っ!」
やがて打ち合いの勢いが負け、ウィルフレッドの体勢がよろめく。その隙に更なる触手の追撃が彼の体を巻き付けた。
『Bigiiiiiee !』「ガアアアッ!」
クラーケン変異体の針と結晶から夥しい雷撃がウィルフレッドを焦がそうと浴びせられる。ミーナとエリネ達が叫ぶ。
「ウィル!」「ウィルさん!」
「グッ…グアアァァッ!」『Bigiii !』
アスティルエネルギーを放出させて触手を弾き、更に叩き付かれる前に一気に後退するウィルフレッド。
(くそっ、粘液だけじゃないっ。奴の全身を纏う雷がこっちのエネルギーを削るし、体の強靭さが刃を更に通り難くしている。コーティングの出力をもっと上げないとっ)
『Bigiiiii !』
そう逡巡している隙を狙い、クラーケン変異体は先ほどのように高速突進してくる。
「させるかっ」
「――凍結獄!」
ウィルフレッドが迎撃しようとする直前、極大の冷気の塊が傍からクラーケン変異体へと直撃する。
『Gyueee !?』
冷気の塊が爆ぜては周りに細氷がキラキラと輝き、クラーケン変異体の殻とその体全体が氷つく。
「はぁ…っ、ウィルくん!これでその変異体の粘液の力は半減したはずですっ、今のうちに早くっ!」
全力で魔法を打ち出したせいで息が上がっているアイシャが叫ぶ。ウィルフレッドは雄叫びを上げ「結晶励起!」ブースト結晶を生成させてクラーケン変異体へと一気に疾走する。
「はぁっ!」
『Bigiiiii !』
身動きが鈍くなり、狼狽するクラーケン変異体はウィルフレッドに電撃と雷の集中砲火を浴びせる。ガカァンと殻の針から蛇の大群のように撃ち出される電撃や雷をブーストバリアで防ぎ、さらに触手の乱打を高出力コーティングされたナノマシンソードで次々と切り落としていく。巫女の全力でもあって、完全に凍るには至らずとも粘液と肉体の粘度や強靭さを削げるには十分だった。
「ルアアアァァァッ!」
双剣を槍のように前方へ合わせ、青き切っ先がクラーケン変異体の眉間へと今度こそ深々と刺さる。
『Bigyuuuiiiieee !』
狂ったように乱発されるクラーケンの雷電がウィルフレッドへと集中的に浴びせていき、周りの兵士達やミーナ達が慌てて下がる。
「危ないっ、後退しろ!」「ウィルっ」
「ぐおおおお…っ!」
クラーケンはぎこちない動きで鈍くなった触手を動かし、ウィルフレッドに巻きついては更に激しい電撃を流し込む。
『Bigiiiieee!』「ぐがぁっ!」
至近距離でバリアを張れないウィルフレッドに膨大な電流が際限なく流れて彼を苛む。
「ぐ、ぐああああっ!」
エネルギーラインが血液のようにウィルフレッドの全身を駆け巡って力を与え、激痛に耐えては刺さった剣でクラーケンの巨体をゆっくりと持ち上げ、そして雄々しく吼えたっ!
「カアアァッ!」
肩と膝、両腕のブースト結晶を通して双剣に一瞬全てのアスティルエネルギーを注ぎ、爆発的なエネルギーの刃がクラーケンの内部から殻ごとその体を貫き、天高く届いては戦場が震えたっ。
『Bigyaaaaaaa !』
エネルギーの衝撃で頭と内部が爆ぜたクラーケン変異体の電撃と触手の力が徐々に弱まり、やがてぐたりと重々しい音とともに倒れ込む。
『BgGiiieEEiii...』
断末魔の呻き声を発すると、動かなくなったクラーケン変異体の体が泡吹いては消えていった。
「ぐあっ!」
至近距離の電撃でダメージが蓄積したのか、変異体が消滅するとウィルフレッドはその場で元の姿へと戻り、膝を付いてしまった。エリネとカイが駆けつける。
「ウィルさん!」「兄貴!」
******
「…大丈夫ですか?まだ痛みます?」
「ああ、大分楽になったよ」
隣で座ってるエリネの治癒による集中治療を受けていたウィルフレッド。
周りでの戦闘はほぼ終了し、連合軍は敵残党の制圧と確保に入っていた。霧も依然と立ち込んでるが、先ほどの濃さはもはやない。だが勝利に浸かる余裕など一行にはなかった。
「それよりも早く、ラナとレクスを助けに行かなければ…うぅっ!」
無理に立ち上がろうとするウィルフレッドだが、体に力が入らずにふらついてしまう。
「あっ、まだ動いてはダメですよっ」
「いや、偵察であの変異体の存在を見つけられなかったのは俺の過失だ、だから俺が助けに―――」
「そう自分を責めるものでない」
回りが落ち着いたのを見てミーナ達が二人のところに集まる。
「ハーミットクラーケンは環境と一体化して身を潜めるのが得意でな。擬態中は生命活動も一時停止して、一流のエルフや魔法使いでも奴を見出すのに非常に手間がかかる。それが変異化したことである程度強化された可能性もあるから、おぬしに非はないと思うぞ」
「けど…」
「もう、ミーナ様もそう言ってますから静かにっ。でないと怒りますよ」
少しふっくら顔したエリネにウィルフレッドがバツ悪そうな顔を浮かべる。
「あ…わ、分かった、すまない」
「素直で宜しい、専属看護師の言葉はちゃんと聞いて下さいね」「キュキュッ」
ルルも同意するように頷き、エリネは杖をかざして魔法をかけ続けた。
「みなさん、オーデル軍の制圧は殆ど終わりましたが、肝心のオーデル本人がいないようです」
残党を制圧したマティがアランやアイシャ達に報告する。
「となると、やはりオーデルめは教団の奴らとともにラナ達を追いに行ったに違いありません」
「でしたら早く救助に向かわないとっ」
マティ達全員が荒々しく流れるトレヴァナ川を見た。
「そうですね。アラン殿は引続きここの指揮を、私が一部小隊を率いて捜索に向かいます。霧の森での探索は私の方が向いてますので」
「我とアイシャもいこう。カイも手伝え」
「分かってるって、行こうアイシャ」「ええ」
「マティ殿…ラナ様をお願いします」
ラナが落としたエルドグラムをアランがマティに渡し、彼は力強く頷き返す。
「お任せくださいアラン殿」
「みんなすまない、二人を頼む」
「ああ、兄貴はゆっくり休んでくれ。エリーは怒ると結構怖いしな」
「もうお兄ちゃん、茶化さないの。それよりラナ様とレクス様の捜索、しっかりやってね」
「ああ、任せとけ」
「無駄話はここまでだ。行くぞ」
ミーナとアラン達が出発するのを見守るウィルフレッドとエリネ。
「今回治るの、なんだか時間かかりそうな感じですね。それだけ今回の変異体は手強かったのでしょうか」
「そうだな。実際あの電撃はかなり威力が強い。周りに被害が広がる前に倒せたのが僥倖だ」
「じゃあ今回はちゃんと労ってあげませんとね」
自分に微笑むエリネからの魔法の温かみを感じながら微笑み返しては、ウィルフレッドはかすかに震える自分の手を見つめた。
******
「うぅ…けほけほっ!」
流れる川の音を徐々に知覚し、寒気と痛みで目を覚ますラナ。
「私は…いったい」
頭がぼんやりとする中、目に最初に映ったのは未だ雨が小降りする霧の森と、自分が流れ着いた川岸、そして先ほどよりも緩やかになっている川だった。
「くっ」
ズキンと体が痛み、先ほどのクラーケン変異体が暴れた光景と、自分を助けようとしたレクスのことを思い出すと同時に、自分にかかってる重みを認識した。
「! レクス殿!」
自分の傍で寄りかかるように意識をなくしたレクスが倒れていた。
「レクス殿っ!無事かレク――」
彼を揺さぶり起こそうとする途端に、彼の鎧のあちこちが凹んでいる跡があり、破れた服の下にはいくつか打撲の傷跡もあることに気付く。先ほど川に落ちた時や激流の中でも彼が自分をかばった感覚がおぼろげにあったと思い出す。
(まさか、その体で私を担いで川岸まで泳いだの…っ?)
ラナは即座に治癒をかけるが、魔法の光が少しだけ光っては徐々に弱まっていた。
(そうだわ。さっき魔法封じの鎖を破るためにマナを殆ど放出して――)
彼女が歯軋りすると、懐から薬瓶を取り出し、補助として負傷箇所に塗ってまた魔法をかける。
(まったく、普段はおちゃらけな態度ばっかり取ってて、肝心な時に無理なんてするから)
幸い、あちこち打撲があるものの、頭など重要な部位には当たっておらず、大事には至っていない。
(…いえ、本当に無理してるのは私の方ね)
ラナは唇を噛み締めてレクスの頭を撫でた。
――――――
レクスと自分の応急処置を終え、彼を担ぎながらラナは森の奥へと移動していく。雨は依然として止まる様子はなく、川に落ちて濡れた体は森を覆う霧に相まって、より一層寒さを感じてかすかに震えていた。
(まずいわね、このままでは二人とも凍え死んでしまうわ)
自軍とはどれほど離れたのか定かではないが、あのオーデルのことだ、間違いなく真っ先に自分達を追っているのに違いない。今回は連合軍を打ち負かすのが目的でなく、自分の確保こそが彼にとっての勝利だから。
(追手から隠れるためにも、早く雨宿りできる場所を探さないと)
そう考えるのと同時に、やや薄れた霧の向こうに、大岩か大樹のようなシルエットが見えた。運良ければ動物が掘った洞窟ぐらい見つかるのかもしれないと、ラナは踏ん張って足を速める。ようやくシルエットに近づくと、ラナは急に足を止めた。
(なに、これ…)
それは大岩でも大樹でもなかった。そもそもこの世界のものですらないと、ラナは一目でそう直感できた。それはとてつもなく大きい、鉄の塊でできた何かの残骸だった。
【続く】
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