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第十三章 ウィルフレッド
ウィルフレッド 第二十節
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重金属を含んだ灰色の雪が深々と降る夜。チェルケシティの近郊、共同倉庫エリアTHO-88にある無人化学タンク倉庫の敷地内を、俺は注意深く進んでいた。1743-BSの番号が大きく記された倉庫を確認すると、正面の傍にある小さなドアから中に入っていく。
仄暗く広大な倉庫内に、自分の足音がコダマする。規律正しく並ばれた棚の上には、可燃性の警告マークが書かれた大きなドラム缶が無数に積まれ、モニタリング用のドローンが巡回していた。
開きスペースがやや広い倉庫の中央に歩いた途端、次々と軍用ドローンのサーチライトが俺に集中して当ててきた。
「久しぶりだねウィル。ギル達と別行動を取っていたのは知ってたけど、さすが元エージェント、足取りを掴むのに結構苦労しましたよ」
周りの暗がりの中から人間体のビリーとアルマモドキ達が歩み出た。
「ビリー…っ!」
不自然なまでの自然な口調をしたビリーのすぐ傍に、サイバネ化した片腕が外されたニコライがしかめっ面でイプシロン達に押さえられていた。そしてその隣には…思わず小さく息を呑む。ジェーン達の墓参りの時に助けた子供も一緒に押さえられている。あの夜のような困惑した目に見つめられ、胸にナイフが刺さったかのような感じがした。
「ニコライさん…っ」
「まったく、罠だと言ってるのにおまえって奴は…相変わらず損なことばかりしよる。私やこの子だけのために来ても意味無いのに」
ニコライの言葉で少しは安心した。少なくとも彼の娘のエイミーや他の子達はまだビリーに捕まってないことなのだから。
「…損ではありませんし、今回は俺のせいで貴方達を巻き込んでしまったのですから」
俺は隣の、不安を帯びた目をしているあの子に微笑みかけた。
「大丈夫、すぐに助けるから」
俺は改めてビリーに顔を向ける。
「ビリー、言われたとおりここに来た。あんたの目的は俺のアスティル・クリスタルだろ。命ごとくれてやるからニコライとその子は解放してくれ」
「そうですね。ですがその前に確認したいことがあります。暫くサラの姿を確認できないのを見ると、察するに彼女は一番最初に消滅したようですね?ロドニー社長を襲撃した時に」
サラの最後の姿を思い出し、歯軋りする。
「それがどうした」
「サラのアスティル・クリスタル…、貴方かギル達のどちらかが持ってるとは思います。それは今どこにありますか?」
「サラのクリスタルはもういない。俺が砕いた」
「なんですって」
「もうこれ以上あんたらにサラ達を利用させる訳にはいかない。だから砕いた」
「それは困りますね」
ビリーはいまだ戸惑うあの子の肩を掴み、そっと自分の前へと立たせた。
「きゃあっ!」「シェリー!ぐぅ!」
ニコライが動こうとするもイプシロン達に押さえられる。シェリーと呼ばれる子は震えたまま硬直していた。
「ニコライさん!やめろビリー!サラのクリスタルはもういない!あの子に手を出しても無駄だ…!」
「――僕が貴方達のオペレートをしていた時期に、何故ああも親しく貴方達に接してきたか分かりますか?」
「なに…?」
「アルマ計画の情報を収集しやすくすることもありますが、あれは貴方達の『組織』への向心力をより強固にするための手法でもあります。その方が良いデータが集められるし、なにかの反逆要素でミハイルの計画に支障が出ては、僕のスケジュールにも影響を及ぼしますので。けれど、それ以外に僕の個人的な理由もありました」
「個人的な理由…?」
「貴方ですよ、ウィル。僕は貴方…というより、貴方のような人種に昔から興味が沸いていたんです」
思わず目を見張った。
「俺に…?」
「僕は誕生して以来、人間の様々な言動をデータとして収集してきました。その過程で、人間は心理や生存へのプレッシャーが閥値を超えれば、その殆どが利己的に、自分の生存を優先して行動するようになっていることを僕は学びました。永い冬中では特にそれが顕著でした。ですが時期に限らず、必ずと言って良いほど例外的な人達が存在します。例え自分に何の益がなくとも、他人を…特に子供を助けようとする傾向が強く出る貴方みたいに」
ビリーの自然な口調に、だんだん々と無機的なトーンが混ざっていった。
「僕は未だに貴方のような人達の考え方を理解できません。一度、貴方の真似をして子供を助けてみたのですが…。生存欲などのバグが芽生えた時みたいなアルゴリズムの乱れはありませんでした」
それがアルボル変異体に俺が助けようとした子のことを指しているのをすぐに分かった。けどそれ以上に、先ほどから違和感を感じる単語が気になった。
「永い冬中…?アルゴリズム…?お前はいったい何を言って…」
「アルファチームの他の人達も多少ならず貴方に影響を受けて行動している現象も観測できました。実に不可解です。貴方がそういう類の人種においてとりわけ特別な訳でもないのに」
「一体何が言いたいんだ…っ」
「行動原理は理解不能ですが、何に対してどのように動くのかはある程度パターン化してます。貴方が必ずこの人達のためにくることを予測したかのように。または、サラのクリスタルを持ったギル達をかばうために嘘をつく可能性もね」
「俺は嘘なんざ言っていないっ、サラのクリスタルは本当にもうないんだ!」
「もしそうでしたら真に残念です。であれば、僕のバグの検証をさせてもらいます」
ビリーがいたわるように怯えるシェリーの頭を後ろから撫でた。胸が潰れそうな気分だった。
「やめろビリー…っ」「シェリー…っ!」
ニコライも抵抗しようとするもイプシロンにさらに押されられる。
「貴方が閥値以上のストレスを受けても利他的でい続けられるかどうか――」
シェリーが目をつぶる。
「実験させていただきます」
「やめろーーーーっ!」
ズガアァァァァンッ!!!
ビリー頭上の天井が突如崩壊し、彼と取り巻きのイプシロン達がシェリー達を押さえたまま落下してくる瓦礫を避ける。
「なにっ!?」
「ウガアァアァァァァァッーーー!!!」
「なっ…キースっ!?」
天井の崩落とともにアルマ化したキースが地面にハルバードをさらに叩き込み、崩れ飛ばされる床の破片が回りに飛散する。これを機にニコライはイプシロン達の拘束から逃れた。
「ウオオォォォォアッーーーー!!!」
クリスタルから真っ赤なエネルギーラインが全身を走り、体中の装甲に亀裂が走っているにも関わらず、キースの体はさながら残り全ての力が漲るように高熱を発していた。狂うかのようにハルバードを振り回しながら彼がビリーに向けて突進する。
「くっ!」「きゃあぁっ!」
ビリーはシェリーを押し退け、同じくアルマ化してはキースの攻撃に対応する。取り巻きのイプシロン達もそれに加勢していく。
「ニコライ~!」
「シェリー!」
ニコライに向かって走るシェリー。
「FAOooo!」
彼女達を再び抑えるよう、二体のイプシロンが飛びかかる。
「カァッ!」
「FGOA!」「KYOAA!」
「きゃあっ!」「ぬおぉっ!」
アルマ化してその二体を纏めて蹴り飛ばすと、イプシロン達は勢い良く棚に衝突し、ドラム缶が一面あたりに散らかされる。
「ニコライさん!無事ですかっ!?それと君…シェリーだったな?」
アルマ化した俺の姿にシェリーが困惑する。
「え、あ…?」
「ウィル?あんた、その姿は…」
「…貴方達を巻き込んでしまってすみません、俺のせいでこんな危険な目に…っ!」
「「FOAA…」」
倒れこんだ棚からイプシロン達が化学物質を浴びながら立ち上がり、俺達に狙いを定める。俺はナノマシンソードを生成して彼らを阻むように構えた。
「ここは俺に任せて、ニコライさん達はあそこから逃げてください!外には俺が使ったビーグルがあります!」
先ほど俺が潜入時に通った出入り口を指差す。
「あんた…」
ニコライは何か言おうとするも、そういう状況でないことを理解してはシェリーを抱き上げる。
「…ウィル。何が起こってるのかわからないが、一つだけ覚えておけ。例えこの件があんたのせいだとしても、あんたを恨むことなんざ決してしない。馬鹿息子のために悲しんでくれたあんたとアオトとかいう若造に、今でも感謝しているからな」
「ニコライさん…っ」
いまだ震えるシェリーに俺は軽く頷いた。
「元気でな」「あ…」
ニコライが最後に俺と目を交わすと、シェリーを抱えたまま出口に向けて駆け出した。シェリーの目はずっと俺の方を見たままだった。
「「FaOO!」」
「コーティングッ!」
剣にアスティルエネルギーをコーティングさせ、再び飛びかかろうとするイプシロン達を迎撃する。
「「FAAA!」」「ルアァッ!」
イプシロンが繰り出す電流と毒針をバリアで防ぎ、先に突っ込んできたイプシロンの槍へと変化した腕を、片方の剣でその軌道を逸らすように受ける。ギャリリと青の火花が散る中、互いに前進する勢いに乗せて体を一回転してはカウンターの斬撃を斬りつけた。
「FKYAO!」
二つに分かれた青い断面の向こう側から、もう一体のイプシロンの毒針を生やした腕が、動作が終わったばかりの俺に向けて伸びてくる。
「FUOOO!」「クアァッ!」
腕の結晶にアスティルエネルギーを放出させ、その反動を借りて無理やり腕に勢いをつけて切り返し、二体目をも両断した。
「KYOAA!」
「ぐぅっ、キース…っ!」
一息つく暇もなく、俺はビリー達と戦ってるキースの方を見た。
「グオアアアァァァッ!」
「「KUOAAA!」」
全身からエネルギーを異常放出するキースの攻勢は凄まじかった。イプシロン達の攻撃を受けて体の亀裂がさらに増えても、彼は意も介さずにハルバードを叩き込んでいく。いきなりの急襲に加え、さすがのビリーも防御に専念していた。
「くっ、決死の特攻という訳ですか…っ!」
だけどそれもいつまでもつか分からない。ギルやアオトもここにいる保証はないし、俺もキースに加勢するように飛び出そうとした。
「きゃあああ!」
後ろを振り返った。外へ脱出しようとするニコライ達を、出入り口から出てきた別のイプシロンが行く手を塞いでいた。
「ニコライさん、シェリー…っ!ウオオォォアアアっ!」
「FUOOAA!」
剣にアスティルエネルギーを思い切って注いで投げ出し、イプシロンが張るバリアをも貫通させてクリスタルが生えてある胸を貫いた。
「KYAOOO!」
イプシロンの体が灰と化し、高熱の青い光を纏う剣だけが床に刺さる。ニコライやシェリー達が感謝するように振り返る。
「ニコライさん…っ」
「大人しくしなさいっ!」
後ろからビリーの叫びとともに、眩い白い明かりが輝いた。
「グアァッ!」
彼が打ち出した白のアスティルエネルギーは槍のようにキースの肩を削り、ドラム缶が満載した棚へと直撃する。眩い光と爆音が、倉庫全体を揺らした。
「うおおぉっ!」「きゃああぁっ!」
いくつかのドラム缶が引火され、燃えながら砲弾のように倉庫中を飛び回る。棚がドミノのように倒れ込み、ニコライ達の周りに崩れた棚やドラム缶がなだれていく。炎は一瞬にして周りに広がり、倉庫内で毒々しい煙が立ち上がった。
「ニコライさんっ!」
「けほけほっ!だっ、大丈夫だウィル!」「あうぅ…」
分断するように燃える炎と残骸の向こうで、ニコライとシェリーがゆっくりと身を起こす。
「くっ!」
彼らを助けるよう、俺は駆け出そうとした。
バチュッ
小さな火花の声が響いた。ニコライとシェリーが俺を見たままの状態で時間が止まったかのようだった。やがて白い光が二人を包み込み―――
「うぁっ!」
倉庫の窓全てを砕く爆風を起こすほどほどの爆発が、ニコライ達が立っていた場所を飲み込んだ。
「あ―――」
化学物質による特有の極彩色の炎が燃え盛っていた。ボウボウと未だに爆発が新しい火を吹かしては全てを飲み込んでいく。
「ニ、ニコライさん…っ、シェリー…っ」
飛び出して彼らを探すことさえできずに、俺は絶望に支配されて放心していた。
「グアァァァッッ!」
「! キース!」
後ろで重々しい音とともにキースが倒れこむ。イプシロン達の残骸が一面に散らばり、燃え広がっていく炎に囲まれながら、ビリーはゆっくりと立ちあがった。
「ふぅ…パワーを重視したモデルとはいえ、肉体崩壊の末期に入っていながらイプシロン達を全滅させるだなんて、やはり侮れませんね」
もはや虫の息であるキースの体は、先ほどビリーが肩に穿った穴や胸を含み、至るところに白化した亀裂が走っていた。さきほど発していた高熱も徐々に収まっていく。自分でも抑えられないほどに怒りが湧き上がり、俺はビリーに突進した。
「ビリー…っ!貴様ぁああっ!」
「無駄です」
ビリーが上げる片手の手先が歪み、振り下ろした俺の剣がそれに触れると奇妙な手応えが伝わり、剣が止められる。
「ぐっ!空間歪曲――」
ビリーのもう片手が振り上げられる。ぞっとする感覚に俺は即座に体をひねった。見えない刃のようなものが肩を通り過ぎたかのような感覚がすると、するりと右腕が体と分断して床に落ちる。
「ウガアアァァッ!」
さらにビリーが掌を突きついてくると、強烈な衝撃が全身に同時に叩きつけられる。
「ガァッ!」
スーパーボールのように弾き飛ばされ、まだ崩れてないドラム缶の中へと打ちのめされる。危うく意識が失いかけるほどの衝撃だった。
「前にも披露した空間振動に、空間の面ズレを瞬間的に生じさせての切断です。こういう芸当、スペック的に貴方達でもできるはずですが、パワー任せの調整に、感情的に動く貴方達ではアスティル・クリスタルのより深部へアクセスするのは流石に無理のようですね」
「ぐうぅぅ、ビリー…!」
切られた右腕を押さえながら体を起こす。例え肢体が欠損しても、時間が経てばナノマシンにより再生はされるが、今はそれを待つ余裕はない。ビリーは燃え盛る出入り口の方を見ながら歩み寄る。
「ニコライ達は亡くなってしまいましたか。貴方に関わったばかりにお気の毒です」
「おおあぁっ!」
残り片手でビーム射撃するも、ビリーが振るう片手により軽くあしらわれ、彼の手に生成された槍が俺の片手を貫いてはぬい付けた。
「ぐがあぁぁああっ!」
俺の体を足で踏み押さえるビリー。
「ここまでですウィル。最後にもう一度確認します。サラのクリスタルはどこにあるのですか?」
体の痛みとニコライ達を失った怒りに心身を苛まれながら、俺は吐き捨てた。
「もういないと、言ったはずだ…っ!それに…っ、例えまだあるとしてもっ、貴様なんかに、教えてやるものか…っ!」
「そうですか、実に残念です。こうも憤慨に染められては、バグの検証の精度も望めませんね」
感情の抑揚を含まない口調で返すビリー。
「過去のデータも含め、貴方をずっと重点的に研究してきました。ウィル。ストリートの孤児として生き、育ての親である老人から離れて過酷な傭兵生活に身を投じても、貴方はいつも他の誰かの身を自分より優先する傾向が観測されます。人々に見放され、余命僅かの今でも、自分よりもニコライ達の命を優先しました」
「ぐっ、ぐぅぅぅぅ…っ!」
ビリーの足を退けようとも、手を貫いた槍からの微量なアスティルエネルギーが、俺から力を奪っていく。
「僕はやはりその原理は理解できませんが、貴方が普通の人ならとっくに利他的許容閥値を超えたストレスを感じていることは分かります。もう十分に苦しみましたから、僕が楽にしてあげましょう」
ビリーが手に力を込め、俺のアスティル・クリスタルを掴むよう深々と胸へと刺し込んだ。
「グガアアァァァァァッ!!!」
胸を通して全身に激痛が走る。反射的にエネルギーを放出させても、ビリーの体に走るアスティルエネルギーは容易くそれに耐える。
「ギルやアオトもすぐに後を追うようになります。さあ、大人しくアスティル・クリスタルを返しなさい…っ!」
「アガッ!グアアアアアッ!!!」
メキメキとクリスタルが体から離れていくにつれ、目に激しいノイズが走り、今まで過ごした日々の光景が走馬灯のように脳内を過ぎっていく。
(ここまで、なのか…っ?ダニー、ジェニー…っ、みんな…っ!)
「ラアアアアアアァァァーーーーッ!」
「なっ!」
いきなりのことだった。虫の息だったはずのキースが後ろからビリーに抱きつき、そのボロボロの豪腕で彼を俺の体から引き離した。
「こ、こいつまだ動け―――」
「オオオォォッ!」
キースの全身が、正に最後の命を燃やすかのように眩く輝いては、膨大なアスティルエネルギーを流し、ビリーを苛んだ。
「ぐああぁあっ!」
「キ、キース…っ!」
キースが俺を見て、叫んだ。
「…俺ごと、やれ!はやく!」
「無駄なあがきを!」
ビリーがアスティルエネルギーを全力で放出した。ボロボロだったキースの腕がさらに砕けていく。
「やれぇぇぇーーー!」
迷う時間などなかった。
「結晶最大励起ーーーッ!!!」
手に縫いつく槍から無理やり手を引っこ抜き、寿命さえ顧みずにアスティル・クリスタルを最大励起させる。胸から放たれる眩い青の輝きの中、切られた腕は瞬時に再生し、剣を生成してはコーティングさせた。
「くあぁっ!」「がぁっ!」
ビリーの叫びと共にキースの両腕が粉砕し、その手が俺の剣止めようとした。最大励起されるアスティルエネルギーを帯びた俺の剣は―――コンマ数秒の差で、ビリーが空間を歪める前にその体に届いた。ゆっくりと流れる時間の中、剣はビリーの体を両断した。後ろのキースもろとも深く切りつけながら。
「カハッ!」
真っ二つになって宙を舞うビリーを、すかさず剣を逆手に取り、彼の胸のアスティル・クリスタル目がけ、突き刺した。結晶の破砕音が響き、貫いた剣はその体を床に叩きつけ、縫い付けた。
「ガフッ!」
「はぁ…はぁ…っ、これはサラの分。そして――」
床にビリーを縫い付ける剣をさらにねじりこみ、深く刺した。
「ぐおっ!」
「これはキースの分だ…っ!」
「アッ…あ…」
上半身だけになったビリーの体が輝き、元の姿へと戻る。人間と同じような赤い血を吐き出しながら俺を見る彼の表情は、どこか機械的だった。
「ま、ままままさか…このようなことに、な、ななるとは…こ、これは…貴方ゆえに…出された結果…ですすすか…?」
「知るか…っ!勝手に推論してろ!」「がっ!」
剣を引き抜くと、ビリーは何回か小さく震える。
「…ア…データを…こ、こここ更新…しな…いと…」
そう呟くとそれ以上動かなくなり、サラのように灰となって散っていく。砕かれたアスティル・クリスタルも、不思議な輝きを発すると煙となって雲散していった。
――――――
極彩色の炎が倉庫内を蹂躙し、あちこちに小さな爆発が起こされる。消火システムでも賄いきれない火に囲まれながら人間体に戻った俺は、同じく元の姿に戻ったキースの、俺とアオトがあげた黒いコートを着たままで倒れこんでいる彼の傍で膝をついていた。
「キースっ、しっかりしてくれキース…っ」
「う、うぅ…」
体は繋がってるものの、ビリーにやられた傷と俺に深く切りつけられたキースの体の殆どが白くなっていた。正直、今でも息ができることが奇跡と思えるぐらいの状態だった。その姿に声が悲しみで掠れる。
「キース、どうして、どうしてこんな体でここに来たんだ…っ。どうして…」
「う…うあ…あ…バ…バー、グ…」
キースの口から出されるのは彼の弟の名だった。
「キース…っ」
「バーグ…許してくれ…俺のせいだ…。農場のことも…あんたが、喜ぶと思ってやっていて…、先に、あんたと相談すべきなのに…っ」
もはや瞳も虚ろになってるキースの目から涙が流れた。
「しまいには、あんたを…殺してしまって…っ、俺ってやつぁ…っ」
後悔に満ちたキースの声に唇を噛み締めると、思わず応えた。
「―――大丈夫だよ、兄さん」
いま見えるかも分からないその目が、俺の方に向いた。
「俺は、兄さんを恨んではいない。兄さんは十分苦しんだし、俺が死んでしまったのは…こうなってしまったのは、単にそうなってしまっただけなんだ。だから…だから…っ」
自分は何をしてるのかと思わず心で突っ込んだ。バーグの口調も分からないのに、こんな子供だましのようなことをして果たして何の意味があるのかと。
「………そうか、そう、言ってくれるんだなぁ、バーグ…」
弱々しく言葉を続けるキースの顔は、とても穏やかになっていた。
「こんな、不出来な俺を…まだ、兄さんと呼んでくれて…ありがとさん…バーグ…」
「兄さん…っ、キース…っ!」
嗚咽で言葉が続かなかった。流した涙が白化したキースの体に落ち、周りの高熱で蒸発していく。
「また…昔みたいに、遊ぼう…あの、議事堂…行きたいって、言ったよな…次は、あそこに、連れ、て…」
安らかな笑顔と共に、キースの体が白いチリと化して散った。茶色のクリスタルと、俺とアオトがあげた黒いサイバーコートだけを残して。
******
燃え盛る倉庫の明かりと、そこに次々と集まっていくシティの消防ビーグルのサイレンの音を背に、俺はキースが残したサイバーコートを引きずりながら、シティから離れた変異樹木の林内を歩いていた。今だ癒えない胸の傷跡で濡れたシャツを捨て、半裸のまま灰色の雪が降り積もる道にコートで引きずり跡を作り、ふらりと大きめな木に背をもたせては座り込んだ。
雪が全ての音を吸うかのように、世界は静寂に包まれていた。呆然と黒色の空を見上げると、ニコライとシェリーの爆発の光に呑まれていく顔が、キースの最後の笑顔が浮かび上がった。
(((――今でも感謝しているからな)))
(((ありがとさん…)))
キースのサイバーコートをかけてはしがみつき、子供のように縮こまってだらしなく嗚咽した。かつてダニーを失ったあの夜のように、ただ独りで彼らのことを偲びながら。
【続く】
仄暗く広大な倉庫内に、自分の足音がコダマする。規律正しく並ばれた棚の上には、可燃性の警告マークが書かれた大きなドラム缶が無数に積まれ、モニタリング用のドローンが巡回していた。
開きスペースがやや広い倉庫の中央に歩いた途端、次々と軍用ドローンのサーチライトが俺に集中して当ててきた。
「久しぶりだねウィル。ギル達と別行動を取っていたのは知ってたけど、さすが元エージェント、足取りを掴むのに結構苦労しましたよ」
周りの暗がりの中から人間体のビリーとアルマモドキ達が歩み出た。
「ビリー…っ!」
不自然なまでの自然な口調をしたビリーのすぐ傍に、サイバネ化した片腕が外されたニコライがしかめっ面でイプシロン達に押さえられていた。そしてその隣には…思わず小さく息を呑む。ジェーン達の墓参りの時に助けた子供も一緒に押さえられている。あの夜のような困惑した目に見つめられ、胸にナイフが刺さったかのような感じがした。
「ニコライさん…っ」
「まったく、罠だと言ってるのにおまえって奴は…相変わらず損なことばかりしよる。私やこの子だけのために来ても意味無いのに」
ニコライの言葉で少しは安心した。少なくとも彼の娘のエイミーや他の子達はまだビリーに捕まってないことなのだから。
「…損ではありませんし、今回は俺のせいで貴方達を巻き込んでしまったのですから」
俺は隣の、不安を帯びた目をしているあの子に微笑みかけた。
「大丈夫、すぐに助けるから」
俺は改めてビリーに顔を向ける。
「ビリー、言われたとおりここに来た。あんたの目的は俺のアスティル・クリスタルだろ。命ごとくれてやるからニコライとその子は解放してくれ」
「そうですね。ですがその前に確認したいことがあります。暫くサラの姿を確認できないのを見ると、察するに彼女は一番最初に消滅したようですね?ロドニー社長を襲撃した時に」
サラの最後の姿を思い出し、歯軋りする。
「それがどうした」
「サラのアスティル・クリスタル…、貴方かギル達のどちらかが持ってるとは思います。それは今どこにありますか?」
「サラのクリスタルはもういない。俺が砕いた」
「なんですって」
「もうこれ以上あんたらにサラ達を利用させる訳にはいかない。だから砕いた」
「それは困りますね」
ビリーはいまだ戸惑うあの子の肩を掴み、そっと自分の前へと立たせた。
「きゃあっ!」「シェリー!ぐぅ!」
ニコライが動こうとするもイプシロン達に押さえられる。シェリーと呼ばれる子は震えたまま硬直していた。
「ニコライさん!やめろビリー!サラのクリスタルはもういない!あの子に手を出しても無駄だ…!」
「――僕が貴方達のオペレートをしていた時期に、何故ああも親しく貴方達に接してきたか分かりますか?」
「なに…?」
「アルマ計画の情報を収集しやすくすることもありますが、あれは貴方達の『組織』への向心力をより強固にするための手法でもあります。その方が良いデータが集められるし、なにかの反逆要素でミハイルの計画に支障が出ては、僕のスケジュールにも影響を及ぼしますので。けれど、それ以外に僕の個人的な理由もありました」
「個人的な理由…?」
「貴方ですよ、ウィル。僕は貴方…というより、貴方のような人種に昔から興味が沸いていたんです」
思わず目を見張った。
「俺に…?」
「僕は誕生して以来、人間の様々な言動をデータとして収集してきました。その過程で、人間は心理や生存へのプレッシャーが閥値を超えれば、その殆どが利己的に、自分の生存を優先して行動するようになっていることを僕は学びました。永い冬中では特にそれが顕著でした。ですが時期に限らず、必ずと言って良いほど例外的な人達が存在します。例え自分に何の益がなくとも、他人を…特に子供を助けようとする傾向が強く出る貴方みたいに」
ビリーの自然な口調に、だんだん々と無機的なトーンが混ざっていった。
「僕は未だに貴方のような人達の考え方を理解できません。一度、貴方の真似をして子供を助けてみたのですが…。生存欲などのバグが芽生えた時みたいなアルゴリズムの乱れはありませんでした」
それがアルボル変異体に俺が助けようとした子のことを指しているのをすぐに分かった。けどそれ以上に、先ほどから違和感を感じる単語が気になった。
「永い冬中…?アルゴリズム…?お前はいったい何を言って…」
「アルファチームの他の人達も多少ならず貴方に影響を受けて行動している現象も観測できました。実に不可解です。貴方がそういう類の人種においてとりわけ特別な訳でもないのに」
「一体何が言いたいんだ…っ」
「行動原理は理解不能ですが、何に対してどのように動くのかはある程度パターン化してます。貴方が必ずこの人達のためにくることを予測したかのように。または、サラのクリスタルを持ったギル達をかばうために嘘をつく可能性もね」
「俺は嘘なんざ言っていないっ、サラのクリスタルは本当にもうないんだ!」
「もしそうでしたら真に残念です。であれば、僕のバグの検証をさせてもらいます」
ビリーがいたわるように怯えるシェリーの頭を後ろから撫でた。胸が潰れそうな気分だった。
「やめろビリー…っ」「シェリー…っ!」
ニコライも抵抗しようとするもイプシロンにさらに押されられる。
「貴方が閥値以上のストレスを受けても利他的でい続けられるかどうか――」
シェリーが目をつぶる。
「実験させていただきます」
「やめろーーーーっ!」
ズガアァァァァンッ!!!
ビリー頭上の天井が突如崩壊し、彼と取り巻きのイプシロン達がシェリー達を押さえたまま落下してくる瓦礫を避ける。
「なにっ!?」
「ウガアァアァァァァァッーーー!!!」
「なっ…キースっ!?」
天井の崩落とともにアルマ化したキースが地面にハルバードをさらに叩き込み、崩れ飛ばされる床の破片が回りに飛散する。これを機にニコライはイプシロン達の拘束から逃れた。
「ウオオォォォォアッーーーー!!!」
クリスタルから真っ赤なエネルギーラインが全身を走り、体中の装甲に亀裂が走っているにも関わらず、キースの体はさながら残り全ての力が漲るように高熱を発していた。狂うかのようにハルバードを振り回しながら彼がビリーに向けて突進する。
「くっ!」「きゃあぁっ!」
ビリーはシェリーを押し退け、同じくアルマ化してはキースの攻撃に対応する。取り巻きのイプシロン達もそれに加勢していく。
「ニコライ~!」
「シェリー!」
ニコライに向かって走るシェリー。
「FAOooo!」
彼女達を再び抑えるよう、二体のイプシロンが飛びかかる。
「カァッ!」
「FGOA!」「KYOAA!」
「きゃあっ!」「ぬおぉっ!」
アルマ化してその二体を纏めて蹴り飛ばすと、イプシロン達は勢い良く棚に衝突し、ドラム缶が一面あたりに散らかされる。
「ニコライさん!無事ですかっ!?それと君…シェリーだったな?」
アルマ化した俺の姿にシェリーが困惑する。
「え、あ…?」
「ウィル?あんた、その姿は…」
「…貴方達を巻き込んでしまってすみません、俺のせいでこんな危険な目に…っ!」
「「FOAA…」」
倒れこんだ棚からイプシロン達が化学物質を浴びながら立ち上がり、俺達に狙いを定める。俺はナノマシンソードを生成して彼らを阻むように構えた。
「ここは俺に任せて、ニコライさん達はあそこから逃げてください!外には俺が使ったビーグルがあります!」
先ほど俺が潜入時に通った出入り口を指差す。
「あんた…」
ニコライは何か言おうとするも、そういう状況でないことを理解してはシェリーを抱き上げる。
「…ウィル。何が起こってるのかわからないが、一つだけ覚えておけ。例えこの件があんたのせいだとしても、あんたを恨むことなんざ決してしない。馬鹿息子のために悲しんでくれたあんたとアオトとかいう若造に、今でも感謝しているからな」
「ニコライさん…っ」
いまだ震えるシェリーに俺は軽く頷いた。
「元気でな」「あ…」
ニコライが最後に俺と目を交わすと、シェリーを抱えたまま出口に向けて駆け出した。シェリーの目はずっと俺の方を見たままだった。
「「FaOO!」」
「コーティングッ!」
剣にアスティルエネルギーをコーティングさせ、再び飛びかかろうとするイプシロン達を迎撃する。
「「FAAA!」」「ルアァッ!」
イプシロンが繰り出す電流と毒針をバリアで防ぎ、先に突っ込んできたイプシロンの槍へと変化した腕を、片方の剣でその軌道を逸らすように受ける。ギャリリと青の火花が散る中、互いに前進する勢いに乗せて体を一回転してはカウンターの斬撃を斬りつけた。
「FKYAO!」
二つに分かれた青い断面の向こう側から、もう一体のイプシロンの毒針を生やした腕が、動作が終わったばかりの俺に向けて伸びてくる。
「FUOOO!」「クアァッ!」
腕の結晶にアスティルエネルギーを放出させ、その反動を借りて無理やり腕に勢いをつけて切り返し、二体目をも両断した。
「KYOAA!」
「ぐぅっ、キース…っ!」
一息つく暇もなく、俺はビリー達と戦ってるキースの方を見た。
「グオアアアァァァッ!」
「「KUOAAA!」」
全身からエネルギーを異常放出するキースの攻勢は凄まじかった。イプシロン達の攻撃を受けて体の亀裂がさらに増えても、彼は意も介さずにハルバードを叩き込んでいく。いきなりの急襲に加え、さすがのビリーも防御に専念していた。
「くっ、決死の特攻という訳ですか…っ!」
だけどそれもいつまでもつか分からない。ギルやアオトもここにいる保証はないし、俺もキースに加勢するように飛び出そうとした。
「きゃあああ!」
後ろを振り返った。外へ脱出しようとするニコライ達を、出入り口から出てきた別のイプシロンが行く手を塞いでいた。
「ニコライさん、シェリー…っ!ウオオォォアアアっ!」
「FUOOAA!」
剣にアスティルエネルギーを思い切って注いで投げ出し、イプシロンが張るバリアをも貫通させてクリスタルが生えてある胸を貫いた。
「KYAOOO!」
イプシロンの体が灰と化し、高熱の青い光を纏う剣だけが床に刺さる。ニコライやシェリー達が感謝するように振り返る。
「ニコライさん…っ」
「大人しくしなさいっ!」
後ろからビリーの叫びとともに、眩い白い明かりが輝いた。
「グアァッ!」
彼が打ち出した白のアスティルエネルギーは槍のようにキースの肩を削り、ドラム缶が満載した棚へと直撃する。眩い光と爆音が、倉庫全体を揺らした。
「うおおぉっ!」「きゃああぁっ!」
いくつかのドラム缶が引火され、燃えながら砲弾のように倉庫中を飛び回る。棚がドミノのように倒れ込み、ニコライ達の周りに崩れた棚やドラム缶がなだれていく。炎は一瞬にして周りに広がり、倉庫内で毒々しい煙が立ち上がった。
「ニコライさんっ!」
「けほけほっ!だっ、大丈夫だウィル!」「あうぅ…」
分断するように燃える炎と残骸の向こうで、ニコライとシェリーがゆっくりと身を起こす。
「くっ!」
彼らを助けるよう、俺は駆け出そうとした。
バチュッ
小さな火花の声が響いた。ニコライとシェリーが俺を見たままの状態で時間が止まったかのようだった。やがて白い光が二人を包み込み―――
「うぁっ!」
倉庫の窓全てを砕く爆風を起こすほどほどの爆発が、ニコライ達が立っていた場所を飲み込んだ。
「あ―――」
化学物質による特有の極彩色の炎が燃え盛っていた。ボウボウと未だに爆発が新しい火を吹かしては全てを飲み込んでいく。
「ニ、ニコライさん…っ、シェリー…っ」
飛び出して彼らを探すことさえできずに、俺は絶望に支配されて放心していた。
「グアァァァッッ!」
「! キース!」
後ろで重々しい音とともにキースが倒れこむ。イプシロン達の残骸が一面に散らばり、燃え広がっていく炎に囲まれながら、ビリーはゆっくりと立ちあがった。
「ふぅ…パワーを重視したモデルとはいえ、肉体崩壊の末期に入っていながらイプシロン達を全滅させるだなんて、やはり侮れませんね」
もはや虫の息であるキースの体は、先ほどビリーが肩に穿った穴や胸を含み、至るところに白化した亀裂が走っていた。さきほど発していた高熱も徐々に収まっていく。自分でも抑えられないほどに怒りが湧き上がり、俺はビリーに突進した。
「ビリー…っ!貴様ぁああっ!」
「無駄です」
ビリーが上げる片手の手先が歪み、振り下ろした俺の剣がそれに触れると奇妙な手応えが伝わり、剣が止められる。
「ぐっ!空間歪曲――」
ビリーのもう片手が振り上げられる。ぞっとする感覚に俺は即座に体をひねった。見えない刃のようなものが肩を通り過ぎたかのような感覚がすると、するりと右腕が体と分断して床に落ちる。
「ウガアアァァッ!」
さらにビリーが掌を突きついてくると、強烈な衝撃が全身に同時に叩きつけられる。
「ガァッ!」
スーパーボールのように弾き飛ばされ、まだ崩れてないドラム缶の中へと打ちのめされる。危うく意識が失いかけるほどの衝撃だった。
「前にも披露した空間振動に、空間の面ズレを瞬間的に生じさせての切断です。こういう芸当、スペック的に貴方達でもできるはずですが、パワー任せの調整に、感情的に動く貴方達ではアスティル・クリスタルのより深部へアクセスするのは流石に無理のようですね」
「ぐうぅぅ、ビリー…!」
切られた右腕を押さえながら体を起こす。例え肢体が欠損しても、時間が経てばナノマシンにより再生はされるが、今はそれを待つ余裕はない。ビリーは燃え盛る出入り口の方を見ながら歩み寄る。
「ニコライ達は亡くなってしまいましたか。貴方に関わったばかりにお気の毒です」
「おおあぁっ!」
残り片手でビーム射撃するも、ビリーが振るう片手により軽くあしらわれ、彼の手に生成された槍が俺の片手を貫いてはぬい付けた。
「ぐがあぁぁああっ!」
俺の体を足で踏み押さえるビリー。
「ここまでですウィル。最後にもう一度確認します。サラのクリスタルはどこにあるのですか?」
体の痛みとニコライ達を失った怒りに心身を苛まれながら、俺は吐き捨てた。
「もういないと、言ったはずだ…っ!それに…っ、例えまだあるとしてもっ、貴様なんかに、教えてやるものか…っ!」
「そうですか、実に残念です。こうも憤慨に染められては、バグの検証の精度も望めませんね」
感情の抑揚を含まない口調で返すビリー。
「過去のデータも含め、貴方をずっと重点的に研究してきました。ウィル。ストリートの孤児として生き、育ての親である老人から離れて過酷な傭兵生活に身を投じても、貴方はいつも他の誰かの身を自分より優先する傾向が観測されます。人々に見放され、余命僅かの今でも、自分よりもニコライ達の命を優先しました」
「ぐっ、ぐぅぅぅぅ…っ!」
ビリーの足を退けようとも、手を貫いた槍からの微量なアスティルエネルギーが、俺から力を奪っていく。
「僕はやはりその原理は理解できませんが、貴方が普通の人ならとっくに利他的許容閥値を超えたストレスを感じていることは分かります。もう十分に苦しみましたから、僕が楽にしてあげましょう」
ビリーが手に力を込め、俺のアスティル・クリスタルを掴むよう深々と胸へと刺し込んだ。
「グガアアァァァァァッ!!!」
胸を通して全身に激痛が走る。反射的にエネルギーを放出させても、ビリーの体に走るアスティルエネルギーは容易くそれに耐える。
「ギルやアオトもすぐに後を追うようになります。さあ、大人しくアスティル・クリスタルを返しなさい…っ!」
「アガッ!グアアアアアッ!!!」
メキメキとクリスタルが体から離れていくにつれ、目に激しいノイズが走り、今まで過ごした日々の光景が走馬灯のように脳内を過ぎっていく。
(ここまで、なのか…っ?ダニー、ジェニー…っ、みんな…っ!)
「ラアアアアアアァァァーーーーッ!」
「なっ!」
いきなりのことだった。虫の息だったはずのキースが後ろからビリーに抱きつき、そのボロボロの豪腕で彼を俺の体から引き離した。
「こ、こいつまだ動け―――」
「オオオォォッ!」
キースの全身が、正に最後の命を燃やすかのように眩く輝いては、膨大なアスティルエネルギーを流し、ビリーを苛んだ。
「ぐああぁあっ!」
「キ、キース…っ!」
キースが俺を見て、叫んだ。
「…俺ごと、やれ!はやく!」
「無駄なあがきを!」
ビリーがアスティルエネルギーを全力で放出した。ボロボロだったキースの腕がさらに砕けていく。
「やれぇぇぇーーー!」
迷う時間などなかった。
「結晶最大励起ーーーッ!!!」
手に縫いつく槍から無理やり手を引っこ抜き、寿命さえ顧みずにアスティル・クリスタルを最大励起させる。胸から放たれる眩い青の輝きの中、切られた腕は瞬時に再生し、剣を生成してはコーティングさせた。
「くあぁっ!」「がぁっ!」
ビリーの叫びと共にキースの両腕が粉砕し、その手が俺の剣止めようとした。最大励起されるアスティルエネルギーを帯びた俺の剣は―――コンマ数秒の差で、ビリーが空間を歪める前にその体に届いた。ゆっくりと流れる時間の中、剣はビリーの体を両断した。後ろのキースもろとも深く切りつけながら。
「カハッ!」
真っ二つになって宙を舞うビリーを、すかさず剣を逆手に取り、彼の胸のアスティル・クリスタル目がけ、突き刺した。結晶の破砕音が響き、貫いた剣はその体を床に叩きつけ、縫い付けた。
「ガフッ!」
「はぁ…はぁ…っ、これはサラの分。そして――」
床にビリーを縫い付ける剣をさらにねじりこみ、深く刺した。
「ぐおっ!」
「これはキースの分だ…っ!」
「アッ…あ…」
上半身だけになったビリーの体が輝き、元の姿へと戻る。人間と同じような赤い血を吐き出しながら俺を見る彼の表情は、どこか機械的だった。
「ま、ままままさか…このようなことに、な、ななるとは…こ、これは…貴方ゆえに…出された結果…ですすすか…?」
「知るか…っ!勝手に推論してろ!」「がっ!」
剣を引き抜くと、ビリーは何回か小さく震える。
「…ア…データを…こ、こここ更新…しな…いと…」
そう呟くとそれ以上動かなくなり、サラのように灰となって散っていく。砕かれたアスティル・クリスタルも、不思議な輝きを発すると煙となって雲散していった。
――――――
極彩色の炎が倉庫内を蹂躙し、あちこちに小さな爆発が起こされる。消火システムでも賄いきれない火に囲まれながら人間体に戻った俺は、同じく元の姿に戻ったキースの、俺とアオトがあげた黒いコートを着たままで倒れこんでいる彼の傍で膝をついていた。
「キースっ、しっかりしてくれキース…っ」
「う、うぅ…」
体は繋がってるものの、ビリーにやられた傷と俺に深く切りつけられたキースの体の殆どが白くなっていた。正直、今でも息ができることが奇跡と思えるぐらいの状態だった。その姿に声が悲しみで掠れる。
「キース、どうして、どうしてこんな体でここに来たんだ…っ。どうして…」
「う…うあ…あ…バ…バー、グ…」
キースの口から出されるのは彼の弟の名だった。
「キース…っ」
「バーグ…許してくれ…俺のせいだ…。農場のことも…あんたが、喜ぶと思ってやっていて…、先に、あんたと相談すべきなのに…っ」
もはや瞳も虚ろになってるキースの目から涙が流れた。
「しまいには、あんたを…殺してしまって…っ、俺ってやつぁ…っ」
後悔に満ちたキースの声に唇を噛み締めると、思わず応えた。
「―――大丈夫だよ、兄さん」
いま見えるかも分からないその目が、俺の方に向いた。
「俺は、兄さんを恨んではいない。兄さんは十分苦しんだし、俺が死んでしまったのは…こうなってしまったのは、単にそうなってしまっただけなんだ。だから…だから…っ」
自分は何をしてるのかと思わず心で突っ込んだ。バーグの口調も分からないのに、こんな子供だましのようなことをして果たして何の意味があるのかと。
「………そうか、そう、言ってくれるんだなぁ、バーグ…」
弱々しく言葉を続けるキースの顔は、とても穏やかになっていた。
「こんな、不出来な俺を…まだ、兄さんと呼んでくれて…ありがとさん…バーグ…」
「兄さん…っ、キース…っ!」
嗚咽で言葉が続かなかった。流した涙が白化したキースの体に落ち、周りの高熱で蒸発していく。
「また…昔みたいに、遊ぼう…あの、議事堂…行きたいって、言ったよな…次は、あそこに、連れ、て…」
安らかな笑顔と共に、キースの体が白いチリと化して散った。茶色のクリスタルと、俺とアオトがあげた黒いサイバーコートだけを残して。
******
燃え盛る倉庫の明かりと、そこに次々と集まっていくシティの消防ビーグルのサイレンの音を背に、俺はキースが残したサイバーコートを引きずりながら、シティから離れた変異樹木の林内を歩いていた。今だ癒えない胸の傷跡で濡れたシャツを捨て、半裸のまま灰色の雪が降り積もる道にコートで引きずり跡を作り、ふらりと大きめな木に背をもたせては座り込んだ。
雪が全ての音を吸うかのように、世界は静寂に包まれていた。呆然と黒色の空を見上げると、ニコライとシェリーの爆発の光に呑まれていく顔が、キースの最後の笑顔が浮かび上がった。
(((――今でも感謝しているからな)))
(((ありがとさん…)))
キースのサイバーコートをかけてはしがみつき、子供のように縮こまってだらしなく嗚咽した。かつてダニーを失ったあの夜のように、ただ独りで彼らのことを偲びながら。
【続く】
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