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第一章:記憶

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 車と、女性たちを待つわずかな時間。多くを話したわけじゃないけど、俺は華頂さんの隣に立って、心がすぅっと凪いでゆく感覚を味わった。会話をしなきゃとか、お礼や挨拶を言わなきゃとか、そういうこと少しも考えずに、この懐かしいような雨音を聞く。まるで耳を澄ましているみたいに、静かな時間だった。
 だけど、この雨音を縫うように聞こえたのは、消防車のサイレン音。雨の中でも消防車が走るのかとぼんやり思いながら、レスキュー出動かなと考える。でもあまり深く考えず、とても穏やかなこの時間を、俺はどこかで経験したことがあると思った。子供の頃の記憶を辿る。けど、上手く思い出せなかった。

 次の瞬間。

「先生っ!」

 小野崎さんと細谷さんの声が大きく廊下に響き、俺ははっとして隣を見上げた。
 そこには、耳なのか頭なのかを押さえて怯えるように震え、ぐらぐらと大きく体を揺らしている華頂さんが居た。

「華頂さん!?」

 驚き、慌てて彼を支える。

「先生! しっかりしてください!」
「ど、どっ、どうされたんですか!? なにか、持病でも!?」

 俺は華頂さんを入り口のベンチへ誘導し、焦って小野崎さん達に確認すると、口々に教えてくれた。

「サイレン音が……っ!」
「先生は、消防車の音がダメなんですっ」

 サイレン音が?

 驚いて、俺は華頂さんの手の上から更に耳を塞いだ。
 ベンチの上で身を丸め、小さくなっている彼だけど、消防車の音はどんどんとこちらに近付いて来る。だめだ。このままでは式場の前の道路を通りかねない。
 俺は慌てて自分のジャケットを脱ぐと、それを彼の頭に被せた。

「立てますか? ホールに移動しましょう。あちらなら防音壁ですので!」

 小野崎さん達と一緒に華頂さんをホールへ連れて行こうと試みた時、玄関先に車を止めた真田さんが「先生!」と血相を変え、慌てて飛び込んで来た。

「小野崎さん、代わります!」

 そう言って、彼女の代わりに華頂さんの脇下にぐっと自分の体を入れ込んだ。

「真田さん! ホールに移動します、防音ですので!」

 そう伝えると彼は頷き、耳を塞ぐ華頂さんに大きな声を掛けた。

「大丈夫ですか、先生。立ちますよ! せーのっ」

 そう言って、俺と二人で華頂さんをベンチから立たせると、女性たちが開けてくれたホールの扉をくぐった。重い扉が閉まると、サイレン音は一気に小さくなる。ここが防音で本当に良かった。

 華頂さんを慎重に椅子に座らせると、女性たちが一気に彼を囲った。

「先生!」
「大丈夫ですか、先生!」

 駆け寄ってくる彼女たちのために、俺は一旦彼の隣から離れる。

 椅子に座り、俺のスーツを頭から被ったままの彼は、呼吸を整えるように大きく肩で息をしていた。その姿を後ろから見つめ、サイレン音だけでここまで取り乱すのかと、正直驚いてしまう。だけど、これが世にいう「トラウマ」というやつだろうか。初めて遭遇した。
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