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第二章:約束

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 貰った花を日当たりのいい花壇の隣に置き、俺は華頂さんと並んで式場の敷地を出た。

「今日は天気がいいですね。散歩日和です」

 そう言って近くの喫茶店を目指す。
 華頂さんは俺についてくる形で、とことことと隣を歩き、「今日は雨じゃないですね」と笑った。

「ほんとですね! でも直に土砂降りになるかもしれませんよ」

 華頂さんは可笑しそうに口元を緩めると、「この天気で雨が降り出したら異常気象ですよね」とまた笑った。それくらい、今日はいい天気だった。

 喫茶店に入ると、華頂さんは着ていたごつめのシャツを脱いで椅子に引っ掛けた。筋肉質な腕がロンTの上からでもはっきりと分かる。

「めっちゃいい体してますよね。鍛えてるんですか?」

 尋ねると、彼は自分の腕や胸に視線を移し、「いや、何もしてませんけどね」と苦笑を洩らした。
 はい、絶対に嘘。何かしてるだろ、これは絶対に。

「教えてくださいよ。いい筋トレ器具ないですか? 俺もダンベルはしたりするんですけどね」
「そうなんですね。じゃあ、……懸垂バーとかどうですか。ドアの上部に取り付けるタイプのものがあるんですけど、それなら邪魔にならないのでホント一押しです」
「おぉ、なるほど! そんな便利なものがあるんですね!」
「そうそう。案外しっかりしてるので、落ちて来ることもないですし、ぜひ」

 確かに、全体重を預けるのに、バーごと滑り降りてきたらたまったもんじゃない。

「今夜にでも調べておきます」

 華頂さんはニコニコ笑い、「男の子だなぁ」と言った気がした。でも、実際の彼は何も言っていなくて、思わず首を傾げそうになる。聞き間違いにしてははっきりとそう聞こえた。
 不思議だなと思いながら、俺は続けて質問した。

「結構前から鍛えられてるんですか?」
「そうですね。ジムに通ったり、食事制限したりってことはないんですけど、幼い頃から、 “男一人くらい簡単に持ち上げられる筋肉男になりたい” という目標はあります」
「なんですか、それ! 面白いですね!」

 二人で大笑いだ。

「カッコイイじゃないですか! 力持ちって」
「まぁ、そうですけど、目標がすごく具体的で、めちゃくちゃ曖昧ですよ!?」
「あはは! そうでしょ。男の大きさも、さまざまですからね」
「ほんとそれですよ! あはは、おっかしいな」

 ひとしきり二人で笑い、俺はメニュー表を一冊彼に手渡した。

「そう言えば今日は真田さんや小野崎さんはご一緒じゃないんですか?」
「あぁ、いますよ。千佳ちゃんと二人で来てます」
「それなら、一緒にランチを……」
「いや、いいです!」

 誘った俺に、何故か食い気味に断られた。おっと……訳ありか?
 ビックリする俺に華頂さんもはっとして、困ったように苦笑いを浮かべた。

「いや、ホントに大丈夫です。彼女も近くのレストランに行くと言ってましたので」
「……そう、ですか? なにか……あったんですか?」

 そんなに強く拒否すると思っていなかったので、最後、小さな声で尋ねるが、彼はぶんぶんと素直に首を振った。

「いえいえ、何もないですよ! いつも通り仲良しです」
「えぇ、ホントですか?」
「本当ですよ。じゃなかったら一緒に二人で仕事組んだりしませんよ」

 なるほど。……でもじゃあ、何故そこまで拒否したのか。
 原因は分からないが、何もない、と言われてしまえばこれ以上突かない方がいいだろう。
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